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刹那的時間

 ペニパニ論争とまで銘打った激闘の結果、俺はゼロ対、-マイナス百万点という人類史上類を見ないスコアで敗北を喫してしまった。


 この件に関しては言いたい事山の如しではあるのだが、そんな愚痴は表に出すことなく、自分の心の中で綺麗に消化をすることにした。


 まず第一に俺は勝負事が嫌いである。負けた時の悔しさや惨めさなんか一回も味わいたくないし、一瞬の勝利の悦に浸るために血の滲むような努力なんかしたくない。


 しかし俺は人間、大小の差こそあれど、時として他者と争い競い合わなくてはならない場面に直面する時だってある。こういう場面に出くわした際に、先程俺が思っていた消化するという考えが役に立つのだ。


 分かりやすく具体的に説明をすると、例えば給食の余ったプリンジャンケンで俺が負けたとしよう。勝ったのはパッツパツになったシャツと太もものにズボンの裾が食い込んでいるデブだ。当然俺の心中では、俺はこんなパンパンデブに負けたのかよとか、そんなデブなのにプリンおかわりしてたら将来糖尿病まっしぐらだぞ、とかお前ジャンケンするとき手がパンパン過ぎてジャンケンのパーがクリームパンみたいになってたぞとか様々なネガティブ感情が渦巻くだろう。


 そうした感情をまずは圧縮し、錠剤のような粒にするイメージをする。後は簡単、それを飲み込むイメージをすれば良いだけだ。


 そうすることによって自然とネガティブ感情は消化され、パンパンデブに対する怒りや自分への不甲斐無さ何かは自然と消え去り、何事もなくその後の日常生活を過ごすことが出来るのだ。


 これが多田流『普通の人生を過ごすライフハック』、皆様も是非お試しあれ――。


 「ぐす……うっうぅ……ぐす……」


 ゲーセンの端の方にあるベンチ。缶コーヒー片手に適当なことを考えていた俺の隣で、アイニィが涙を浮かべながら自販機で売っているアイスを齧っている。


 何故ペニペニ……失礼、パニパニパニックの圧倒的勝者である彼女が泣きながらアイスを食べているのか……。簡潔に答えるのならそう、俺が他のゲームでボコボコにしたからだ。


 大した経緯も無いが、一応話していくと、パニパニパニックで勝ち完全に調子づいたアイニィが車検絶対通ろないだろレベルにカスタムを施した馬鹿セダンの煽り運転並みに煽り散らかしてきたので、まず格ゲーで黙らし、クレーンゲームの取った景品の数勝負で実力を完全に分からせ、最後に太鼓を叩くリズムゲームで泣かせたのである。え? 多田流ライフハック……? そんなものは知らない。


 「うぅ……また私だけ負けてばっかり。最初は調子良かったのにィ!」


 アイスを食べ終えたアイニィが棒をガジガジと噛み、最終的に俺がクレーンゲームで取ったパニのぬいぐるみを抱きかかえながら言った。


 「まず、格ゲーが駄目だったのよ! 何あの火吹いたり腕伸びたりするおじさん! あんなの反則じゃない!」


 「いや、お前がガードしなかったから悪いんだろ。馬鹿の一つ覚えで突進してくるから負けんだよ」


 「じゃあクレーンゲームはなんなの!? 掴んだと思ったらすぐ落ちちゃうし……。インチキ商売にも程があるわよ!」


 「あれはお前が本体じゃなくて付いてるタグばっか狙うからだ。こんな薄っぺらいの掴める訳ないだろ」


 「じ、じゃあ太鼓の奴! 私ちゃんと叩いてたわよね? 何でゼロ点だったのよ!? あれこそ多田がインチキしたでしょ!!」


 「……あれはお前が『ドン』と『カッ』を間違えて叩いてたんだよ、ずっと。説明聞かずに歌ばっか歌ってたからだろ」


 「でもでも! だって!……うぅ……!」


 ゲームに続き言い訳でも完全に分からせられたアイニィは、抱いているパニぬいぐるみを強く抱きしめ黙り込む。俺もこれ以上何か言うのは流石に可哀そうだと思い、ただ黙ってコーヒーを啜る。


 「…………今日こそは絶対多田に勝てると思ったのに」


 特に何をするでもなくただ黙っていると、俺の隣からは溜め息と共にそんな声がポツリと聞こえてきた。


 今回の勝負も初めの方こそ不本意な敗北を期してしまったものの、結局俺の圧勝で終わる形となった。


 この結末は勝負をする前から分っていたことだし、負けて落ち込んでいる彼女にアイスでも買って慰めている今の光景も大方予想が出来ていたことではある。


 独り合点な思考は辞め彼女の好きな物を一緒に体験し、何か新たな考えを得ようと意気込んでみたものの、結局は俺の考え通りに終わる。ラストの結末や細かい伏線まで知り尽くしている映画で人は泣かないように、飲む前から味が分かり切っているこの缶コーヒーに今更美味いと感じないように、人は結末が分かっている事柄に対しては酷く無関心である。


 しかし、勝負を終えた俺の感想はつまらないの一言ではなかった。今の俺の感想は――。


 「――けど、楽しかったから別にいいけど……」


 まるで俺の心の声を代弁してくれたかのように、アイニィがそう付け加える。


 「私、人間界に来たら絶対ゲーセン行くって言ってたでしょ? ゲームするのはすっごい楽しいんだけど、他の年近そうな子達は皆友達同士でわいわいやってて……。ちょっとだけ羨ましかったの。だから今日は負けちゃったけど、その……楽しかった」


 そう言ってアイニィは恥ずかしそうにパニぬいぐるみに顔を埋めた。けれども視線だけは逸らすことなく、俺の反応と返事を待っている。


 「…………まぁ、俺も楽しかったよ。普通に」


 なので俺も自分の感想を正直に伝えた。何も着飾ることなく、等身大で率直な感想だ。


 人は結末が分かっている事柄に対しては酷く無関心である。この勝負事の結末も分かり切っていたことだ。


 では何故、それでも俺は楽しかったと言えたのか。それは単純な話、楽しかったからだ。


 何もアイニィをボコボコに倒した事とか、彼女が悔しがりながらも心の内では楽しんでいるだろうなんてことを汲み取ってだとか、独り合点にならないよう彼女のことを考え新たな一面が知られて楽しかったとか、そういうことではない。格ゲーをやってクレーンゲームをやって音ゲーをやった。ただ一緒にゲームをして遊んだ、その事柄が楽しかったのだ。


 例えば先程例に挙げた映画にしよう。結末を知っている映画というのは確かにつまらない。約百二十分という人生において貴重な時間をただ黙って浪費することになる。しかし、俳優の細かな動き、何気ない会話の一言一句に演出の数々といった今この瞬間に起きている事柄にスポットライトを当たると、物語の面白さだけではなく、また違った角度の面白さを体験出来るかも知れない。


 つまり、俺が何を言いたいかといえば、これから始まる事柄に対して結果だけで考えるのではなく、一つの物語として抽象的にぼんやりと捉えるのではく、起こった出来事一つ一つにフォーカスを当てる、人生においての刹那的時間『今』を考え、行動し、体験して生きる。そうすれば楽しい幸福な時間というのが少しだけ増えるのかもしれない。そんなことを思ったのだ。


 少々長ったらしく思いふけっていたことにピリオドを打つように、俺は残ったコーヒーを飲み干す。百三十円のブラックコーヒーの味が、今は何故か喫茶店で頂く香り高い珈琲のように感じるのであった。


 「ふーん、そう。多田も楽しかったんだ……」


 俺の感想を聞いたアイニィはそっけなさそうに返答をし、俺から直ぐ顔を逸らした。随分呆気ない返しだなとは思ったが、ぬいぐるみを抱きかかえ嬉しさに浸るような笑みを浮かべる彼女の横顔を見て、俺は再度黙り込んだ。


 さて、何だか一段落付いた所で、そろそろゲーセンを出ても良い頃合いだろう。飲み干したコーヒー缶を捨てようと思い俺は徐に席を立つ。


 そんな時に。


 「でもでも! やっぱり負けて終わるのは悔しいし! 多田! 最後にもう一回だけ勝負よッ!」


 先程の乙女チックな表情は何処へやら。いつものアホアホフェイスに戻ったアイニィが勢いよく立ち上がり勝負を仕掛けてきた。


 「別にいいけど、何するんだよ。もう定番の奴は大体やっただろ」


 格ゲー、音ゲー、クレーンゲームとゲーセンといえばコレだろというジャンルは大方遊びつくした。後残っているゲームといえばなんだろうか。因みに言っておくと定番の奴にパニパニパニックは含まれていない。しつこく言って悪いんだけどマジでなんなのアレ?


 「実は前々からやってみたかった……じゃなくて、勝負したかったやつがあるの! それで本当の決着をつけるわよ!!」


 「……前々から勝負したかったやつ?」


 もう勝負だとか見栄を張るのを止めて普通に遊びたいっていえばいいのに……だとかは敢えて言わず彼女に合わせてそう言葉を返した。ゲーセンに通い詰めてるこいつがやったことないゲームってなんだろうな? あれか、小さい子供遊ばせるスペースにある柔らか素材の積み木ブロックとかか? あのスペースにこの年で行くのは勇気居るもんな、流石に。


 なんて適当なことを考えているとアイニィは少し言いにくそうに、それでいて恥ずかしそうにモジモジと指をくねらせる。え? もしかしてマジで積み木ブロックなの? だとしたら俺は無理だよ? 今この瞬間の刹那を楽しむべきだとか格好付けてほざいてたけど無理だから。どの瞬間の刹那でも楽しめないから。


 どんな展開になるか予想がつかず内心焦り散らかしながらも彼女の言葉を待っている。当の本人はチラチラと上目遣いでこちらを見ながらもやはり言い出すのは恥ずかしいのか、中々切り出せずにいる。アホアイニィ相手に用いるべきではないかもしれないが、その様はまるで花も恥じらう乙女の様だった。


 「……最後の勝負なんだけど、えっとその……。アレ、やってみたいんだけど」


 「…………アレ?」


 緊張で震える彼女の指先に視線を向けてみる。そこにあったのはモデル業を営んでいるであろう女性の顔が壁やカーテンに大きくプリントされている筐体、世間一般的に言う所の“プリクラ機”がそこにはあった。

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