パニパニパニック
一人暮らしが大学生の理想郷なら、ゲームコーナーは子供にとっての理想郷である。
多種多様様々なゲーム機が並べられ、コミカルで軽快な音楽が子供たちの心を躍らせる。王道のクレーンゲームからカーレース、昆虫を戦わせたり、レアカードを収集するゲーム等がどれも安価で遊ぶことができ、大規模なテーマパークに負けず劣らず夢のような体験ができる。
まぁしかし、結局の所理想郷も商売なので、クレーンゲームの景品なんて店側は全く取らせるつもりがなく、アームの握力が赤ん坊より弱いことやお菓子をすくうタイプの奴だって普通に買った方が安いことなんてことは大人になった今なら分かる。
ただそれでも思い出というのは決して色褪せることはなく、親父と一緒にやったティラノサウルスがダイナミックに動くメダルゲームや偶然取れたぬいぐるみなんかは、帰り道、大切にポケットの中へ忍ばせたあの透明な石の様に、記憶の底でそっと輝いているのかもしれない。
「ふんふふーん。さぁて、最初はどのゲームで多田をボコボコにしてやろうかしら?」
そんな子供時代の思い出に少しばかり浸っていると、現役バリバリで子供脳なアイニィの鼻歌が聞こえてくる。俺は特段話すことがなかったので記憶の世界より少し小さく思えるフロア内を無言で歩いた。え? 鼻歌は歌わないよ? 俺大人だし。つか今時のキッズでも歌わないでしょ。
「えーっと……。あっ! 丁度良いのがあるじゃない! 多田ッ! まずはアレで勝負よ!!」
入ったばかりだというのに子供よりもゲーセンを満喫しているアイニィがお目当ての物を見つけ、ビシっと指をさす。指した方向の先にあるのはゲーセンでは定番でお馴染みのワニとかモグラを叩くゲームであった。
まぁボコボコにすると息巻いていたこともありゲームのチョイスとしては無難だ。叩いたスコアで競うってのもシンプルで勝負するには向いているだろう。
向いているのだが。
「…………パニパニパニック? 何だこれ?」
ゲーム機のロゴに大きく表示されている全く聞き覚えの無い単語に思わず困惑してしまった。
「え? パニパニパニック知らないの? アンタ、今までゲーセンでどんなゲームやってたわけ?」
そんな俺の疑問に対して、俺が人生で醤油ラーメン以外のラーメンを食べたことがないのを知った大学の奴らみたいな派手でオーバーなリアクションをするアイニィ。別に驚くほどじゃないだろ、シンプルで定番の味が一番美味いんだから。
「パニパニパニックってのはね、穴から出てくるパニをハンマーで思いっきりぶっ叩くゲームよ! まずは私がお手本代わりに格の違いを見せつけてあげるわ!」
そう言って彼女は自信満々に右手を差し出し、俺からゲーム代をせがんでくる。格の違いを見せつけたい相手に堂々と金を要求するのはどうなのかとか、結局パニって何だよ、穴から出てくるパニってどういうパニだよとか、色々問いただしたい所だが、早くゲームで遊びたいんですけど感を満載に醸し出してくるので俺は百円玉を彼女の手にそっと置いた。
まぁ話を聞く限り凄く単純そうだし、後は彼女の超絶技巧プレイを見て覚えるとするか。
「じゃあ早速始めちゃうわよ! 私のちょー凄いプレイをその目でしっかり焼き付けなさい!!」
安っぽい台詞の後にチャリンという子気味の良い音が一つ。そして何処か昔懐かしい8BitなBGMが流れる。
さぁ、ここから注目のパニが姿を現す筈だが……。
「パニィイッ!!」
七つの穴の内、真ん中から飛び出してきたのはポケットなモンスターに出てくるディグ何とかみたいな奴とウサギが合わさった様な以外に可愛らしいキャラクターだった。なんだ、てっきり悪魔的な何かとか常識では考えられない頭がおかしい奴が出てきて、俺が声を張り上げツッコミを入れる展開になるんじゃないかと思っていたがこれなら安心だな。
「ふっふーん、早速出てきたわね……。ノコノコと私の前に現れたこと、後悔させてあげるんだからッ!!」
黄色いクッション製のハンマーをつぶらな瞳をもつパニに思い切り振り下ろすアイニィ。力がその辺の子供よりも弱い彼女だったが流石にこのハンマーは普通に振れるらしく、断罪の鉄槌がパニを襲う。
しかし。
「パニッ!」
パニは華麗な身のこなしで彼女の攻撃を見切り、完璧なタイミングで穴へと戻る。
「チっ! 外した……! パニのくせに中々やるわね……。次はもう外さないんだけどッ!」
一番右から出てきたパニに少し反応が遅れたアイニィ。当然ハンマーは当たらず、空を切った空しい音だけが鳴る。
「く、くぅー! 次は真ん中よ! 絶対真ん中にくるわッ!」
反応が遅れた失敗を教訓に今度は的を絞って待ち構える作戦に変えたらしい。流石ゲーセン通いしているだけあってそこは臨機応変というか、普段の生活でもそれくらい考えて欲しいところだが。
「パニ……」
どうやら彼女の予測が当たったらしく、真ん中の穴からパニの頭部が見え始めてきた。千載一遇のチャンスである。
「ここっ! 貰ったぁッ!!!」
予測通りの位置、そして完璧なタイミングでアイニィはハンマーを振るった。しかし、スコアボードの画面表記には得点が刻まれることはなく、無情なゼロの文字が赤く点滅しているであった。
「嘘ッ!? まさか……フェイント!?」
そう、パニは一瞬だけ自らの頭部を見せることでアイニィの攻撃を誘ったのだ。持ち前の機動力に加え勝負の読み、駆け引きまで得意とするとは……。パニ、侮りがたし。未だに良く何だが分からん存在だけど。
「……パニィ! パニパニィ!」
完全に自分が有利だと確信したのか。アイニィを挑発するようにひょっこりと顔を覗かせるパニ。子供向けに設計された可愛らしい笑顔が何処か嘲笑的な笑みにも見え始めてくる。
「く、くぅー! 何よその態度! こっちが手加減してるからって調子乗りすぎよっ!」
「パニ! パニパニパニ! パニィッ!!!」
「はぁ!? 『よっわ! 雑魚過ぎて相手にならないわ、ざぁこッ!!!』ですって!? もう頭にきた!! 原型なくなるくらいぶっ潰してやるんだからッ!!!」
パニの挑発に乗ってしまったアイニィは怒りに身を任せハンマーを振り続ける。しかし、脱兎のごとくなんて慣用句がある通り、俊敏なパニに一撃を食らわせることはなく、刻一刻と時間だけが過ぎていった。
因みに俺はといえば、彼女がムキになっている様を見ながら何で玩具と会話出来るのかをボーっと考えていたが中々自分が納得出来る回答が出せないでいました。まぁ強いて言えばアレか、パニとアイニィって少し名前が似ているところくらいか。知らんけど。
「このッ! このッ! このぉおおおおおッ!!!」
最後には反則である『両手叩き』まで使い怒涛の攻撃を見せるも、穴から穴へのらりくらりと移動するパニには当たらず、非情な終了のブザーが鳴り響く。これでアイニィのターンは終わり。スコアボードには無であることを表す数字、0の文字が不動のまま無情に映し出されていた。
「ハァ……ハァ……。うぅ……! パニのくせに、パニのくせにぃいいい!」
大方の予想通り完封負けを喫したアイニィは、親に怒られ涙目になっているガキが途中で怒りに感情がシフトチェンジした時みたいな感じで俺の元へ帰ってきた。気持ちは分からなくはないが、ゲームだし、相手はパニなんだからそこまで悔しがらなくても良いんじゃないかと思うのだが。
「ちょっと、何ボケっとしてんのよ。次はアンタの番なんだからね。早くいってとっととパニに負けてくるといいわっ!」
「……はいはい、分かったよ」
鼻を啜りながら彼女がそう催促して来たので、俺は渋々台へと足を進める。まぁ、子供向けにしては設定難易度が高い気もするし、パニに関しては最後まで分からなかったが要はワニワニなパニックやモグラを叩くやつと一緒。それにアイニィの点数はゼロ点な訳で、適当に一発当てれば俺の勝ちだ。
そんな軽い気持ちで俺は百円玉をゲーム機に投入した。彼女の時と同じゲーム音が流れ、穴からパニが出てくるのをじっと待つ。
そして。
「…………は?」
俺は目の前に出てきた物に言葉を失ってしまった。穴から出てきたのはパニではなかった。
形状はパニに似ている気がする。円柱の同体で丸みを帯びている頭部だ。しかし問題はサイズ、目測だが大体五十センチ程あるだろうか。
そして似ている気がすると曖昧にぼかしてしまったのは、何を隠そうモザイク処理が施されているからだ。現実世界では絶対に起きないモザイク処理が、今、目の前で実際に起きているのだ!
「いや、これ! “パニ”じゃなくて“ペニ”じゃねぇかッ!!!」
「ペニィイイイイ!!!!!」
俺の今日一のツッコミとペニの雄叫びがぶつかり合う。それが開始のゴングとなり、決戦の火蓋が切って落とされるのであった。