『独り合点』
アイニィと暮らし始めて二日目、俺達は買い物に出掛けている。これから一週間ほど暮らすのだ、部屋着やら日用品やらその他色々買い込む必要がある。
と言っても彼女は地獄へ帰る分の金しか持ち合わせていないので、支払いは全部俺。何もブランド品を買うつもりなんか毛頭ないがなるべく出費は抑えたい所ではある。
なので。
――ペンペンペンぺンペーンギーン、ペンギン、コーテー
入店した途端、軽快で耳に残る歌が店内に流れている。そう、やってきたのは超安ディスカウントストア『ペンギン・コーテー』である。ここなら品揃えも豊富で、そこらのデパートよりも安く済ませることが出来る。因みに店名の由来だが『皇帝ペンギン』と関西弁の『買うて』をかけた中々面白い名前である……。面白いよな?
「…………何変な顔して突っ立てんのよ。バカ」
店内を見渡しながらボーっとしていると、少し前を歩くアイニィに怒られてっしまった。残念ながらアホのアイニィにこのユーモアは伝わっておらず、彼女は不機嫌そうに赤いマフラーに顔を埋めてこちらを睨んでくる。
「いや、別に……。ちょっと考え事してただけだから」
しょうもないダジャレについて考えてたなんて言える雰囲気ではなかったので、適当にはぐらかしてしまった。いや、考えているといえば色々考えているのだ。今回の悪魔的エンターテインメントの意味だとか、彼女が不機嫌な理由だとか。
恐らくマスターの狙いとしては俺とアイニィを強制的に一緒に過ごさせて仲直りさせようという魂胆だと思う。しかし、あのクソ幼女を舐めてはいけない。過去散々常識外な外道のやり方で俺を酷い目に遭わせたのだ。きっと何か想像もつかないような真の狙いがあるに違いない。
そして肝心のアイニィについても何で機嫌が悪いのはさっぱりこれっぽっちも分からない。つまり俺は今回の件の事柄については全く何も分かっていないのだ。
この正解が分からない難問のせいで完全に寝不足だし、おまけにソファーで寝ていたため身体のあちこちが痛い。こんなことなら俺がデビルズ・フルーツとやらを食べて踊り狂って死んだほうがマシだったな……。なんて馬鹿げたことを思ってしまう程疲労困憊である。
「まぁボーっとしちゃって悪かったな。さっさと買い物済ませちまおうぜ」
考えても分からないことは今は置いておくことにして、今起こっている問題を解決するべくエスカレーターへと足を進める。急がば回れという諺があるように、ゆっくり着実にやっていけば今回だってきっと上手くいく。そんな気がするのだ。
なので先頭を行く俺と、二段下にいるアイニィとの距離感なんかは特に気にすることなかった。エスカレーターは上へ上へと、ただ無機質に昇るだけだった。
× × ×
二階へやってきた俺達は特段会話をすることなく歩を進め、洋服売り場へやってきた。外に出掛ける時は最悪今着ているものを使えば良いのだが、唯一の部屋着が俺のお古なのも可哀そうだしな。
適当にふらふら散策しながら、時折商品を物色してみる。普段使い出来そうな至って普通な服から、ドクロやら横文字の筆記体やらがプリントされている服如何にもな服、頭の悪い輩やその成れの果てのおっさんが一発ネタで着てくるんだろうなという物まで……。良い意味で言えばそれぞれのニーズに合わせた豊富なラインナップが取り揃えられている。
『キャバクラ番長』とプリントされているシャツをそっと戻しアイニィの様子を見てみると、適当に服を取り出しては仏頂面でソレを眺めるばかり。正直、楽しんでいる様子ではない。
幾らアイニィといえど女の子であり、好きなように服を選ばせてあげれば多少機嫌が直ると考えていたのだがどうやら違うらしい。こんなことなら先に玩具コーナーに行けば良かったのかもしれないな。オセロとかトランプとか好きだろ、こいつ。
ただ今の様子から察するに玩具コーナーに行ったところで機嫌が直るとは思えない。まぁここは急がば回れ精神で焦って行動しようとせず、アイニィが服を選んでいる間に色々考えれば妙案の一つくらい浮かんでくるだろう。多分、きっと――。
――なんも分かってない癖に…………馬鹿っ。
そんな悠長な事を考えていると、昨晩聞こえたあの声がふと頭の中を過る。弱々しくもハッキリと聞こえたのは決して偶然ではない。彼女の本心が言霊に乗っていたからだと思う。
何も分かっていない……。確かに、悪魔的エンターテインメントの真意だとか、アイニィの機嫌が悪い原因とかは何も分からない。しかし、彼女自身の事ならば一年未満だがデブがとち狂って通う家系ラーメン並みに濃い時間を過ごしたのだ。少しは理解しているつもりではいる。
言動も行動も可哀そうになるほどアホな事だとか、それでいて地獄のヤバそうな所のお嬢様なんてとんでも設定がある事とか、夢に向かってアホなりに努力してる事とか……。
後はそうだな……。後は…………。
「…………つまんない」
俺の思考を遮るかのように、ぽつりと聞こえてきた声。昨晩と同じだ。店内で繰り返される下らない歌にかき消されてしまったが、俺の耳にはハッキリと残り続けている。
思わず声の主の方を見てみると、彼女もまた俺の方を向いていた。口をへの字に曲げ、じんわりと瞳に涙を浮かべながらハッキリ真っ直ぐアイニィが俺の方を向いていたのだ。