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変わらない『日常』

 景色を彩る紅葉が、木枯らしに吹かれ飛んでいく。


 冬の足音がすぐそこまで迫ってきており、もうすぐ季節が変わろうとしている。そんな中俺はBAR『DEVIL』で今日も変わらない日常を過ごしている。


 相変わらずクソ酔っ払い悪魔に絡まれ、アスモデウスさんにセクハラを受け、そしてマスターに蔑まれ、罵られ、踏まれ蹴られで馬車馬のように働かされているのであった。


 そう、『普通に幸せ』な人生を過ごすと息巻いて二ヶ月余りが過ぎたが、俺の人生は何も変わっていないのである。


 そもそもの話、普通に幸せって何だ? 


 例えば、仕事、食事、睡眠。その他生きていく上で当たり前な事柄の中に幸せを見出し、そんな幸せを噛み締めながら生きていくことが普通に幸せな人生なのか?


 恐らく、普通に幸せという言葉のニュアンス的にはこの考えが正しいと思う。しかし俺はどんな些細な事柄でも幸せを感じられる全肯定ポジティブ人間ではないし、庭付き一戸建てに住む金持ち夫婦に飼われているゴールデンレトリバーやサモエド犬のように、初めから全ての幸せを与えられている存在でもない。


 まぁ、俺も一応飼われている身ではあるし、なんなら飼い主は金髪でサドな点を挙げればある意味飼い犬と境遇は似ている。それに、いい加減なネットニュースやSNSのあまり近づいてはいけないアカウントのように、自分の都合の良い言葉だけを選ぶ才能があるあたり、全肯定人間にだってなれるのかもしれない。


 「いや、そんなことはどうでもいいんだよ……ったく」


 話の方向性がおかしくなったせいか。思わず口にしてツッコんでしまった。ここ最近はずっと同じことを考え続け、答えの代わりにため息が出て終わってしまう。


 結果今までとは変わらない生活、現状維持の毎日を過ごしている。『現状維持では後退するばかりである』と某世界的人気ネズミキャラクターの生みの親が言っていた。俺が前進するためには難題『幸せとは何か』に答えを見出さなくてはいけない。


 果たして俺にとって幸せとは何か。『人』が『生きる』と書いて人生と読むのならば、俺が生きるために求める幸福とは一体何なのだろうか……。


 「…………」


 そんな漠然とし過ぎている悩みに頭を抱えていると、カウンター席から飛んでくるある視線に気が付く。


 視線を辿るとそこには金髪のアホ毛、そして主であるアイニィが物凄く何か言いたげな表情でこちらを睨みつけていた。


 「なんだよ、言いたいことがあるんならハッキリ言えよ」


 「……別に、何か一人でブツブツ喋ってて気持ち悪いなって思っただけ。言いたいことなんて、何もないんだから」


 プイっと俺から顔を逸らし、大きめのグラスに口を付けるアイニィ。その顔は変わらず不機嫌そうだが、彼女のアイコンであるアホ毛が何処かしょんぼりと垂れ下がっており、そんな彼女の様子を眺めながら本日二度目のため息をついた。


 俺の日常は変わっていないと言ったが、実は一つだけ変わって点がある。それはこのアホアイニィの態度だ。


 俺が宣言をしたあの日、何故か不機嫌だった彼女。それから今日に至るまで、元気だけが取り柄のアホが随分と大人しくなってしまった。


 まぁ確かにあの時はおっぱいがどうのと一悶着があったし、こいつの事思い切り蹴り上げたりした。その件に関しては後日改めて謝ったりしたのだが、結果はご覧の通りである。


 そのくせ、定期的に店へやってきたかと思えば、碌に酒も飲まず俺に何かを訴えかけるような視線を送ってくるのだ。


 普通に幸せな人生についても悩み続け、アホアイニィにも困り果ててしまう。まったく、何で俺がこんなに悩まないといけないのか。悩むとしてももっとこう、普通の大学生的な物があるだろ。彼女が何だとか単位が危ないだとか、後は何だ? ひとつなぎの大秘宝(………………………)の正体とか……。是非ともそんな下らない悩みを持ちたいところではある。


 「…………むぅ」


 悩みから現実逃避ウィーアー! していたところで、アイニィが唇を尖らせ、再び視線を送ってくる。


 何だよ、ホント。面倒くさいなぁ。何か困っているのなら「助けて…」の一言くらい言えばいいのに。それに対して「当たり前だ!」と返すかは別にして。


 「なぁ、やっぱ俺に言いたいことあるんだろ? 今なら特別に聞いてやらなくもないぞ」


 俺は誰彼構わず人助けをするような根っからの少年漫画主人公気質ではないが、痩せ細った野良猫に対して僅かながら同情出来る心くらい持っている。なのでもう一度彼女に尋ねてみることにした。


 「だから、あんたに言いたいこと何一つ無いってば! 自意識カジョーなんじゃないの?」


 「普通あんだけ見られてたら誰だって分かるから。穴開きそうなくらい視線刺さってたから。ほら、意地張らないで言ってみろって」


 「あーもうっ! しつこいわね! 何も言うことなんか無いの! それに穴なんか何処にも開いてないじゃない、ウソつき!!」


 「いや、穴は単なる表現でだな……」


 「そんなの知らないわよ! このウソつき! 馬鹿多田! もう金輪際あたしに話かけないでッ!!!」


 まるで会話が成り立たず、俺からそっぽを向けたアイニィは、カウンターに置いてあった謎の果実を手に取り、そのまま腹いせ代わりに思い切り噛り付いた。


 くそ! 折角優しくしてやろうと思ったのに何なんだこいつは。遅れてきた反抗期なの? 舞台上でうんこ漏らそうとかしたりするのか?


 まぁ他にも比喩表現も分からないのかこの馬鹿とか、何そんな気色悪いモン食ってるんだよ馬鹿とか、そんなモン食うから馬鹿になるんだよ馬鹿とか、色々このクソ馬鹿に言いたいことがあるのだが、金輪際話しかけるなと言われたので俺も黙っておくことにする。


 もうこの件に関しては二度と首を突っ込まないことにした。まぁ、多少気にはなるが今は本人があの調子なら解決のしようがない。


 人が生きると書いて人生。先程も思ったことだ。


 ならば他人のことなんて気にする必要が無い。俺が生きる上で悩みとなっている問題に集中するべきなのだ。アイニィの悩みなんてのは、俺が普通に幸せな人生を手に入れてから幾らでも解決すればいいさ――。


 ――パリン。


 俺がそんなことを考えているとき、何かが割れる音が響いた。これは俺の良心が痛んだとかそんな比喩表現ではなく、本当に何かが割れたのだ。


 音が鳴った方を見ると、そこにあったのは割れて砕け散ったグラス、散乱した酒。そしていつもの余裕そうな表情から一変、くりっとした目を大きく見開いたマスターが居た。


「あ、アイニィ君……! まさかそこに置いてあった実を食べてしまったのかね!?」


「ふぇ? そ、そうですけど。てっきりお師匠があたしを慰める為に用意してくれたと思って……」


 勝手に食べたのが見つかったのか、それとも普段見ることが出来ないマスターの顔に驚いたのか、おどおどしながらアイニィが言った。


 驚くマスター、怯えるアイニィ。俺は、俺はどうするかな? 取りあえずカウンターの下にでも隠れておくか。


 これは間違いなく面倒な奴だ。俺の嫌な予感レーダーが久方ぶりに反応している。俺は俺の人生の問題に集中するのだ、またクソみたいなイベントに関わってたまるか!


 「ぐへッ!?」


 身を潜めようと四つん這いになった所で、俺の背中には軽いけれども人間の尊厳を踏みにじるには重た過ぎる物が乗った。


 文字通りマスターが俺を踏み台にしてアイニィと体面する。いつにもまして真剣な表情のマスター。それを見てアイニィは溜まらず生唾を飲み込んだ。


 そして。


 「その果実はな、デビルズ・フルーツと言って悪魔殺しに使う道具の原料なんだ! 悪魔が食べてしまえば最期、能力を全て失ってしまう……! つまり今の君はただの人間、いいや、何も力も無い多田君同様のクソ人間になってしまったんだよ!!!」

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