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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
白髪幼女といちゃらぶデート~天使の殺意と悪魔の悪戯を添えて~
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泥酔の天使

 ――いい? ウリエル。貴方は将来立派な天使になるのよ。誇り高くて何よりも気高い……正義の象徴として、純白の翼で世界を導く。そんな天使になりなさい。


 幼き頃、私は母とそんな約束を交わした。


 何故そんな会話をしたのかは覚えていない。しかし、小さな私なら「はい!」と二つ返事で即座に答えたのだろう。


 何故なら当たり前だからだ。


 天使である以上、正義の象徴であるのは当たり前。恵まれた環境と才能があったから結果が付いてくることも当たり前。


 小さな私が母との約束に即答したのも、当たり前だと思っていたからだ。


 生きるために呼吸をするような、目覚めたら朝が来る様な、当たり前。当たり前だった筈だからだ……!



 「お客様、もうお酒は控えた方が宜しいかと……」


 「うるひゃい!! 酒くらい好きに飲ませろ!! ばーかッ!!!」


 天界のとある酒場にて、私はただ今絶賛酔いどれ状態である。


 多田 崇暗殺計画なんぞ銘打った今日の任務は、私が今まで生きてきた中で最悪の一日となった。


 良く分からない先輩天使に振り回され、下品下劣極まりないクソ悪魔共に手玉に取られ、たかがドラゴン一匹に遅れを取った私は気がつけば空き缶だらけのゴミ箱にブチこまれていたのである。それも頭からだなんて間抜けすぎる格好で。


 この天使である私が人間のゴミと一緒にされるだなんて到底受け入れが無い屈辱だ。許せん、絶対に許すことが出来ない!


 しかし。


 「…………うぅ、クソ! 私はゴミ、ゴミなんだ……! ゴミカスクソ天使なんだ……!!!」


 そんな屈辱すらあっさりと受け入れ、酒に溺れていることしか出来ない私。自分の命に賭してでも救って見せると誓った相手、この世界の全てである神と同等に敬愛しているミカ様に弓を引いてしまったのだ。


 ああ……! なんと愚かなことをやってしまったのだろうか。アスモデウスよりも下劣で、原罪のベリルなんかより罪深い行為を犯してしまった。


 天使としての誇りも、正義の信念も崩落寸前のボロ屋敷状態。身も心もズタボロボンボンとは正にこの状態を指すのだろう。ズタボロボンボンが一体何なのか全く分からないが。


 まぁ、何はともあれ私はもう天使として失格、人間や悪魔より格下の存在、生きてる価値無しのズタボロボンボンのゴミカスクソ野郎なのだ……。


「ウリエル、もうお酒は控えた方がいいわ。これ以上は身体に毒よ」


 そんな私を哀れんだのか、隣に座る|ラグエル《無愛想ロリコン鼻血クソ天使》さんがそう言ってくる。


 「……もう放っておいて下さいよ。私はもう終わりなんだから。それに飲みすぎなのはお互い様なんじゃあないですか?」


 酔いで重たくなった腕を動かし、彼女が持っているグラスを指差す。来店した時からずっと飲み続けているソレは赤ワインのカクテルだろうか。あまり酒に興味が無さそうだが、中々洒落た物を飲んでいるじゃあないか…………。


 「大丈夫よ。コレ、お酒じゃなくてぶどうジュースだもの。このお店のは味が濃くて甘くて美味しいから私のお気に入りなの」


 「は、はぁ。そうですか……」


 いや、ぶどうジュースかい! なんかこう、色々格好良い横文字の奴かと思ったけど、ただのぶどうジュースなんかい!! 後、味の感想もおかしいでしょ!! ジュースは基本濃いし甘いでしょ!! ええ? 大丈夫か本当に……。


 「で、話は戻るけど『終わり』ってどういう事? 良く理解が出来ないんだけど」


 なんて心のツッコミが届くはずも無く。ラグエルさんは葡萄酒、もとい、ぶどうじゅーすを嗜みながら話を進める。理解が出来ないだとか一番アンタに言われたくないんですがね。


 「どういう事と聞かれても、言葉の意味そのままですよ。人間や悪魔なんぞ下等種族に弄ばされ、挙句の果てにはミカ様にとんだ無礼を働いてしまった。こんな大罪、死んでも償えるかどうか……」


 「ふぅん、そう」


 「いやいや、幾ら何でも反応薄過ぎません? アンタだって私を騙してまで殺したい相手を仕留められなかったんですよ? なんで平然としていられるんですか?」


 そう、今回の多田 崇暗殺における真の目的は色欲の悪魔にしてラグエルさんの元上司、アスモデウスを始末する事であり、その目論見も呆気なく失敗してしまったのである。


 なのに何故彼女は平気でいられるのだろうか? 例え私がシラフの状態でもその問いに答えは出せないであろう。


 「確かにそうね。私はあの人を殺れなかった。貴方を巻き込んでしまったのも全部私のミスよ。それに関しては本当に悪かったと思ってるわ」


 そこで彼女がふと視線をグラスに落とす。まだ残っている朱色の水面は一切揺れること無く、彼女の次の言葉を待っている。


 「今日はとことん大失敗だった……けど、言い換えれば間違った選択をしただけに過ぎない。そう思わない?」


 「間違った選択……?」


 「私達は迷路で行き止まりの道を選んだだけって事。それなら一旦引き返してまたゼロから始めればいいじゃない? 正しい選択が出来るまで何度でもね」


 ラグエルさんの視線は未だ下。だが彼女の瞳の奥に並々ならぬ決意が灯されているのを私は感じた。


 一体彼女とアスモデウスの関係にはどんなバックグラウンドがあるのだろう。瞳に灯るソレは単なる復讐の決意だけなのだろうか。今は分かりかねない事なのだが、ズタボロボンボンな私には何処か少しだけ眩しく思えた。


 だが、しかし。


 「…………私はもう戻れないんですよ。私が誤った選択の果ては奈落の落とし穴だったのですから」


 確かにラグエルさんの言う事は一理ある。しかし私は大罪人。犯した罪は重く深く、引き返すこと等許されるはずが無い。


 結局彼女の言葉は綺麗事に過ぎなかっただけなのだ。私とラグエルさんでは立場が違う。彼女が上なら私は下、彼女が光なら私は闇、少しだけ眩しかったのは、恐らくきっと羨ましかったからだ。


 「さぁ、これで分かったでしょう? 私には死ぬ以外の選択肢なんて……ってラグエルさん?」


 そろそろ色々な意味で旅立つべく、話の締めに入ろうと思った矢先。無愛想な彼女の表情が今日一番に変化していた。


 それはまるで苦虫を噛み潰したような、もっと分かりやすく言えばハチャメチャに不味い飴玉を舐めた時や、ジンギスカンを喉に詰まらせた時のような、そんな顔をしていた。


 「ねぇ、ずっと気になってたんだけど何で貴方は死ぬ前提で話してるの?」


 「え? ほぇ?」


 余りにも素っ頓狂な質問に、私には似合わないお間抜け過ぎる疑問符がこぼれてしまった。この期に及んで何を言っているんだこの女は……!


 「だから何度も言っているでしょう! 私は大罪人で、死んでこの罪を償わなくてはいけないんですよ!!」


 酔いと苛立ちも相まって、思わず机を叩いて立ち上がってしまった。叩いた振動は彼女のグラスにも伝わっていき、朱色の水面には幾つかの水紋が広がっていく。


 しかし、そんな中、ラグエルさんの表情は何時も通りの無に戻っていた。感情の見えない鉄仮面が、酒で紅潮した私をただじっと見つめ続けている。


 そして。


 「貴方の言っている罪って本当に大罪なの? ちゃんとしっかりごめんなさいって謝れば済む話じゃない?」


 「…………謝る?」


 彼女の口から出たシンプルなワード。確かにそうだ。何か悪いことを行えばまず先に謝る、謝罪をするのが最も正しい行いだろう。


 「ふん、謝るだって? 一体誰に? まさか神にでも許しを請えって事ですか?」


 だが、私は敢えてそう返答をした。分かっている、私は正しい天使なのだから、謝るべきなのも謝る相手が誰なのかも全部分かっているのだ。


 しかし、正しくない私をミカ様は決して許してくれないだろう。


 彼女の考えが変わる切っ掛けになった人間を、彼女が本当の微笑みを向ける人間を殺そうとしたのだから。


 それに今頃はきっと人間界で楽しくやっている筈だ。多田 崇、原罪のベリルにアスモデウス、その他悪魔共と一緒に。そんな場に今更私何かが行った所で……。


 「ウリエル、貴方ってホント根っからの天使よね。良い意味でも悪い意味でも」


 私の返答に対して、声交じりの大息をついてからラグエルさんはそう言った。褒められていないことは勿論分かるが、イマイチ言葉の真意が読めない。


 なので黙りこくって話の続きを待っていると、ラグエルさんは心底呆れたように、もう一度大きなため息をついてから。


 「つべこべ言わずに謝ればいいじゃない…………神でななく、ミカ様にね」


 そう言ってチラリと腕時計を確認したラグエルさんは、何も言わずそそくさと立ち去ってしまった。


 「ちょっ!? 何処行くんですか!? アンタお会計まだでしょ――」


 慌てて後を追いかけようと思った矢先、私の服の袖に違和感が生じた。何かに引っかかった様な感触ではなく、誰かに引っ張られた感じだ。


 それはまるで幼い子供が親の注意を引こうとさり気なく袖を引っ張る様な、その様な感触を受けたのだ。


 「――こんばんは、ウリエル。お隣、座っても宜しいかしら?」


 袖を引く主の声……。その声はまるでハープの様に聴くもの皆の心を癒す。絹の様な白髪、ルビー色に煌く瞳、そして幼さが残るがこの世で最も美しいそのお姿……。


 間違いなくミカ様だ。私が敬愛して止まないミカ様が、私の服の袖をチョコンと摘まんでおられたのであった。

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