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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
白髪幼女といちゃらぶデート~天使の殺意と悪魔の悪戯を添えて~
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その日、多田 崇は二度空を飛んだ。

 俺達の前に突如として現れた『普通』のドラゴン。先程まで正義を主張し続けていたこの場所にけたたましい轟音が再び響き渡る。


 「くッ!? 悪魔め、初めからコレが狙いだったというのか……!」


 極限の選択肢を迫られ、今にもゲロを吐いて死にそうだったウリエルが意味ありげなことを言い始める。


 「いや、狙いって……誰が何の為にこんなこと仕出かすんだよ?」


 「そんなものベリルに決まっているだろう! あいつも多田 崇を殺す等とほざきながら真の狙いは私とミカ様、全員を一箇所に集めて奴の餌にするつもりなのだッ!!」


 ウリエルは即座に光の弓矢をドラゴンに向けて構える。まぁ聞かなくたって誰がこんな化け物(けしか)けてくるか分かりきっていたけども。


 つか俺の命狙う輩が多すぎだろ、何で天使と悪魔両方とも俺を殺そうとしているわけ? せめてどっちから味方であれよ。


 「こうなれば先に奴を仕留めなければ……! ええい喰らえ、この忌々しい蜥蜴(トカゲ)めッ!!」


 閃光一射。恐ろしいほど素早く鋭い矢が普通のドラゴンの眉間に突き刺さり、夕暮れ時の園内に激しい爆音と爆風が轟いた。


 「やった……のでしょうか?」


 立ち込める爆風と風塵を見ながらミカがそう呟く。まぁ、常識的に考えてあんな爆発してたら倒せてるでしょ普通に。

 

 なんて酷く楽観的で馬鹿なことを思っている俺。しかし決してその考えを口には出すことが出来ない。


 何故なら俺は知っているからだ。動物園で天使とドラゴンに襲われるだなんて非現実的で例外な事柄に、常識的に考えてだとか普通が何々だとかそんな考えは何一つ通用しないことを身をもって体験してきたからなのだ。


 「グウゥウウ……!!!」


 辺りに蔓延していた砂埃が離散し、景色が晴れた時、ドラゴンは俺達を睨み唸りを上げた。黒く、鎧を纏っているような鱗には卵のヒビ程の傷も入っていない。


 「な、なんだと!?  私の攻撃が全く効いていな――」


 「――グアァアアア!!!」


 ドラゴンが今一度大きく吼え、強靭な尻尾をウリエル目掛けて振るう。


 「ぐ、ぐああああああ!!! ミカ様ぁあああああああッ!!!!!!」

 

 強烈で重く鋭い一撃を喰らい、呆気無く吹き飛ばされてしまうウリエル。盲目的に愛しているミカの名前を叫びながら、絶対的正義の象徴である天使は彼方へと消えていった。


 くそっ!? あんな強キャラ臭醸した癖してワンパンじゃねぇか! お前が使った分の尺返せ馬鹿! 


 そう毒づいていられるのも一瞬、ドラゴンの眼光は俺達へと向けられており、今にも襲ってきそうな雰囲気が漂ってくる。小さなゴンドラの中に居る俺達は奴にとって格好の的、小皿に盛り付けられたランチといった具合だろうか。


 俺の人生においての危機的ランキング上位に入選するであろうこの状況、それを打破する為には何か行動を起こさなければいけない。やられてしまう前に、何とかしてでも奴を倒さなくてはいけないのだ。


 「多田さん、どうぞ私の後ろへ下がってください……ここは私がやります」


 何か策を練ろうとした矢先、ミカが俺の前へ出向き凛とした佇まいでドラゴンと対峙する。

 

 「おい止めとけって! 幾らミカでも流石に無理だ!」


 「無理ではありません、やるんです。それが私の正義なのだからッ!」


  先程のウリエル同様、ミカも光の弓矢を構えて眼前のドラゴンに鏃を向ける。その色は正義の黄金色に輝き、光の粒子が辺りに煌く。


 頑張る誰かを助けたい、その為に自分の力を使いたい……これがミカの正義論である。


 対象者が俺であることは置いておくとして、この考え方はとてもミカらしく素敵な考え方だと思う。


 それに秀才で努力家なミカが図体だけのドラゴン一匹に負けるはずが無い。以上のことを踏まえ、俺が今出来る適切で安全な行動はこのまま黙って彼女の後ろに隠れていることだけだ。


 これ以上の妙案も、これ以外の選択肢もない。客観視してもミカの心情を汲み取ってもこれが正解だと思うし、恐らくあのクソドラゴンだって何も感じないほど自然な行いの筈だ。


 これが最適で、普通に無難なチョイスなのだ。大丈夫、俺は間違えていない……これが正しい行いなの筈なんだ――。



 「――多田さん? 何をしているんですか?」


 矢を放つ代わりにミカの口からは疑問符が零れる。覚悟を決めた彼女を遮るように、邪悪の化身に立ち向かうように、俺が立ち上がった。


 自分の正義を貫かんとするミカは間違えていない。そして俺の行動、考えも間違えていない。


 しかし、この状況下で異論を唱える奴がいる。多田 崇という大馬鹿野郎だ。


 世の中には大小あれど優劣があり、生物的に考えれば、この中で一番劣っているのは人間である俺だ。だからドラゴンに食い殺されるのも、ミカに守ってもらうのも至極当然の話である。


 だが、それでどうなる? どちらに展開が転んだとしても俺が得られるのは後悔だけなんじゃないのか?


 今日はミカとのデートだった筈だ。このまま何もせず、ただ黙って守られて、それで楽しかったと笑って貰えるのか? これから先、彼女にまた素敵な方だと認めてもらえるのか?


 『普通に幸せな人生』、このまま胸張って夢追い続けることが出来るのか?


 「……ごめんな。気持ちを裏切る真似ばっかして。でも俺、やんなきゃあいけなんだ」


 「いけませんッ! どうか考え直して――」


 「――悪い。これが俺の『正義』なんだ」


 軽く助走を付けて、一気にゴンドラの外へ跳びだす。ミカが俺の名前を叫んだが、それを一瞬の内に置き去りにした。


 これは俺の人生に現れた困難だ。このドラゴンは俺の人生を邪魔しようとする障害なのだ。


 ならば、俺自身が乗り越えなくてはならない。この障害を飛び越えて走り続けなくてはならない。


 最大の障壁であるマスターにも、そう宣言した。


 その宣言こそが、正しい行いであり、進むべき道を示す指針でもある。俺の正義はそこにあるのだ……!!


 「グガァアアアアアアッ!!!」


 空中に飛び出した俺に、障害が今日一の咆哮を上げて迫りかかってくる。動いている対象を狙う、如何にも動物らしい行動により俺と奴との一対一に持ち込むことが出来た。


 ここまでは俺のプラン通り。後は地面に着地してからの勝負なのだが……。


 「くそッ!? ちくしょう、思ってたより速ぇッ!!」


 そう、地面に落下していく速度が想像の十倍は速い! 高校の柔道の授業で、受け身を取れば大抵何とかなるだとかそんなことを思い出して飛んだがこれは無理だろ! 受け身取った瞬間肩ごと腕取れるレベルだろ!!!


 「う、うぉおおおおおおおおおッ!!!!!」


 しかし、俺に他の術なんかは無い。ならばやるしかないのだ。


 例え失敗して手足が折れても、地面に這い蹲りながらでも、掴みたい物が俺にはあるのだから――!


 ――おほほ、良いわぁその迫真な表情。今晩の素敵なオカズになりそうねぇ。


 ドンッ! と低く鈍い音が辺りに轟く。この音は俺が華麗に受け身を取った訳でも、地面に激突し、身体がバラバラになった音でもない。ゴツゴツした腕と胸筋が盛り上がり、パツパツになったレオタードの気色悪い胸中にスッポリ収まった音だ。


 「……アスモデウスさん? どうしてここに?」


 「どうしてって勿論崇ちゃんを助けに着たのよぉ。こんなイイ男、あんな悪趣味な奴なんかには勿体無いじゃあない?」


 そう言って、アスモデウスはンフフっと気持ちの悪い含み笑いを一つ添える。


 いや、ちょっと待って。正直助けてもらえたのはありがたいんだけどさぁ、なんつーか、違くね? なぁおい! おかしくねぇかこれ!?


 「よちよち、そんなに焦って怖かったでちゅねぇ~。でもほらぁ見て。もうすぐ崇ちゃんの好きなやつが始まるわよぉ」


 赤子を宥めるように、ゆっくりと揺り篭を扱きながらアスモデウスは顔を上げる。眼前にはドラゴンが大口を開けて、今にも俺達を捕食しようと迫っていた。


 くそ! ふざけやがってッ!? 何が好きなやつだ! オカマに抱かれながら喰われて死ぬのなんか誰が好きなんだよ!!!


 ちくしょう!! 嫌だ!!! こんな最期は真っ平御免だ!!!!!


 

 ――パチンッ



 「グ、グゥァアアアアアアアアアッ!!!!」


 

 最低最悪な死を迎えかけたその瞬間。小気味の良いスナップ音と共にドラゴンが絶叫し、その身が弾けとぶ。


 「え、えーと。えぇ…………」

 


硝煙の臭い、焼け焦げた何か、返り血に残骸……おぞましい物が辺りに飛び散っているのだが、俺の頭は真っ白で何が何だかさっぱり理解出来ない。


 「ふむ、デートのサプライズとしては少々ナンセンスな花火だったかな? どうだね多田君。特等席で見ていた感想は」


 そんな真っ白な頭でも、しっかりと聞こえてくる幼いが堂々としている声。


 俺の日常にして、人生最大の障害であるマスターが、オカマの腕に抱かれる俺を馬鹿にするかのような、そんな笑みを浮かべて立っているのであった。

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