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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
白髪幼女といちゃらぶデート~天使の殺意と悪魔の悪戯を添えて~
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廻る

 ちゅぽ……ちゅぽ……ちゅぽ……ちゅぽ…………ちゅっ。


 


 私達が言葉を出せないことにより生じた沈黙の中、アスモデウスが指に付いたであろう弓矢の食べカスを何とも卑劣な音を立てて舐め取る。


 「流石はラグエルちゃん。情け容赦無しの一射はお見事だったわよぉ」


 奴はそう言った後で、ラグエルさんの一射に二つの意味で満足したのか、隆起した大胸筋の前でパチパチと小さく拍手を送る。


 「…………ッ!」


 元上司からの最大の賛辞にラグエルさんは歯を食いしばり、もう一度弓矢を構える。そんな中私は未だに立ち尽くすことしか出来ずにいた。


 一撃で倒せなかった、寸での所で避けられた、その程度ならまだ希望はあった。


 しかしあろうことか口で受け止められ、飴玉のように食べられてしまったのだから。


 「さぁて、一発シて貰ったぶん、あたしもきっちりお返ししないといけないわね……二度と間違った決断を下さないよう、きっちり躾け直してあげるわぁ」


 そう言ってアスモデウスは両指を交差させポキポキと関節を鳴らす。不規則に奏でられたその音が不安の種を植える。そして天使にとって不要な感情である『恐怖心』が静かに芽吹いた。


 そんな時だ。


 「――ふむ、そろそろ時間だな」


 パチンと二つ折りの携帯が閉じる音が聞こえ、ベリルが動物園の制服に袖を通す。


 「あらぁ、もうそんな時間なの? 残念、もっと二人の怖がる顔が見たかったのに」


 それと同時にアスモデウスの顔付きからは殺気が消え失せ、一射のお返しとして我々にウィンクを飛ばす。


 そして、何を思ったのか一切理解し得ないのだが、史上最低の悪魔二匹はそそくさとプレハブ小屋から退出しようとしているのだ。


 「おい待て! 何処へ行くつもりだ!?」


 当然ながら私は声を上げ、二匹の足を止める。恐怖心は未だに根を生やしているがそれでも己が正義の為このまま易々と逃がす訳には行かなかったのだ。


 「決まっているだろう、多田君を殺しに……いいや、これから死に行く多田君の無様な最期を見取りに行くんだ。君達も着いてくるかね?」


 「ふざけるな! まだそんな事言っているのか!? もうそんな茶番は終わった筈だぞ!」


 「何を言っているんだ君は。茶番でも何でもこの私をコケにしたクソ野郎を放って置く訳ないだろう。まったく、近頃の若造は理解力が乏しくて困るな」


 そう言ってベリルは三流以下の映画を見終えた後に出る、心底つまらなさそうなため息を零した。


 こいつの高すぎる自尊心なんて理解出来ないし、理解したくもない。それに、こんな下らない茶番はとっくの間に終わっている筈なのだ。なのに、これからこの悪魔は何をやろうと言うのだろうか?


 「……こんな不出来な部下を二人も抱えていたとは、私の可愛い妹はなんて恵まれていないんだろうな。どれ、ここは一つ、姉である私が少しばかり教育を施してやるか」


 全く想像もつかない未知という名の恐怖心……それを引き連れながらベリルは私達の方へ一歩一歩着実に近づいてくる。


 そして。


 「お間抜け天使諸君に、この私から『教本』をプレゼントしてやろう…………漫画形式で厚みも内容も文字通り『薄い本』だからな、移動中にでもしっかり読んでおきたまえ」

 

 

  ×   ×   ×



 夕暮れの西日がガラス張りのこの空間に差し込んできて、俺の真正面で佇んでいるミカの白髪を照らした。


 俺達は今観覧車に乗っている。園内の隅にひっそりと建てられていたゴンドラの造りも高さも色々とショボい奴だ。


 何故唐突に観覧車なんぞに乗っているのか……そこの所は正直に白状すると俺には分からない。普通のドラゴンに連れ去られた後の記憶が酷く曖昧で気がつけば観覧車に乗っていたのだ。


 まぁ、デートの最後として乗る予定だったしそういうプランがあったからこそ身体が自然と動いていたのかもしれないな。その辺の事柄も良くは分かっていない。ついでに言ってしまえば普通のドラゴンに関しても謎のままだ。ほんとなんなんだよ、『普通』のドラゴンって。


 そんなことを考えながら俺は観覧車の窓辺に頬杖を付き、ドラゴンによる空中散歩よりもずっと低い外の景色を眺めている。


 アスモデウスにアイニィ、泪。そして言わずもがなマスター達クソ悪魔共に振り回された結果、結局いつも通りの脱力感と疲労感だけが体に残った。


 しかも今日はちょっとしたイベントだからと意気込んでいた所為なのだろうか、『宣言』だとか色んな場面で柄にも無く格好つけてしまったし、内容は羞恥の業火で跡形も無く焼き尽くされたので憶えてはいないが俺は軽くとんでもない過ちを犯しかけたのだ。


 挙句の果てには本来楽しませるべき相手であるミカに心配をかけ、涙を浮かばせてしまうという失態をやらかしてしまう。本当に情けなさ過ぎるな、俺。


 そんな自分を自嘲気味に笑ってやりたいところだが、無言の観覧車の中、不意に笑い出す男が目の前に居るミカの気持ちを考えると軽く三回は死にたくなるのでやめて置くことにした。


 俺、ミカ、そして沈黙を乗せた観覧車はゆっくりと反時計回りで昇っていく。窓から反射して見える彼女はお行儀よくその小さな手を太ももに添えて、可憐であどけない顔を俯かせている。


 まぁ、目の前で実姉を抱こうとした人間とこんな狭い空間の中一緒にいるのだ。幾ら天使だからと言ってもそりゃあ気まずそうな顔一つくらいするよな。


 デートという名目上俺が話題を振る方が良いのだろう。だが何を話せばいいのかさっぱり分からないし、性犯罪者予備軍、彼女達に忌み嫌われるべき存在であるロリペドクソ野郎と成り果てた俺に会話をする権利がある筈ない。


 つまりこの状況で一番ベストなのは観覧車が一周するまで黙り込んでいればいいってことだ。


 「…………多田さん」


 俺がそう思い窓の外に短く広がる低い世界を眺めていると、窓に反射しているミカが俺の名前を呟いた。


 「今日は一日お付き合いしていただきありがとうございました。どれもこれも全部が新鮮で、とても楽しかったです」


 そう言ってペコリと畏まった態度で頭を下げるミカ。俺は軽く会釈する程度で何も言わなかった。


 素人目から見ても旧式だと分かる古臭い観覧車が昇る速度。それと同じ位の速度でゴンドラの中には何とももどかしい空気が蔓延する。


 「あの、多田さんはどうでしたか? 楽しかったですか……?」

 

 自信無さげにミカが口元でモゴモゴと言って、太ももに添えていた手をキュっと握り締めた。


 ――俺も凄い楽しかったよ! こちらこそ今日一日ありがとうな!


 だなんて、爽やか笑顔付きで返事をすることが出来ればこれほど楽なことはない。俺は何も言えずただ黙りこくっている。


 今日一日どうだったかと聞かれれば、まぁ悪くはなかった。


 初めての電車に苦戦したり、ライオンを見て容姿相応にはしゃいだり、レストランで不器用に頬を膨らませて怒るミカ。普段あまり表情を変えない彼女の様々な姿を見ることが出来たのは面白かった。


 プレハブ小屋で劣情に身を任せようとしてしまったとき、涙を流しながら懸命に俺を引き止めてくれた。こんな俺を優しいと言ってくれた。それは素直に嬉しかった。


 この気持ちを素直に伝えればいいのにそれが出来ない。ミカに対して募った罪悪感が喉に詰まってしまい思うように声が出せないのだ。


 「…………多田さん?」


 ミカが上目使いで覗き込むように情けなさ過ぎる俺の名前を呼ぶ。これは決して答えを催促している訳ではない、俺を心配して声をかけてくれているのだ。


 「…………俺も楽しかった。けどそれ以上に色々迷惑かけちゃったよな、ごめん」


 どこまでも優しいミカ。そんな彼女の優しさを感じるたびに、俺の喉に詰まっている罪悪感が肥大化していき、遂には外に漏れてしまった。


 「迷惑、ですか?」


 「折角のデートだったのに結局いつも通り悪魔共に振り回されて、俺の下らない私情にミカを巻き込んじゃって……嫌な思いも沢山したろ? ほんとごめん!」


 そう言って俺は先程よりももっと深く頭を下げる。ポロポロと漏れていく肥大化した罪悪感、それとは別の箇所からも何かが漏れそうになったが、グッと瞼に力を入れて堪える。俺はそれを流せる立場ではないから。


 俺はそのまま頭を下げ続け、何か懸命に祈りを捧げるようにギュッと瞼を閉じている。


 別に誤魔化して適当な感想を述べることだって出来た。自分の本音を隠し相手のことを考え、相手が喜びそうな選択をする。俗に言う優しい嘘を付くことが出来た。


 しかし嘘は何もどうしても結局は口から出た虚ろ、つまり無である。


 そんな何も価値の無い言葉を、こんな最低人間の俺を優しいと言ってくれたミカに吐ける訳が無い。だから俺は黙って然るべき罰を待っているのだ。


 「…………成る程、多田さんのお気持ちはよぉーく分かりました」


 迎えの席で座っているミカからそんな言葉が聞こえてくる。どんな表情をしているのかは顔を伏せている為分からないが、その声は普段より低く聞こえる。


 それと同時にミカが履いている下駄が動き、彼女が立ち上がったことも分かった。


 「ちょっとどうしたの急に? 危ないから座ってた方が…………どわっ!?」


 流石におかしな空気を感じて顔を上げた瞬間だった。ミカが俺の隣の席目掛けて身を放り出したのだ。

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