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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
白髪幼女といちゃらぶデート~天使の殺意と悪魔の悪戯を添えて~
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正義の一射

 「…………元上司、ですか」


 この短期間で次々と知ってしまった真実。それはどれも到底受け入れがたい物ばかりで私は顔を手で覆ってしまう。覆った指の隙間からはA、もといアスモデウスが此方にウィンクなんかを飛ばしてきやがった。

 

 「信じられないかも知れないけど全部本当よ。魂管所(こんかんじょ)の最高責任者、魂のエキスパート、これでもうベリルが存在している理由が分かったでしょ?」


 「つまり幽閉されていたベリルの魂を盗み、何らかの方法で堕天使として蘇生させたという事ですか?」


 これまでも話の流れから一つの推測を立て、私はそうラグエルさんに言った。しかし実際の所、それはあり得ない話である。


 ベリルの魂は天使で最も最高位に存在する熾天使達の監視下にあった筈。神と匹敵する力を持った彼らの目を欺き、魂を盗もうだなんてそう易々とは行かないからだ。


 「そんな辻褄を合わせたような話、私には信じられませんよ」


 「…………何度も言うように、これは全て真実よ。過去実際に起こった出来事なの」



 「しかし! それでも信じられない! あんなふざけた格好をしている奴が、熾天使達を欺けるような芸達者な事を出来るとは思えません!」


 「うん? 今ゲイ何とかって……」


 「言ってないわ! 黙っていろ!」


 私の一挙一動を茶化すようにアスモデウスが言った。諸悪の権化であるベリルがそのやり取りを見て全く感情が篭っていない笑い声を上げる。


 そして自らが話の主導権を奪うために、コホンと一つ大袈裟に咳払いをしてから。


 「全く天使というのはどいつもこいつも回りくどい説明をする輩ばかりだな。スパッと言ってやればいいじゃあないか、こいつが天使だった頃の階級を」


 そうベリルが言った後、何とも憎たらしく斜めに口角を上げた。


 彼女の言葉に、ラグエルさんは眉間に皺を寄せ顔を顰めるが、ふっと息を吐くと同時にその皺も姿を消してしまった。

 

 「彼の元階級は智天使(ケルビム)……ウリエル、これで全部分かった?」


 ベリルが言った通り、簡単な計算問題を答えるようにスパっとラグエルさんが言う。彼女の眉間から姿を消していた皺が深く、分厚くなって私の所までやって着た。


 智天使、それは天使の序列階級で二番目に位置しており一天使である私や私が敬愛して止まないミカ様よりずっと身分が高いお方なのである。


 智天使で魂管所の最高責任者という実力を踏まえれば件の馬鹿げた推論が現実味を帯びてくる。


 だが目の前にいるのがこれだからなぁ……。智天使というより痴天使だからなぁ……。


 「…………智天使に魂管所、随分と懐かしい響きね。思わず昔抱かれた男のことを思い出しちゃいそうだわぁ」


 私の気持ちの整理が未だにつかない中、智天使の座から失墜し、地獄へ堕ちたアスモデウスが一滴たりとも滲み出ていない涙を指でふき取りながら言った。


 「ふん、何を言っていることやら。昔のお前は色恋沙汰なんて興味のない思い返しただけでも反吐が出そうな模範的天使だったろ?」


 下手な三文芝居を打つアスモデウスにベリルは先程まで着用していたこの動物園の作業着に着替えながら言う。


 「うーん、確かにそんなこともあった気がするけど、どうにも思い出せないのよねぇ。悪魔になってからの方が歴が長いし、楽しいコトもこっちの方が沢山あったから……」


 薄っすらと短く伸びた顎鬚をアスモデウスは摩る。


 ジョリジョリと聞こえてくるだけで悪寒が走りそうな音を立て、何か企みを顔に浮かべる。そして次に奴が視線を向けたのはラグエルさんだった。


 「ねぇラグエルちゃん、昔のあたしってどんな天使だったかしら? 貴方だったらよーく憶えてるんじゃあない?」


 「いいえ、何一つ憶えていないわ。天界を裏切った天使だなんて憶えている価値がないもの」


 企みが篭った言葉を一蹴するように、ラグエルさんは言った。しかし、アスモデウスの顔からはそれが消えない。


 「あらぁ、(とぼ)けちゃって可愛いんだから。それとも相変わらず口下手なだけかしら?」


 「…………昔のことは思い出せないんじゃなかったの?」


 「そりゃあ可愛い部下のことくらいはちゃあんと憶えてるわよ。恥ずかしがり屋さんで、いっつもあたしの背中に隠れて歩いている女の子、それがラグエルちゃんよ」


 奴が口に出した昔のラグエルさん像に、私も、彼女も言葉が詰まってしまった。


 言葉数が少ないのは確かだが、平然と仕事をこなし常時クールに立ち振る舞っている普段の彼女を知っているからこそ奴の言っていることが正しいとは思えない。


 だが当人が図星を突かれたように黙り込んでいる様が一番の証明になってしまっているのだ。


 「貴方、今でもお絵描きが好きなのね。部屋に沢山スケッチブックがあって、毎晩何か描いてたことも知ってるんだから。あの頃は何を描いてたの? もしかしてあ・た・し?」


 「…………黙って」


 「髪型も昔はお下げで可愛かったのに、バッサリ切っちゃって……何か辛いことでもあったのなら何時でも相談に乗ってあげるわよぉ」


 「……黙って」


 「そうねぇ、折角の再会なんだもん。今夜一緒に飲みにいきましょうよ。美味しいお酒とちっちゃくて天使みたいに可愛いマスターが居る良いお店紹介してあげる。勿論、酔わせてナニしようだなんてミジンコちゃんにも考えて――」


 

「――黙れ」



 小屋の中に眩い閃光が生じ、それは直線となってアスモデウスの顔面に放たれた。正義の一射を喰らった元智天使は顔を仰け反らせて、そのまま力無くベットへと倒れこむ。


 「二度も同じことを言わせないで。そうやって静かにしてればいいのよ」


 ラグエルさんは弓を収めて、矢尻より研ぎ澄まされた視線を倒れこんだ奴に向ける。その眼差し、声音は何よりも鋭く冷たかった。


 悪魔に成り下がり、ましてやこんな卑猥の塊と化してしまったアスモデウス、そんな救いようの無い愚か者でもかつては智天使という偉大な地位に君臨した天使でラグエルさんの元上司だったのだ。


 恐らく奴が挑発するように口にしていた過去のラグエルさんのことは本当なのだろう。そして彼女もまた奴のことを尊敬していたに違いない。


 私より大柄なアスモデウスの背中。昔のラグエルさんはそんな背中に理想、尊敬、そしてもう一つ特別な感情の眼差しを向けていたのだろう。


 そんな存在を自らの手で殺めた彼女。その心中に今どんな感情が灯っているのだろうか。彼女の景色には何が映っているのだろうか。私が彼女の立場で、相手がミカ様だった時、私は同じことが出来ただろうか。


 「ラグエルさん。大丈夫ですか?」


 いいや、出来る筈がない。神と等しく敬愛し心の拠り所になっている存在を殺すことなど私にはどう足掻いても出来ない。例えそれが正義の行いであってもだ。


 なので私はラグエルさんに訊ねたのだ。


 「ええ、心配いらないわ…………私はもう大丈夫だから」


 そう言った後、常に無愛想な彼女の顔に笑みが浮かんだ。


 それは普段笑うことに慣れていないせいか、涙腺をキュっと締め上げているせいかは分からないがどちらにせよ、ぎこちのない笑みだった。


 その笑みの裏側には恐らく原罪のベリルと同等の隠された真実というものがあるのだろう。それが今尚彼女の心に大きな枷を付けていることには間違いない。


 心の枷を取り外してあげたい。一瞬そんなことが頭によぎったが私は口に出さなかった。私なんかが介入して良い問題ではないし、そんな慰めめいた言葉は必要ないからだ。


 彼女は大丈夫だと言った。心配いらないのだとも言った。枷がついたままでも正義を執行する彼女を今は信じよう。そう思ったのだ。


 

 「――そうだぞウリエル君、彼女の言うとおり何も心配する必要はないんだ」


 

 一つの物語に幕が下りようとしたその時、この悲劇の元凶であるベリルが下りかけた幕を引き裂くように口火を切る。


 「何を言っているんだ? お前は今置かれている状況が分かって言っているのか?」


 そう、私達はたった今最低最悪の悪魔二人組みの片割れを倒した。


 残っているのが最悪な相手ではあるが二対一、それもアスモデウスを一撃で倒したラグエルさんが味方にいる。状況的にはイーブン、いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。


 何を偉そうに余裕な態度をとっているのかは分からない。ただ一つ確かなことを言えば我々は己の胸中で輝く正義にかけ断罪の物語に終止符を打ってやるということだけだ。


 心配なない、大丈夫。恐れることなど何一つとしてないのだ。


 それなのに、私が未だに弓矢を構えられていないのは、ラグエルさんの顔からぎこちの無い笑みが消え失せており、苦痛にも似たような表情で口元を歪ませ嫌に大きい冷や汗を垂らしているからだ。


 「おい、何時まで狸寝入りをしているつもりだ。いい加減起きたまえ」


 まるでトランプゲームで始めから切り札(ジョーカー)を持っている子供のように、ベリルはその幼い顔に確信した勝利の笑みを浮かべ、倒れているアスモデウスに話しかけた。


 そして。


 「――行き成り顔射なんて、中々ヤッてくれるじゃあない。ねぇ? ラグエルちゃあん?」


 ボリボリと咀嚼音を立てながら死んだ筈のアスモデウスの上半身がゆっくりと起き上がって来る。


 咀嚼音の正体はラグエルさんが放った正義の一射。言葉にすれば短いたったそれだけの事柄に私は絶句し呆然と立ち尽くすしか無かった。

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