『核芯』の真実
ラグエルさんがターゲットだと称する悪魔…………それは我々天使達にとって最も忌むべき存在、原罪のベリルではなく、その隣にいる気色悪さを具現化したような風貌のAだった。
ここまで何もかも全て置いてけぼりにされていた私だったが、この予想だにしていなかった展開によって疑問符の樹海で迷子になったような感覚に陥る。
一体何がどうなっている? ラグエルさんは何を考えている? そして私は何をすればいいんだ?
「ウリエル、貴方は原罪について何処まで知ってる?」
そんな迷子になっている私を導いてくれるように、ラグエルさんは依然Aのことを見据えながらそう口火を切る。
「何処までと聞かれましても、話の結末までとしか……」
天界史上最も才能溢れる天才、そして最も罪深き行為を犯した大罪人ベリルの最期。それは絶対正義の神によって葬られ、その魂は幽閉され今尚他の熾天使達が監視を続けていると聞く。
その話を知っているからこそ、私は目の前の金髪幼女悪魔がベリルではないと言い切れるのだ。熾天使達に魂を監視されている筈なのに、肉体を持ち、こうして人間界で生きているというのは絶対にあり得ないのだから。
ラグエルさんも勿論この話は知っている。なのに何故ベリルが本物だと言い切れるのか? それも何か確信があるかのように、だ。
「…………貴方は一体、何を知っているんですか?」
なので今度は少しニュアンスを変えてラグエルさんに訪ねてみる。この状況を把握するためには私が知り得ず、彼女が知っている情報を入手しなければいけない。この情報は言わば万能薬で、これさえしっかりと聞ければ私は迷うことなく正義を執行することが出来る筈なのだ。
「私が知っているのは、そうね。原罪ベリルの本当の結末……いえ、語り継がれていない本当の真実ってところね」
「本当の、真実…………」
目の前には忌むべき対象がいるにも関わらず、私は彼女が語ろうとしている事柄に意識が集中してしまい、思わず固唾を飲み込んでしまう。
ラグエルさんはと言えば、何かを思い出すように、何かに思いを馳せるように神妙な趣きで目を伏せていた。
そして、そっと目を開けてから。
「ベリルが単身神に反旗を翻した結果、魂を幽閉され熾天使に監視されている。ここまでの話が貴方が知っている内容、これは間違いない?」
「ええ、間違いないです」
「なら、今目の前にベリル本人が居るのはおかしい。物理的に不可能なことだ。これも分かる?」
「まぁ、そうですね。不可能なことくらい分かります…………では何故ベリルが此処にいるんですか?」
他人を話の渦に引き込んでおきながらなんとも歯切れが悪いラグエルさん。それだけ彼女にとって話しづらい事柄なのだろうか。
「…………答えは簡単、一人じゃあなかったから」
「え? 今なんと?」
「反逆のベリルには、もう一人仲間が居たってこと。分かる?」
ラグエルさんが放った一言、語り継がれた話の真実。それは彼女の言葉通り、至ってシンプルながらあまりにも唐突過ぎる話だった。
「いや、そんなのありえません! 神を殺そうだなんて愚か過ぎる考えを持った天使がもう一人いたと言うのは、ありえない、あり得てはいけない!」
「いいえ、これは本当よ。決して塗り替えることが出来ない事実なの」
絶対に受け入れてはいけない真実をラグエルさんは言葉少なく、そして強い意志が篭った眼差しで言う。
本来神を殺すだなんて行為は一瞬でも思ってしまっただけで極刑されるべき罪だ。この世を創世した唯一無二、絶対正義の神に対して悪意の炎を灯す時点でそいつらは間違っているのだから。
そんな行為をあろうことか神の使いである我々天使の内の二人が行なったというのは、人間で例えるのならこの世の全ての幸福を親から授かった子供がある日何の前触れも無く親を殺すことと同じく意味不明で到底理解出来ないことなのだ。
「わ、私には理解出来ません! 天使がそう易々と神を裏切るだなんておかしい! 間違っている!」
なので私は自分の正義に従い、そう叫ぶ。しかし眼前で一連の話を聞いていた二匹の悪魔は吼えることしか能のない駄犬を見下すように笑い、ラグエルさんは短くため息をついた。
「そうね、私も理解出来ないわ。神を裏切って、こんなふざけた性格にまでなって…………本当に馬鹿な人」
そう言ってラグエルさんは三度Aの方に視線を飛ばす。
「ラグエルさん? 何故先程からあいつを敵視し続けているのですか?」
Aをターゲトだと言ったこと、そして原罪の真実の話から察して恐らくベリルの仲間がこのオカマ悪魔だということは終始混乱している私の頭でも分かる。が、ここはどうしても訪ねなくてはいけなかった。
仮に私の推測が合っていれば、こいつも堕天使、つまり元は天使という訳だ。こんな歩く隠語大辞典の奴を私は天使だったとは認めたくない。だから聞くことにしたのだ。
この質問に対してラグエルさんも今まで以上に答えづらいのだろう。色薄い唇をキュっと噛み締め随分と葛藤しているご様子だ。
「うふふ、焦らしプレイってのはただ焦らせばいいってモンじゃあないの。最高の最後までイかせてあげるまでがプレイ、でしょう?」
そんな緊張感とは言い難い何とも微妙な空気の中、訳の分からないオカマ悪魔が訳の分からない事を言い出し、私達の注目を集める。
「…………勿体ぶらないで、そろそろ教えてあげたらいいじゃあない。ねぇ? ラグエルちゃん?」
腕を組み、割れた二つの顎にひっそりと生えている髭をジョリジョリと指でなぞるA。
奴の言葉にラグエルさんは結んでいた口の紐を解き、そしてまたゆっくりと瞼を閉じる。恐らく彼女の瞼の裏のスクリーンには過去の記憶、昔の思い出やらが映し出されているのであろう。
そんな物達全てを全て吐き出すように、ラグエルさんは深く息を吐いてから、私にこう告げたのだ。
「……この悪魔、色欲のアスモデウスはベリルに加担した元天使。そして神、天界、私、全てを自分の為に裏切った私の元上司よ」