近藤たま子は再び操られる
無難にアイスを食べ終えた俺達はアイニィ、泪とは別れ再び園内に戻り鑑賞を続けた。
サル山でぐったりと休日の中年親父スタイルで寝転がっているニホンザルやらチンパンジーを眺めた後、色がカラフルなインコや尻尾が長いインコ、後クチバシがバナナの様な形をしている鳥達が美しい囀りの変わりに頭を垂れスヤスヤと寝息を立てている。おい、さっきから皆寝てばっかりじゃねぇか。この動物園やる気あるの?
そんな堕落しきっている動物達を俺と手を繋ぎ寄り添っているミカはただ黙って眺めている。怠惰の園と成り果てた檻から時折聞こえてくる寝息と欠伸が伝染するように彼女の小さな口からも漏れた。
やる気のない動物達、レストランでの一悶着、そして昼食をとったお昼時…………確実に眠たくなる三連コラボにより、デートというワクワク感が完全に薄れている。これは非常にまずい事態だ。
だが、しかし。これも計算の内、俺にはまだ打つ手がある。アイニィに飯を奢るのは完全に誤算だし、レストラン内でちょっとシリアスな雰囲気になったのも全く持って想定外だったが、とにかく俺には計略が残っているのだ。
「なぁミカ、この先をもうちょっと進んだら動物と触れ合えるブースがあるんだけど、そこ行ってみないか?」
俺の提案に眠たげだった彼女の肩がピクリと反応を示す。
「え? 動物さんと一緒に遊べることが出来るんですか?」
「ああ、そうだ。これちょっと見てみて」
俺はこのスマホでこの動物園のホームページを調べ、小動物触れ合いコーナーの紹介欄を彼女に見せる。
愛くるしい表情をしたゴールデンレトリバーを始め、数種類の犬や、彼女の大好きな猫。アヒルやヒヨコと言った鳥類に、子豚、孔子といった家畜まで実際に触れ合えるのであろう多種多様な動物達の写真に、彼女の欠伸は感嘆の息に変わる。
「で、ですがこの子達もお昼寝中なのではないでしょうか?」
そんな少女らしい反応が少し恥ずかしかったのか、コホンと一つ咳払いをして表情を整わせる。しかしそれでも心配げな声音で言った。
「いや、そこら辺はちゃんとやってるだろうし、大丈夫だと思うよ」
流石に触れ合いコーナーだけに全員が全員寝ていることはないだろう。飼育員だって商売のことを考えて動物の体調スケジュール組んでいる訳だし。
「そうですか、それでは行ってみたいです……っ!」
「よし、決まりだな。じゃあ早速行ってみるか!」
テンションが上がってきたミカに俺も爽やか年上大学生彼氏並みのフレッシュな笑顔と声で答える。そして女性をリードする事に慣れているように振る舞いながら、次なる目的地まで歩みを進めた。
俺が爽やかではないのは重々承知だし、女性をリードするよりマスターに|首輪を嵌められ引きずり回される《リード》される方が慣れているのだが、まぁ、そこら辺の細かいことはいちいち気にすんな。
× × ×
そのままミカと歩くこと幾分、目的地である触れ合いコーナーこと『スウィートベリー』に到着した。名前についてとかは疲れるから何も言わない。そしてこの動物園は二度と行かない。
そんなことはさて置き、現在の時刻は十四時半、事前に調べておいた触れ合いコーナーの混雑予想では丁度ピーグ時を過ぎた辺りらしい。俺達としては人混みの中を進む羽目にならないので助かるし、どこぞのクソガキ共に揉みくちゃにされるより天使であるミカに優しく可愛がられている方が動物的にもストレスがかからないだろう。
そんなことを思いながら辺りを見渡すが。
「……誰も着ていないようですね」
隣でミカがキョロキョロと顔を動かしながらそう呟く。
そう、ミカの言う通りスウィートベリーの前にはクソガキはおろか客が一人も居ないのだ。幾らピーク時が過ぎたとはいっても誰も居ないのは明らかに不自然である。
「もしかしたら今日はお休みなのではないでしょうか?」
ミカがそう言って残念そうに唇を尖らせる。繋がれた手にもほんの僅かに力が篭った。
「いや、さっき調べてた時には本日営業中って書いてたからやってると思うんだけど…………あ! あそこに従業員いるから聞いてみるか」
俺は受付辺りに居る従業員であろう女性を発見したのでミカの手を引きながら声をかけようと思った。
だが。
「おーい! たかちゃーん! こっちこっちー!」
先に此方に気がついた従業員が何とも馴れ馴れしく手招きをしてくる。何か嫌な予感がしながらも近づくと、幼馴染である近藤 たま子がそこに立っていた。
「いらっしゃい! そして待ってたよ! たかちゃんと…………ミカちゃんだよね?」
カーキー色の作業着に身を包み、同じ色の帽子の前でふにゃりとした敬礼をするたま子。俺があのクソ蛆虫教官だったら「なんだその敬礼は!!! シャキっとしろこの蛆虫がっ!」と一喝入れているところだろう。
そんなことはどうでもよくて。
「…………なんでお前がここにいるんだよ、後ミカの名前を知っている理由を答えろ」
「えへへ、実は最近新しくここでバイト始めたんだぁ。ミカちゃんのことはベリルちゃんから教えてもらったよ、お姉ちゃん同様とっても可愛いね!」
そう言ってたま子はミカの白髪をユサユサと撫で始める。おい止めとけって、凄げぇ嫌な顔してるから。
「いやぁもっとミカちゃんのこと可愛がりたいけど頑張って仕事しなきゃだね、さぁ入って二人とも! 今日は折角の貸切りなんだし!」
ミカから手を離したたま子は、その手を扉の前にかざし、純粋無垢な笑顔を此方に向ける。
「いや待て、俺達は貸し切った憶えはないぞ?」
「いいからいいから。大丈夫、遠慮しないで!ほらほら!」
俺の質問には答えず、たま子は俺達の後ろに回り込んで、グイグイと背中を押してくる。
「おい、たま子! 話聞けって! おい!」
「…………駄目だよ、一度立ち寄ったら必ず入らないと。これがパークの掟なんだから」
「お前何言ってんだよ!? 一回落ち着けって! なぁ?」
何度呼びかけてもたま子は応じず、それどころかドンドン押す力を強め始めてきた。
客が誰もいない、たま子の様子もおかしい…………このことから俺の脳裏では『あの日』の事がフラッシュバックして蘇って来る。
これは百パーセント確実に、間違いなく悪魔的案件だっ!!!
「多田さん、どうしましょう……!」
「どうしましょうって言われても、まずはこっから脱出しないと…………痛って!!」
とてもおっとり系女子たま子が発揮することが出来ないであろう怪力に押され、とうとう敷地の中まで押し転ぶような形で入れられた俺達。
そして。
「…………ようこそ、お二人とも。この館の案内人は私だ」
地面に這い蹲る俺達二人、それを見下ろすように……いいや、何時もの如く見下すようにマスターが腕を組みながら立っていた。これまで飽きるほど見てきた不敵な笑みを浮かべながら。