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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
白髪幼女といちゃらぶデート~天使の殺意と悪魔の悪戯を添えて~
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激辛料理勝負の傍観者は考える

 最近テレビで良く耳にする言葉、激辛料理……。アホみたいな量の香辛料、各々店が作った唐辛子ペーストを合わせ、それに更に唐辛子を追加し、その上更に唐辛子を使用する等といったお笑いの基礎である三段落ちを料理に起用してしまった全くどうしようもない料理のことである。


 それを栄えある芸能人達が大量の汗と過剰過ぎるリアクションで食べたり、あまり名前の聞かない女優や女性タレントが『自称激辛料理愛好家』を名乗り、劇薬と化した料理を無理して美味しいと食レポをしてテレビに映ろうとするのだ……こう解釈すると芸能界を生き抜くのは本当に過酷だよな、平凡な男に生まれて良かった。


 そんな悪ふざけ全快で作ったような激辛料理だが、テレビやインターネットで取り扱われたり、最近では専門店が出来るなんて最早日常的なニュースになっている。


 一体何がどうして人々を激辛の虜にさせているのか、それは刺激物を食べた際、脳内ではアドレナリンが分泌されたり、エンドルフィンという脳をリラックスさせ、ストレスから開放される物が分泌されるだとか……。しかもそのエンドルフィンというのは脳みそが刺激に慣れてしまえば効果が薄れていき、更に辛い物を求めざるを得なくなる、所謂中毒になってしまうのだ。


 何だか中学校の保健体育を彷彿とさせるが、これはあくまでも料理。刺激を求めるお年頃の若者やストレス社会に疲れきった輩が激辛中毒者(ジャンキー)になっても俺の知ったことではない。俺は某カレーチェーン店に行っても普通の辛さを選ぶし、馬鹿丸出し動画配信者のように激辛ソースを一気飲みもしない。


 ようは自分の人生なんだし好きに生きろってこと。この一言に尽きる、な?


 「はぁ……はぁ……んぅ、ふぅ…………」


 話の話題が無くなってしまった所で隣の席からは必死に坦坦麺(たんたんめん)を啜るミカの悶える声が聞こえてくる。別にどんな声を出されようが構わないし、咀嚼音が加点となって何か感情が蠢きそうになるだとかそんな事は全然無いのだが、俺は滝汗のように雫が滴るグラスを持ってチビチビと日本酒を飲むように水を口に含んだ。


 今回の勝負の内容は至って簡単、この激辛坦坦麺『パンダの目にも涙……辛辛(しんしん)坦坦麺』を誰が一番早く食べきれるのかを競い合うといった内容だ。因みにメニュー表には居れば動物園のシンボルになれるであろうパンダが数頭のレッサーパンダに囲まれて涙を流しているのだが、ここには特に触れないでおく……このレストラン色んな所に喧嘩売りすぎだろ? 大丈夫か?


 さて、三人の料理が出揃った所で勝負が開始されたのだが、料理が出てきた際、俺と他二人の顔は思わず引きつってしまった。


 テーブルに置かれた瞬間に鼻を突き刺すような香り、燃え滾ったように赤い見た目。戦慄により食べる前から汗が流れ落ち、中々箸を手に取る勇気を二人は出せずにいたのだ。


 そう、ミカと泪の二人は。


 「ふぇ? 何皆してボケっとしてるの? 普通に美味しいわよこれ」


 残る一人、アイニィがキョトンとアホ丸出しで不思議そうな顔を浮かべながらさぞ普通のラーメンを食べているかのようにズルズルと啜っている。自分で作ったクソ不味いヘドロカクテルは駄目だった癖に本当そういうところあるよな、こいつ。


 心の中のツッコミは当然通じる筈も無く、そのままさぞ美味しそうにマグマのように赤くドロドロとした激辛坦坦麺を食べ進めるアイニィ。このままではただ彼女が食事を済ませ、俺が奢って終わるのみになってしまう。


 「さて、そろそろ僕も参戦するとしようか、ふっふふ……っ!」


 そんな中、次に箸を手に持った泪が声と手を震わしながら言う。


 「おい、悪いことは言わないから止めとけって。こんな辛そうなもんお前じゃ絶対に無理なんだから」


 ブラックコーヒーもろくに飲めないお子様舌な馬鹿にこの激辛坦坦麺なんぞ食べられる筈が無いと思い、俺は言った。


 「何を言っているのか良く分からないなぁ。このマルコシアスの辞書に不可能の文字は記載されていないのは崇も十分知っているだろう?」


 「いや知らないから、お前の短期打ち切り漫画の単行本並みに薄い辞書とか全く知らないからな」


 「ふふっこれはまた随分とふざけたことを言ってくれるじゃあないか……! いいだろう、僕の正真正銘フルパワーってやつをここで魅せてやるよ!!!」


 どうやら俺の忠告が返って煽る形になってしまい、完全に歯止めが効かなくなってしまった泪は「大丈夫、大丈夫」と小声で呟いた後、意を決して麺を啜る。


 そして。


 「あ、あああああっ!!!!! 辛いぃいいいいい!!!!!!」


 物凄くシンプルで馬鹿うるさい絶叫が俺の鼓膜とグラスの水を震わし、泪はそのまま後ろの座席に倒れこみ動かなくなった。


 泪がリタイアしたことで、この勝負はアイニィとミカの一騎打ちになり、ここで暇を持て余したゆえに語っていた回想が現実へと繋がっていく。


 何事に対しても平然な顔で淡々とこなしていくミカは正しく尋常ではない辛さに苦悶の表情と息を漏らしながら必死に喰らいついている。一方のアイニィはといえば両足をバタバタと揺らし、なんの曲だか分かりはしない鼻歌を歌いながら尚も美味しそうに食べていた。


 対照的な両者、その差は器にも当然反映しており、ミカは三分の一を食べ終えた所なのに対してアイニィの器には残り僅かな太麺と挽き肉が釜茹で地獄の刑を受けている罪人のように浮いているのみだ。


 「……ミカ、もうこの辺にしておいた方がいいんじゃないか? これ以上食べたらお腹とか壊しそうだしさ」


 このまま勝負を続けてもミカに勝てる要素が見当たらないので、俺は今度は煽らないよう注意しながら言う。


 「ら、らいりょうぶ……! らいりょうぶです!」


 「いや大丈夫って言ってもさ、呂律も回ってないし汗も凄いし……ほんと止めて置いた方がいいって。な?」


 ボクシングの試合でセコンドがタオルを投げ込むように、俺はそんな言葉を今尚必死に食べる彼女に差し出す。


 俺の言葉を受けてミカは一旦箸を置き、喉を潤すには少なすぎる量の水を一気に飲み干してから。


 「気遣ってくれてありがとうございます。ですがこれは私が挑んだ勝負、私が選んだ道なんです……っ! だから絶対に止めません!」


 そう言ってミカは着物の袖を捲くり、白髪が張り付く程滲み出ている額の汗を拭う。そして再び箸を手にとって一心不乱に食べ始めた。


 一体何がこれ程までに彼女を突き動かしているのだろうか? そんな疑問が俺の頭の中で産声を上げる。


 言ってしまえばこの勝負なんてのは単なる茶番だ。別に勝とうが負けようが何も得ないし失うこともない。全くもって無意味な行為なのだ。


 では何故ミカはこんな勝負を持ち出してきたのか、俺に特別扱いされたい、頑張った姿を見せつけ褒められたいから? ソファーでぶっ倒れている泪の言葉を借りるのなら『ナンバーワン』になりたいからなのだろうか?


 いいや、違う。そんな疚しくて俗物的な感情からではない。仮に、もし仮にミカが俺に他の二人より好かれたいと行動をするのなら賢い彼女のことだ。もっと俺が好むような言動、行動、悪く言ってしまえば媚びるようなことをする筈で普通の人生を送りたい俺が忌み嫌う面倒な事柄を自ら提案したりはしない。


 ならば、答えは一つしか残っていない。それは彼女が自分で口にしていた『私が選んだ道』だ。


 馬鹿な泪やアホのアイニィに少しでも負けたくないから。恋のABCに当てはめると自分が一番下で、それが悔しかったから。こんなくだらない図式にも関わらず他人より劣っている自分が情けなくて憤りを感じたから。だから勝負を挑んだ。


 決して誰かの為ではなく、当然俺の為でもなく。己の誇りの為に彼女は戦っているのだ。


 全てを悟った俺。もう彼女を止めようなんて気は更々起きる筈が無く、またグラスの水をちょびちょびと飲みながら戦況を見つめることしか出来なかった。


 気合を入れ直したミカは一段と食べるペースを上げ、無我夢中で頬張る。普通の味覚を持っている俺でもきっと途中で断念するであろう激辛料理を、そんな料理とは無縁の生活を送ってきたであろう彼女が精一杯食べている。そんな姿を見れば多少なりとも応援したいと思う気持ちが芽生えてくるのは、ごく普通で自然な現象だ。


 しかし、そんな物を彼女は望んではいない。だからこんな野暮な気持ちと言葉を飲み込む為に、俺はまたグラスを口に持っていき、水を……。


 「痛てっ」


 水を飲もうと思った時、俺の足に少しばかりの痛みが生じ反射的に言葉が出てしまった。


 原因はテーブルの下で足をブンブン振り回しているアイニィの足がぶつかってきやがったからだ。くそっ! お嬢様育ちの癖にいちいち行儀が悪いんだよ!


 そんな彼女はぶつかった事にも気づいておらず、最後に残った挽き肉をレンゲですくい何の気なしに食べている。一方でミカはスープを吸って更に太くなった麺をまだ必死で食べており、このままではミカの敗北は決定的と言えるであろう。


 「ふっふっふ……! これで具は全部切ったわ! 残りはこのスープだけね」


 そして遂にアイニィは持っていたレンゲをテーブルに置き、超絶にうざいドヤ顔を披露しながら器に手をかける。


 「アンタから勝負を挑んできたわりに随分と呆気なかったわね。まぁ相手がこの私だったしぃ? 当然といえば当然よね?」

 

 「…………まだ勝負は終わっていません、無駄口を叩いている暇はないのではありませんか?」


 「ふん、言ってくれるじゃない! アンタがそう言う態度を取るんだったらこっちだってこのスープを一気に飲み干して敗北の苦渋を味あわせてやるんだから!!!」


 勝負に決着をつけるためにアイニィは器を持ち上げ、調子こいた若者が酒を一気飲みするようにグビグビとスープを飲み込んでいく。


 これでミカの敗北は決定付けられ、勝者はアイニィとなるだろう。無理して激辛坦坦麺を食べた挙句、あっさりと普通に負けてしまう。このスープよりも辛く、悔しいアイニィが先程言った苦渋を味わうことになるだろう。勿論、彼女が自分で決めたことだからきっとミカはこの敗北を素直に受け入れるに違いない。


 しかし、それが本当に良いのか。それが正しいのか。勝負に参加していないのでこんな事を思える権利はないのだろうが俺は思ってしまった。ミカのことを他の二人より理解しているつもりでいるから、応援したいという気持ちがあるから、そう思ってしまったのだ。


 なので。


 「――はぐっ!?」


 首が仰け反るほど器を抱えていたアイニィが、なんとも間抜けな声を出して硬直する。何をしたかと言えば簡単だ、俺がテーブルの下でうざったらしく揺れている彼女の足を思い切り蹴飛ばしたのだ。


 これはミカを助けるためでも勝負を妨害するためでもない。さっき蹴られた仕返しをしたかった。ただそれだけだ。


 「ぐっ!ぐぐぐぐっ!!!」


 蹴られたのが痛かったのか、それともドロドロと半固形物と化したスープが喉につっかえたのかは分からないが呻き声を上げながら器を持っている手をプルプルと震わし始めるアイニィ。


 そして。


 「ぼへぇえええええええっ!!!!!!」


 倒壊しかけたビルをなぎ倒す鉄球がついたクレーン車のように、俺は二撃目(ドッピエッタ)を喰らわせてやると、なんとも間抜けな倒壊音と共に、スープを周りにぶち撒けながらテーブルに頭を打ち付けるアイニィ。


 これが終了のゴングとなり、幾分か振りに流れる静寂で閑静な空気がこの勝負の勝者であるミカに喝采を送っている。

 

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