熊さんパジャマとガーターベルト
大学の午後の講義が終わり、学生達が何処だかに遊びに行こうだとか、見た目だけで中身も頭もすっからかんの奴がナンパしそうぜ、なんか言っているのを尻目に俺は校舎を後にした。
今日も今日とて俺はバイトに励むのだ。
他の連中は本当に気楽でいいよな、バイトなんかしないでも親の金で遊べて。
なんだよ、お前らの親は貴族か、何処からそんな金が出てくるんだ。
バイトやっている奴だってどうせコンビニ店員だとかチェーン飲食店の皿洗いだとかそんなクソカスな内容ばかり。
それで文句や不満をぶちまけるのだ、さぞ自分は立派に働いているかのように。
ふざけている、彼ら彼女らは本当に働くということを知らない。
たかが、皿洗いで、たかがコンビニのレジ打ちで何が疲れることがある、そんなの賢いサルでも出来る。
あぁ、俺もそんな楽なバイトがしたかった。
そんなことを考えているうちに足を運び慣れたビルへと入り、その一室にあるバー『DEVIL』のドアを開けた。
「お疲れ様です」
開けたと同時に挨拶を済ませる、が、しかし。
「あれ?いない?」
カウンターを見てもマスターは見当たらない。
おかしいな、何時もならもうグラスを磨いたりしているはずなんだが。
「おーい、マスター」
声に出して呼んでみるがこれも反応がない。
「マスターっ!どこにいるんですかーっ!」
尚も反応なし、辺りには静けさだけが残る。
どういうことだ?何処かに出かけたのなら鍵を掛けて置くだろ?しかし、開いているということはマスターはこのバーの中にいるはずだ。
…………そういえばカウンターの右奥にドアがあったような。
もしかして、そこに居るのか?
俺はカウンターに入って右奥に進む。
そして、そこにあるドアをノックしてみた、が、返事はない。
開けてみるか。
ドアノブに手をかけて恐る恐る開いてみる。
すると、そこにいたのは。
「げぇ……」
部屋は四畳半くらいの広さで右側にベットが置いてある。
そこですぅすぅと寝息を立てるマスター。
可愛らしい熊の着ぐるみパジャマを着て、俺がこの間俺が買った熊のぬいぐるみを大事そうに抱いている。
寝息を立てる度に彼女の小さい身体が上下に揺れる。
さて、どうするべきか。
開店まで後一時間ほどしかないし、ここは起こすべきなのだろう。
しかし、なんて声をかければいいんだろうか。
揺すって起こすのも、何かと犯罪的というか、触るのは違う気がする。
というよりも勝手に部屋に入った時点で駄目な気がするが。
どうしたものかと考えていると。
「…………むぅ、誰かと思えば君かぁ。なんだ?寝込みでも襲いにきたのか?」
マスターがむくりと身体を起こし、眠たげに大きな目を擦って欠伸をする。
「いや、人聞きが悪い事言わないでくださいよっ!俺はマスターがいないから探しに来ただけですから」
「なんだ、もうそんな時間か」
「しかし、珍しいですね。マスターが寝坊なんて」
俺がそう言うとマスターは金髪の頭を掻きながら。
「店が終わった後、アスモデウスに誘われてな。昼近くまで付き合ってやってたんだ」
「へ、へぇー」
あのクソオカマめ、厄介事を増やしやがって。
「取りあえず私は着替えるから、先に店で準備していてくれ。それともここで着替えでも見ているか?私のグラマーな身体が見れるぞ」
「だから俺にそんな趣味はないですからっ!」
後、何がグラマーだ、幼女体型の癖に。
先にカウンターで待っていると何時もの服装になったマスターがやってきた。
が、やはり寝起きだからか少しだけ雰囲気が違う。
「なんだ、ぼぉーっとして。眠たいのか?」
「それはマスターでしょ、そんな目をトロンとさせて」
「それもそうだな。ふぁーあ」
またも大きな欠伸をひとつするマスター。
長い睫毛から涙が滴った。
何故だが今日はなんだか嫌な予感がする。
マスターがこんなんだし、きっと面倒くさいことが起こる気がする、俺の直感だが。
この直感が外れることを祈り、俺はグラスを磨いた。
開店から数時間後、今日も悪魔共が五月蝿いが、俺が危惧していたことは今のところ起きてはいない。
マスターは相変わらず眠そうだが、それでも仕事は全うしている。
よし、この調子なら無事に終われそうだな。
悪魔共の注文をとりながら内心ガッツポーズをとっていると、店のドアに設置されているベルが鳴った。
誰かが入店してきたようだ。
俺はその方向に身体を向けて、手馴れた挨拶をする。
「いらっしゃいま……へっ?」
入店してきた女に思わず、声が出なくなった。
それもそうだ、格好が奇抜すぎる。
ド派手なピンク色の長髪に頭には二本の角。
俺よりも背が高く、マスターとは正反対のグラビアアイドルを思わせる体つきに申し訳程度に乳房を隠したような紐状のブラジャーと形容していいのか分からないものをつけており、下半身はガーターベルト。
なんだ、この痴女は。
その女は入り口の手前にあるカウンター席に座る。
そして、いきなり大きなため息をついてから、顔を伏せた。
もう一度言う、なんだこの痴女は。