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バイト先で金髪悪魔幼女とかを相手している俺ですが、それでも普通な人生を過ごしたい  作者: 天近嘉人
白髪幼女といちゃらぶデート~天使の殺意と悪魔の悪戯を添えて~
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悪手

 頬を膨らませ俺の睨み付けるミカ。そんな彼女から堪らず目を逸らし、持っていたスプーンをテーブルに置いて、両手で顔を覆った。


 最悪だ、これは完璧にやってしまった。あろうことか主役であるミカを差し置いて付き合いたてのカップル紛いのことをやってしまった。それも相手が彼女が毛嫌いしているアイニィ相手に、だ。


 この怒っている表情は決して可愛い子ぶっている女の変顔何てくだらない物ではなく、普段感情を表に出さない彼女なりの精一杯の表情であり、それを理解しているつもりの俺だからこそ申し訳ないという気持ちで押しつぶされそうになる。


 「ちょっと何してんの? アンタが食べさせるって言ったんだから、早く食べさせなさいよ。口が乾いちゃうじゃない!」


 俺の苦悩が分からないアイニィが二口目を要求しながら再び口を大きく開いて待っている。うるさいなお前は。八重歯引っこ抜くぞこの野郎。


 「まぁまぁ落ち着けよアホ小娘。崇は今それどころじゃあないんだよ。血もそろそろ止まっている頃だろうし自分で食べればいいじゃあないか?」


 「え、ええ。それもそうね……」


 そんな中泪が横から入りアイニィに言ってやる。彼女もその意見に賛同したようで方目を大きく瞑りビビりながらゆっくりと包んでいたハンカチを取る。勿論、血は完全に止まっている。


 「じゃあ後は自分でゆっくり美味しく食べるからちょっかいかける様な真似しないでよね…………あと、ハンカチありがとっ」


 俺の前にそっと不器用ながら折りたたんだハンカチをそっと差し出すと、バツが悪そうな表情を浮かべながらパフェを食べ進めていくアイニィ。

 

 俺は完全に出番が遅れたアンカチを無造作にポケットの中へと突っ込み、コーヒーを啜る。特有の苦味が少しばかり温くなったのも相まって舌に纏わりつくような感触がして思わず顔を顰めてしまった。


 「……滑稽、実に滑稽だよ。あまりにも愉快すぎて笑いが止まらなくなりそうだ」


 俺のしかめっ面がそんなに面白かったのか、クククっと日曜夕方六時にやっているアニメの見た目がヤバそうなキャラのように喉を鳴らす泪。しかし、その眼光は俺ではなく今尚俺の隣で拗ねているミカに当てられていた。


 「今回のメインヒロインは君らしいが僕達正規ヒロインが登場すれば何も輝けない、モブ止まりも良い所さ。まったくもって無様だねぇ……」


 「だから煽るなって言ってんだろ! 謝れよ馬鹿!」


 再三の警告を無視してここぞとばかりにミカを攻め立てる泪。お前本当にふざけるなよ? 絶対許さないからな?


 しかし、彼女はそれにも聞く耳を持たず。


 「ほらほら、折角ボーイフレンドが君のために怒ってくれているんだ、何か反論の一つでもみせておくれよ、名無しの天使(エキストラ)君さぁ……!」


 普段クールぶって二枚目を気取っている癖に小悪党が吐く台詞百選に載っていそうな事を並べ立てる泪。俺はそんな小悪党と、膨れ面から何時もの平然とした表情に戻り、考え込むミカから顔を逸らした。


 逸らした理由を聞かれればもう何も見たくないという気持ちも確かにある。しかしそれ以上にこのやり取りの結末が大方予想出来てしまったからという意味合いが強い。


 きっと怒ったミカが今も勝ち誇りしたり顔を浮かべる泪を物理的、精神的にボコボコにして泣きっ面に変える。そしてなんやかんや紆余曲折の末俺が巻き込まれトホホ……というオチになるに違いない。だから俺はこの話題から席を外し、自ら蚊帳の外に出たのだ。


 話に混ざりさえしなければ何も起こらない。その証拠に不穏な空気が漂う中目の前のアイニィは美味そうにパフェ食べているだろ? そう言うことだ。こいつよくこんな状況で食べるよな、一番レストラン満喫してるじゃねぇか。


 「…………エキストラではありません、ミカです。残念ですが貴方の不毛な挑発に乗るつもりはありません、ですから多田さんも怒る必要はありませんよ」


 疲れから俺も何か甘い物が欲しくなった所でミカが何時も通り平素な顔を浮かべ、凛とした佇まいでそう言い切る。


 「ほうほう反論の余地無し、か。それはつまり白旗を翳したと思ってもいいのかな?」


 「いえ、違います。反論する必要が無いということです。正規ヒロインやメインヒロイン等と仰っていましたが貴方達は多田さんを困らせているだけに過ぎません」


 「なっ!? 何を藪から棒なことを言っているんだい? 僕達、いいや少なからず僕はそんな事をした覚えはないが……」


 「いいえ、確実に貴方は迷惑を掛けています、まぁ自覚が無いのも無理はありません。多田さんは優しくて面倒見が良い方ですから貴方みたいなお馬鹿さんを放って置けないのでしょうね」


 まるで俺が常日頃から思っていることを全て代弁してくれたかのようにミカは淡々とそう述べた。相違点を上げるとすれば俺は別に優しくないし、面倒見も良くない所だが。ほら、この馬鹿だって何度も放置しようと思ったし。


 言葉の雨を食らった泪は典型的な小悪党らしくギリリと奥歯を噛み締めることしか出来ずにいる。そんな彼女を一瞥した後ミカは一瞬だけ姉譲りの不敵な笑みを浮かべたかと思えば、何故だか俺との距離を縮ませてから。


 「それらを踏まえ総合的に判断した結果、貴方が口にしたヒロインに一番適しているのは私という結論に結びつくでしょう。何度も手を繋いだことがありますし、こうやって『普通』に腕を組むことだって出来ます」


 そう言ってミカは俺の腕に手を回し、寄り添うように身体を預けてくる。どうだ、やってやったぞと言わんばかりの顔を泪に見せ付けているが小さな身体の小さな心臓は世話しなく音を立てているのを俺は確かに感じている。


 自分と他者の違いを明確に表し、その差をその場で見せ付ける。至ってシンプルで大抵の奴には効果がある作戦を実行したミカの手腕には素直に感服する。


 だがしかし、だからこそ俺は顔をより一層顰める。見事な一手で蚊帳の外にいた俺にしがみ付いたミカだがそれは完全に悪手でしかないのだから。


 「ふっ、ははっ、ふははははっ!!! これはとんだ拍子抜けだなぁ! まさか手を繋いだ程度でマウントを取ったつもりでいるのかい? 甘い! 甘過ぎるなぁ天使さんよぉ!!!」


 本人はきっと悪役の高笑いをイメージしているだろうがオタクみたいなちょっと気持ち悪い笑い声を上げる泪。ミカはその言葉の真意を聞くべく冷徹な眼差しを彼女に突き刺しただ黙って見据える。


 「周知の通り、僕は崇と契約を交わしている……天使である君は分かっているのだろうけど堕天使と人間、種族の隔たりで遮られている僕らが契約を交わすのは通常不可能なことなんだ。何か特別な儀式を行わない限りね」


 毎度のことながら長ったらしい前置きを始めた泪にキョトンと小首を傾げるミカ。大丈夫、俺も何言ってるのか全然分かんないから。


 「特別な儀式とは正に禁断の方法! 禁忌中の禁忌!…………ここまで説明すれば察しが付くだろう。僕らはお互いの唇に深く烙印を落としあったのさ、決して熱が冷めないようにね」


 そう言って泪はそっと唇に人差し指を当て、出来もしないウィンクを俺達に飛ばしてくる。一昔前の漫画である表現技法なら『バチコーン』という謎の擬音と供に落書きの様な星マークが飛んで来るのであろう。


 しかし、その落書きはミカの言葉を詰まらせるのには十分だったようで、平素な顔は崩れ去り、ポカンと口を開け唖然としている。


 「ふふっ形勢逆転と言ったところかな? 実に愉快な気分だよ、勝利を確信した者からそれを掠め取るってのはね…………」


 ミカから一本取った泪は角砂糖が馬鹿みたいな量投入されたコーヒーを啜って言う。


 そして。


 「しかし! まだ僕の追撃は終わらない! この戦いを終わらせる二撃目(ドッピエッタ)を喰らわえてやろう! なぁアホ小娘?」


 「んぇ? 何? …………とびっこ?」


 「違う! ドッピエッタだと僕は言ったんだ! 君が崇と体験してきた思い出の記憶(セイント・メモリー)って奴をこの天使に自慢してあげればいいんだよ、声高々にね」


 「せいんとめもりー?」


 「はぁ……分かった。僕が悪かったよ、崇との思い出を話して欲しいと言ったんだ」


 ノーコンピッチャーとポンコツキャッチャーばりに全く会話にならない言葉のキャッチボールが取り合えずひと段落した所で泪は再びマグカップに口を付ける。


 俺はそんな様子を見て少しばかりの安堵感と余裕が生まれた。どうやら俺と一番関係が古いアイニィからラブロマンスな情報を聞き出し、ミカの不安や気持ちを更に揺らがせて精神的優位に立とうという目論みなのだろう、だが残念、それも悪手なのだ。


 過程や結果がどうであれ、このクソ馬鹿とキスをしてしまった失態は今更取り消しようがない事実である。


 しかし、俺とアイニィの間ではそんなヘドが出そうな甘い展開が起こったことは無い。手は何度か握りはしたがあれは保護者とか保育園の先生的な感じだからノーカン、後は一度だけ不覚にも胸が時めいてしまった瞬間があるのだがきっとアホアイニィの事だ、忘れているに違いない。


 「多田との思い出? …………えっと、腕相撲でしょ? オセロもやったし、それからカクテルも一緒に作ったわよね?」


 細長いスプーンを裏返しに咥えながら的外れなことを上げていくアイニィ。その言葉一つ一つが俺の安堵感を段々と大きく広げてくれる。因みに今上がった三つの事柄は全てこいつが勝負を挑み俺に全敗したのち泣き喚いたのだがそれも忘れているのだろう。


 「後はそうね、海で一緒に遊んだわよね? あれ? けどお師匠と多田は働いてたような……?」


 「俺とマスターは出稼ぎに行ったんだよ、遊んでたのはお前とアスモデウスさんだ」


 引き続きアイニィは記憶を糸を紐解いていくが、段々と捻れが生じてきたので俺が訂正に入る。これは別に思い出すのを手伝うためではなく、海の家で二日間必死こいて働いた俺を蔑ろにしたくなかったからだ。


 「うっさいわね、それぐらい覚えてるわよ! あの時は砂に生き埋めにされたりして散々な目にあったんだし!」


 そう言ってアイニィはスプーンをガジガジと嚙みながらプリプリと怒る。


 ああ、確かにそんなことあったな、綺麗な貝殻が砂浜に並んでてそれを辿っていったら落とし穴があって埋まったんだったな。ビーチ中の客が集まったり、落とし穴作った子供が半べそをかいてたりで色々大変だった。


 「……ほんとお前俺に迷惑かけてばっかだな。良い機会だし一回俺に謝れよ」


 ここまで彼女と供に色々回想してきたが、思い出すのはドヤ顔、困り顔、泣き顔ばかりでどのシーンを切り取っても結末は同じ、俺が巻き込まれ、疲れ果てるだけだ。


 なので冗談半分でそう言ってみると。


 「はぁ!? なんでそうなるわけ? 馬鹿じゃないの!? まぁちょーっとだけ多田には迷惑かけたかもだけど海のときは逆に私が嫌な思いをしたのよ? それを先に謝りなさいよ!」


 大方の予想通り、象徴であるアホ毛を逆撫でさせ怒るアイニィ。しかし少し予想と違っていたのはアホ毛が感情とリンクしていることと何故か俺に謝罪を要求してきたことだ。


 このやり取りを仮に第三者が聞いていたとして、完全に土下座して謝るべきなのはアイニィで間違いないだろう。しかしここで謎なのは海のときに彼女がした嫌な思いというやつで俺にはそれが皆目検討もつかない。


 二日目にアイニィが俺の所に着て海水をぶっ掛けてきた、その後迷子になった挙句砂に埋まっていた。ここまでは覚えているし、話が嚙み合っている。とするなら問題は彼女を助けた後の話だ。


 アイニィを助けた後、俺は何をしたんだっけ? 確かスタッフルームで母親面下げてるアスモデウスの元まで送り届けた筈だったのだが……いや待て、夜にやったバーベキューのときには既に機嫌が悪かったような気もするな。となるとやはり助けた後に何か一幕あったんだ。


 「…………なぁ、俺何か悪いことやったか? どうにも思い出せないんだけど」


 魚の小骨が引っかかったような何とも微妙な気持ちが払拭出来ず当人であるアイニィに聞くことにする。


 「………………ぱい、見たでしょ」


 「あ?」


 質問を受けたアイニィは先程の険しい表情から何処か羞恥を孕んだ声音でポツリと呟く。バツが悪そうにもぞもぞとその場で何度も座り直し、その度にアホ毛がゆらゆらと揺らいだ。


 そして。


 「………………だから、おっぱい見たでしょって言ったの、忘れた訳じゃないでしょ? 馬鹿多田っ」


 「……………………あ?」


 俺の顔を上目で覗き込みながら発せられた言葉。それが俺の脳内でパチーンと将棋の駒が置かれた時のように鳴り、静けさを保っているレストラン内に反響した。


 高を括り、短絡的な発言は再三言った悪手となり、俺は今王手をかけられてしまったのだ。

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