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休息所

 五万円という大損失をした後、俺とマスターはショッピングモールを後にした。


 外に出るともうすっかり夕暮れ時になっており、心なしか道行く人々の顔が寂しそうに見えてくる。今日は日曜日。家に帰って寝れば明日から勉学や仕事に精を出さなければいけない。


 ……俺の貴重な休みも終わりか。


 そう考えると嫌になってくる。


 なにせ明日からまた大学の講義、そして悪魔達の相手をしなくてはならないからだ。


 思わず漏れたため息が隣で歩いているマスターにも聞こえたのか、こちらに顔をあげる。


 先程買った熊のぬいぐるみを大事そうに抱えながら。


 「なんだ、ため息などついて。美女と一緒に歩いているんだ。もっと楽しみたまえ」


 「美女ねぇ……」


 隣を歩いているロリータ悪魔のことを言っているのならそれは見当違いだろう。


 俺の口からは再びため息が出る。ため息ばかりしていると幸せが逃げると言うが、そもそも幸せな奴はため息などつかない、つく奴は決まって苦労したり不幸な奴なのだ。


 つまり俺は今苦労している訳で、それは俺が望んでいる人生には必要のないことだ。


 どうにかならないものか、考えるだけでも苦労が溜まり、再度ため息が出る。


 「どうした? 何か悩みでもあるのか? 私が聞いてやらないこともないぞ」


 俺のことを心配してくれているのか、マスターがそんなことを言ってきた。


 「聞いてくれるのは嬉しいですけど……」


 なにせ場所が外だ。こんな人が居るところで悩み相談など恥ずかしくて出来ない。


 「ふむ、そうだな。では私の店にでも行こうか。そこで話を聞いてやろう」


 

 俺達はやや暫く歩いて、バー『DEVIL』までやってきた。


 店内には勿論誰もおらず、何時ものどんちゃん騒ぎしてるイメージからしてみれば少しだけ違和感を覚える。


 結局、休みなのにここにきてしまったな。


 マスターに招かれ、カウンター席に座る。普段はカウンターの奥で働いている為、こうして座るのはなんだか新鮮だ。


 「ほら、これは私の奢りだ」


 カウンターの向かえにいるマスターが、色からして何かの果実酒だろうお酒を俺に差し出してくる。


 「マスター、これは?」


 「リンゴのカクテルだ。リンゴは禁断の果実とも言われていてな。……実に悪魔的でいいだろ?」


 「そうですね……」


 酒は付き合い程度でしか飲まないのだが、奢ってもらったことだし飲んでみることにした。


 一口飲んでみると、リンゴの甘酸っぱさとスパークリングの爽快さが口の中で広がり、ほんのり香るアルコールの味が全体のバランスを整えていて美味しい。


 悪魔達が毎日ここに通って馬鹿みたいに酒を飲むのも少しは納得する味だ。


 「で、早速本題に入るが、どうしてそんな辛気臭い顔をしているんだ?」


 「そりゃ毎日働いて疲れてるからですよ……俺は普通に生きたいだけなのになんでこんなに苦労をしなきゃいけないんだ」


 俺の話を聞いてマスターはふむっと頷いてから。


 「人間、何かを求めるならそれに見合う努力や苦労をしなくてなならない。ロックスターや大作家になりたいのならそれ相応の努力をな。君が普通に生きたいのなら努力や苦労も普通に必要になるだろう」


普通の努力や苦労……その言葉が俺の耳にやけに残る。


 衣食住が揃い、普通の仕事をして収入を得て人間関係にも得に不自由ない生活を過ごす。その為に俺は努めてきたし、これからもやっていくつもりだ。


 しかし。


 「努力しているのになんで俺はこんな目に遭わなきゃいけないんですかね」


 頑張ってきたし、頑張っているつもりだ。だが求めている結果はまだ出ていない。それどころか馬鹿な悪魔の相手をし、疲れ果てているのだ。こんなの俺は望んでない。


 望みなんて結局は叶わないものなのだろうか。考えているうちに気分が暗くなってきたのでグラスに口をつけ、酒を飲む。


 そんな俺を見たマスターが腕を組み、辛気臭い俺を鼻で笑い飛ばしてから。


 「それが、クソったれの神が創ったこの世のルールなんだから従うしかない。…………少なくても君は頑張っていると思うぞ」


 「そうですか……」


 酒を飲んだ所為か、マスターに褒められた所為か。少し、ほんの少しだけ頬が熱くなるのを感じた。元凶を作った張本人が言うなよっとツッコミを入れたくなったがそこは敢えて止めておいて代わりにリンゴの味を楽しむことにした。



 「マスター、そういえば俺前から気になっていたことがあってですね」


 バーに入ってから数十分、会話もなくなったので空になったグラスを持ちながら、前々から気になっていたことを質問してみることにした。


 「なんだ、言ってみたまえ」


 「あの、なんで人間界に店なんか開いたんですか?そもそも何でバーを始めたんですか?」


 不思議だったのだ、何故悪魔を相手する筈のこの店が人間界にあるのか。


 飲食店の基本は集客率にある、それなら地獄? や悪魔界? などに開いた方が儲かるだろう。


 俺の問いかけにマスターは腕を組み、手を顎に添えてから。


 「そうだな……先程も言ったが人生というものは努力が必要だ。それに君も言っていた通りその努力が実るとは限らない。それは人間も悪魔も同じだ」


 マスターか空になった俺のグラスにまたカクテルを注ぐ。


 「そんな努力の過程の中で苦労もストレスも溜まる、不安も抱えることになる。そんなとき癒しが必要だ。……この場所はそんな奴らの休息所なんだ」


 「休息所ですか」


 「そうだ、まぁ今は馬鹿共の吹き溜まりになっているがな」


 そう言ってどこか楽しそうに鼻を鳴らしフッと笑うマスター。


 あの、悪魔達でも頑張っているんだなと思うとあいつらを見る目が変わりそうだ。マスターに相談して少しはマシになった気がする。


 俺は注がれたカクテルをグイっと飲み干す。飲み込んだカクテルが食道を通り、胃に到達したのを感じる。


 そこからジワリと暖かさが滲んできて身体がポカポカしてくる。


 空のグラスを見つめながら俺もなんだか頬が緩んできた。


 


 とりあえず、明日は頑張るか。

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