勤務先で上司が白髪天使幼女だった私ですが、それでも満足してるし寧ろ最高です
『貴方はまるで天使のように美しい人だ』……と言う口説き台詞が人間界には存在する。
人間如き下等種族が天使を引き合いに出し口説いているのには虫唾が走るが逆に奴らは我々天使を最上級に美しいと思っていることが分かる。
当たり前だ。この世界を創った神様に仕え、その他種族の監視、管理をしている天使に敬愛を示さない者などいない。ごく僅かな例外もあるが、そんな者は塵芥に過ぎず数に加える必要などない。
「……それでは本日のミーティングは以上となります。お疲れ様でした」
私がそんな事を思っていると会議室内にはトントンと資料を整理する小気味の良い音、そしてこのチームのリーダーであるミカ様の心に平穏をもたらすハープのような声が聞こえてくる。
私は即座に立ち上がりミカ様が座る椅子の背もたれを引きに行く。これは決して強制的にやらされているのではなく、自分から率先して行なっているものだ。
ミカ様が立ち上がり易いようにそっと優しく背もたれを引く。立ち上がった彼女の身長は私の腰程なので見上げて覗き込んでくるようなアングルがまた愛おしい。
そしてここからが私が率先して椅子を引きに行く最大の理由だ。
「ありがとうウリエル、いつも助かってるわ」
愛おしいアングルからミカ様はそう言って穏やかに微笑んだ。
く、くぅー! これ! これは堪らないっ!!! 普段はあまり感情を表に出さないミカ様が私のため、私にだけ見せてくれる慈愛の女神顔負けの笑顔! ありがたいっ! 最高だっ! 天使やっててよかったっ!
我々天使にとって神様とは絶対的正義だがここに居るミカ様もそれに匹敵する程素晴らしいお方なのだ。
エリート天使である両親の元生まれたミカ様は幼少期からその才覚を表し、天界ではトップの大学を主席で卒業、その後『天界史上最年少』で主天使まで登り詰めたのだ。
ミカ様の素晴らしさはそれだけではない。私より年齢が上の筈なのに幼い身体、それ故に思わずつっつきたくなるモチモチすべすべな頬。そんな庇護欲を駆り立てられる容姿に加え遠い未来の事さえ見通しているかのような透き通ったルビー色の瞳……と、ミカ様の魅力は聖書一冊分では収まりきれない程あるのだが今日の所はこの辺にしておこう。
「立ち止まってどうしたの? 何か御用?」
心の中で熱く語り合っていると愛おしいアングル、もとい愛アングルでミカ様はキョトンと小首を傾げている。
「い、いえ少し考え事をしていまして……」
「考え事ね、貴方は少し考え込む癖があるもの。悩みがあったら私に相談頂戴、いつでも相談に乗ってあげるから」
ミカ様は再び口角を緩く下げて私に微笑んでくださった。嗚呼、ミカ様は何てお優しいのだ、天使かな?
しかし、私が今考えていた事を伝えるのは少々まずい。なので代わりに、そして彼女ともう少し会話がしたいが為に別の事を聞いてみることにする。
これは決してもっとミカ様とお近づきになりたいだとか、離れるのが寂しいだとかそう言う類の原始的欲求からではなく、神様の説法を頂戴させていただく様な高尚な意味合いを兼ねていると先に主張しておこう。
「そうですね。明日は休日ですし、ゆっくり羽でも伸ばそうかと思います……ミカ様は何がご予定が入っていらっしゃるのですか?」
「ええ。明日は下界の方に出向くつもりでいるわ」
「下界ですか、どうしてわざわざそんな所に?」
「……ちょっとした用事よ。貴方には関係ないわ」
そう言うとミカ様は「それでは」と一言付け足して会議室から去っていった。
以前、私はミカ様と人間界でBARを経営していたことがある。何でもその街には悪魔共が集うBAR等とふざけた下種の掃き溜めのような場所が存在し、我々天使が同じ街に居座る事で奴らの動きを牽制、抑制するのが目的だった。
しかしそこの店主である金髪幼女悪魔、そして悪魔に魂を売ったモブ顔クソ人間共と店の存続を賭けた平和的決闘の末我々は敗北を喫し撤廃を余儀なくされたのだ。
そして、その一件の後からミカ様に少しずつ変化が見られるようになったのだ。
まず表情が柔らかくなった。あまり感情を顔には出さないタイプのミカ様だったが最近は何かと穏やかに微笑んでいる事が多い。その微笑みは重い肩の荷が降りたようなそんな笑みだ。
これは勿論私にとって大変喜ばしいことではある。が、問題はここからだ。
それと言うのはミカ様が店を撤廃した後もちょくちょく人間界へ出向くようになった。それも仕事ではなく完全プライベートでだ。休日でも一人黙々と仕事をしていた真面目で努力家だった彼女が何故プライベートで、しかも下界なんて所に行くのだろうか。
これには必ず何か裏がある。そして、他の者には言えないのだろうミカ様はそれを隠しているのだ。
その証拠に私が先ほど休日の話題を振った際、ほんの僅かだが肩が動き、普段と比べて数コンマ早口になっていたのだ。悟られないよう振舞っていたがミカ様を敬愛している私の目はそう簡単には誤魔化せない。
しかし幾ら思考を張り巡らせてもその裏には辿り着くことが出来ず、今日もこうして彼女の小さな背中を見つめるのみ。この魂全てをミカ様に捧げる覚悟があるのに何一つ力になれていないのがもどかしくて仕方がなかいのだ。
「……ウリエル、お疲れさま」
そんな無力な私に誰かが話しかけてきた。その声の主は男性天使の中では比較的高身長な私と肩を並べられる女性。実質的この部署のナンバー2であるラグエルさんだ。
私がお疲れ様ですと一言返すと彼女は矢じりのように鋭い視線で周囲を見渡した後、男勝りの短い髪をサラリと掻き分ける。そして仮面でも被っているかのように無表情を貫く彼女はそのまま何も言わずに私との距離を詰めてきた。
その威圧感に流石の私でも足が竦みそうになっているがラグエルさんはそんなのお構い無し。私の肩に手を置き抱き寄せられ、そして衝撃の言葉を耳元で静かに囁いたのだ。
「今夜誰にも気づかれないようここに来て。大事な話があるから」
補足 今回登場しているウリエルは天使と悪魔編で登場したBAR『HEAVEN』のバーテンダーです。