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紫煙と勲章は星明りに照らされ揺れる

 後ほんの数秒で人間界へ帰ることが出来る所で現れたクソ蛆虫教官。彼は歴戦の猛者らしい鋭い視線を此方に向けて威厳を漂わせる仁王立ちで構えている。


 俺はそんな教官に対して先程までの良い雰囲気(ムード)をぶち壊されたことに苛立ちを覚え、反射的に拳を強く硬めてしまう。が、それと同時に心の奥底では何故か安堵というか、事なきを得てほっと胸を撫で下ろすような感情も確かに存在していた。


 「やれやれ、この俺自ら僕を監視するだの言っていた手前随分と遅い登場じゃあないか。柄に似合わずそこ等で花でも摘んでいたのかい?」


 「ああ、そうだ。貴様ら蛆虫共の希望の花を根こそぎ引っこ抜いてきた……残るは貴様達だけだ」


 冗談交じりの泪の口調に合わせて教官は言った。上手いこと返されたのと不穏を煽る言葉が俺達の表情を歪ませる。


 「規律を乱した蛆虫共は徹底的に正さねばならん…………貴様ら二人は懲罰房行きだ、覚悟しろっ!」


 教官が襲い掛かってきた所で脱走劇第二幕が始まり、俺達は真正面から向かってくる教官の間をすり抜けて表舞台であるグラウンドへ走った。


 「全く次から次へと行く手を遮る者達がゾロゾロと……つくづく僕達は運命って奴に嫌われているようだね。さて崇、この運命にどうやって抗おうか?」


 体育館裏で少しばかり休息を取ることが出来た為か泪が俺と並走をしながらいつもの口調で聞いてくる。俺は走りながらも今頭に浮かんでいる考えをしっかりと整理してから。


 「……もう少し行けば塀が見えてくるからそれよじ登って逃げるぞ」


 俺達は今体育館裏から真っ直ぐ飛び出した。そしてその先には昨日散々身体を痛めつけたグラウンドがある。記憶を辿っていけばトラックの向こう側に薄っすらと塀が存在していた筈だ。


 つまりこの場所は施設内の端に位置しておりその塀さえ何とかして攻略すれば外には出られるのだ。外に出さえすれば何処かに身を潜め、また契約をすればいい。


 生憎追いかけてくる教官はキュピ男より足が遅い。それに謎の閃光弾も撃って来ない。こいつさえ上手く撒けば大丈夫だ。


 大丈夫、俺達はまだいける。そう自分に言い聞かせながらまたひたすらに走り続ける。


 しかし。


 「…………あ?」


 今日何度目になったかはもう数え切れない程ガムシャラに走っていたその時、ふと視線がある物を捕らえてしまい俺はつい足を止めてしまう。


 「崇? 何かあったかい?」


 「何があったかとかそんなレベルじゃねぇぞ……っ! アレみて見ろよ!」


 俺が人差し指で何が起こっているのかを彼女に伝える。伸ばされた指先を追った泪がそれを見た瞬間短い悲鳴を上げた。


 そこに映っていた光景は俺達が目指そうとしていた塀の上からワラワラと職員達が降りてくる様子、それだけでは収まらず俺達がキュピ男と死闘を繰り広げていた場所からも、そして後ろからも革靴で歩く音が規則正しく、それも大勢の音が聞こえてくるのだ。


 ここで俺は休息を取る前に感じていたある疑心を思い出す。そしてその疑心は確信へと変わって俺の頭と心を蝕み、俺は額を押さえた。


 逃げ出した他の連中と俺達が別行動をとったように恐らく職員達もまた二手に分かれていたのだ。施設内で捕まえる役と塀の外もしくは施設周辺を取り囲む役に。


 内部では教官含め主力であろうメンバーが、そして一目を盗み外部に逃げることが出来た連中は外で息を潜めている職員が確保する。最後に逃げている奴らが少なくなった所で職員全員が施設内に入り袋叩きにする作戦と言った所だろう。


 今回の騒動は突発的に起こったものにも関わらず、ここまで迅速に冷静に対処出来るとは正直全く思っていなかった。俺の認識が甘かったのだ。彼らがそん所そこらの酔っ払いクソ悪魔ではなく、本物の戦闘、戦争を経験し生き延びてきた屈強な戦士だと、俺達に勝ち目なんか更々無かったのだと。


 また一つ大きな後悔を胸に抱えてしまったが抱える時間が遅すぎた。屈強な戦士、幾多の経験を積んできた本当の大人達が俺達クソガキを完全に包囲してしまったのだ。


 「ふっふふっ正に四面楚歌、絶体絶命って奴か、嫌いじゃないねぇこういうの」


 俺と背中合わせになった泪がまだ暢気そうにそんな事を言っている。がその声音は俺の鼓膜を振動させるのには十分過ぎるほど震えていた。


 絶対絶命、四面楚歌と彼女は例えていたがそんなものではない、『終わり』だ。格好付けた四字熟語で現さなくても簡単に表現できる。


 捕まった後、俺達はどんな罰を受けるのだろうか? 死にはしないだろうが五体満足でここから出られるだろうか? そんな不安と恐怖が俺の心と身体を支配し以前の泪のようにその場で震え動けなくなってしまった。


 そんな中、職員の一人であろう誰かが太い喉から発せられる低く良く通った声で隊列編成の号令をかけた。するとちょうど俺の正面に位置していた隊列がまるでモーゼが海に道を作ったよう真っ二つに分かれる。


 薄暗くなった外、これだけの大人数が居るにも関わらず広がり続ける沈黙に謎の行動。そんな物一つ一つが震え上がっている俺に追い討ちをかける。唯一の心の支えになっているのは背中合わせになっている泪で彼女も俺と同じ気持ちだったのか俺の手に指を絡ませてきた事だけだった。


 「貴様らもこれで終わりだな。ふん、苦労をかけやがって」


 職員達が作った道を最初に通ってきたのは教官だ。そして彼の後ろでは何か燃えているのだろうか、赤い小さな光がユラユラと動いている。


 コツコツと言う音が沈黙の中を歩き、小さな光は此方に近づいてくる。その光は相変わらず小さいままだったが変わりに幾つもの戦場で戦果を上げてきた英雄のみにしか与えられない勲章の数々が星の灯りに照らされてキラリと輝く。


 短針のようにすらりと伸びた脚、おとしやかな胸の上で輝く勲章、琥珀色の瞳は獲物を狩る強者のような眼光を放ち、緑色の長髪を威厳のある帽子から靡かせ煙草を吹かす。


 「――やぁやぁ御機嫌よう脱走兵お二人。今宵の夜は冷え込むらしいからな。風邪を患わないよう今すぐ暖かい独房にぶち込んでやろう」


 屈強な戦士、本物の大人数百名を束ねるこの施設の署長、そして元悪魔軍師団長であるエリゴスさんはそう言ってから咥えていたタバコを吐き捨てブーツでそれを踏みにじった。しっかりと火を消す為に。俺達の僅かな希望の火種を完全に絶つように。

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