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嘘の代償

 余りにも唐突に言われた方法に言葉にならない掠れた空気だけが俺の口から漏れる。夕日が更に傾いた為陰が一層濃くなった体育館裏に、命を賭けた脱出劇をしている最中とは思えない程清々しい風が一人通り抜けていく。


 「……お前、マジで言ってんのか?」


 内容も内容なので泪の事を直視出来ず、彼女に耳を貸したままで訊ねる。


 「マジも何も、大真面目だよ僕は……」


 何時も通り俺の言葉に噛み付いてくる泪だが、その声音には恥じらいの感情が混ざっており弱弱しく覇気がなかった。


 くそっ! どうなってるんだこの展開は? 先ほどまであれだけシリアス展開だったというのに全くどうしてこうなった!?


 男女のキスが鍵になるだなんてのはおとぎ話で散々やり尽くされたネタだ。そして大抵の話では誠実でイケメンな王子様と夢見る純粋無垢なお姫様若しくは町娘という設定の主人公達が行うもので容姿も中身も全てが普通人間の俺と純粋無垢(中二クソバカ)の泪が演じられる役ではないのだ。


 なので。


 「だったら俺は絶対にやらないからな。何か別の方法を探す」


 俺はそう言ってから何ともやるせない気持ちを払拭する為に額を手で拭い再び彼女から踵を返した。


 「待ってって! これには深い訳があるんだ!」


 そんな俺を止めるためにまたもや彼女は俺の背中にしがみ付いた。訳の分からない展開と先程のシーンの焼き直しのような状況に腹が立つ。しかし怒りに身を任せて行動すると必ず後悔がすることを俺はこの二日間で嫌と言うほど学んできたのだ。


 人間誰だって一度や二度は失敗を犯すものだがその過ちを反省材料に変換させることで次が見えてくる。それを世間一般的には成長と言い、出来る奴と出来ない奴の差はそこから生まれてくる。


 俺は別に出来る人間になりたいとは思っていない。だが過ちを犯し続け仕舞いには社会の底辺にいる様な輩には絶対になりたくない。なので俺は怒りを堪える為に両拳をギュっと固く握った。


 「……一応言ってみろよ。その深い訳次第で考えてやらないこともないぞ」


 俺はそのまま腰に張り付いている泪に訊ねてみる。


 「…………地獄から人間界へ行く方法はただ一つ、二つの世界を繋ぐ(ゲート)を潜らなきゃあいけないんだ」


 俺が聞く耳を持ったにも関わらず彼女は俺に抱きついたままそう言った。


 ゲートと言う言葉は確か初めて地獄に行くことになった際マスターも口にしていた。あの時は路地裏に変てこな文字やら何やらを書き込んでいたと思う。


 「だけどここから扉がある場所までは結構な距離があるんだ。そこまでバレないよう辿り着くのも難しいし着いたとしても丁度帰宅ラッシュと被ってしまうんだ。どの扉も悪魔でギュウギュウ、満員扉でとてもじゃあないが乗れたもんじゃあない」


 「おい、いきなりファンタジーな世界観に現実を入れるのやめろよ」


 話の腰を折るようで悪い気がするがついついツッコんでしまった。いや確かにクソ悪魔共がすし詰め状態になっている所には死んでも行きたくはないのだが世界観の統一とかはしっかりしろよな。


 俺のツッコミに泪は「しょうがないじゃあないか」と塩らしく返してきた。その後、少しの沈黙が本題に戻る為の間を作ってくれてから。


 「指定席やグリーン扉を使う手もあるけど生憎僕達は一銭も持ち合わせていない。だけどたった一つだけ特別な存在のみが使用可能な扉があるんだ。なんだと思う?」


 「…………ご、ゴールデン扉とか?」


 「ぷっ」


 背中越しから何とも古典的な人様を小馬鹿にする笑いが聞こえてくる。うるさいなぁ、自分でも違うってことくらい分かってたっての。


 「特別な存在、かつて神に寵愛を受けた者のみが与えられた特権の一つ。神が創った世界(遊び場)へ自由に行き来できる干渉の能力さ」


 「干渉……」


 神、遊び場、そして干渉。初めて泪と出会って濃すぎる時間と薄すぎる中二台詞を聞いてきた中で一番心臓がバウンドした。


俺が地獄に着たのは二回目である。海まで出稼ぎに行った時と今回だ。マスターが俺を転送させるまでは前回と同じだがその方法が違う。前回は特殊な文字と装飾の上に乗っかり転送、今回は指パッチン一つだけだ。


 同じ転送が目的なのに方法が異なるなんてよく考えてみればおかしい。恐らく海のときは無駄に凝った手法をとることで例の如く『私凄いアピール』と推測し彼女にとって地獄への移動は何時でも何処でもお手軽に出来るのだろう。今回ぞんざいに扱われたのが証拠だ。


 即ち元は純白の翼を持っていた天使、それに神に愛されたごく僅かな者だけが地獄と人間界を自由に行き来することが出来るのだ。神を殺そうと謀反を起こしたマスターが今尚この能力が使えることには些か疑問だが今はよしとしておく。


 そして泪もまたかつて神の忠実なる僕として働いていたマルコシアスという堕天使の末裔、口ぶりからして彼女もその能力を使えると言ったところか。


 少々こじ付け染みてはいるが理にはかなっている。だが。


 「まぁ大体お前の言いたいことは分かったけどだからと言ってキスする必要あんの?」


 

 地獄から人間界へ帰る為には扉を潜らなくてはいけないこと、そして堕天使の末裔である彼女は何時でも何処でもその扉を潜ることが出来る。で、何故キスをしなくてはいけないのだろうか。ここの所だけはまるで想像もつかない。


 「…………僕らは堕天使、神を裏切り、裏切られた存在。そう簡単に能力を使うことは出来ないんだ。必ず代償を払わなくちゃあいけない」


 「代償?」


 「僕達堕天使は大切な何かを失うことでしか能力を発動出来ないんだ。そしてマルコシアス家が払う代償、それは『寿命』だよ」


 彼女の発した寿命と言う単語、それが俺の口と鼻の穴を覆い息が詰まりそうな錯覚が生まれる。


 生きとし生けるものには必ず命の期限があり、誰だっていつかは歳衰えて死ぬ。その終わりが来るまでに何か自分の成し遂げたい目標に向かって努力をしたり、期限を少しでも延ばすために美容、健康を徹底したり、もっと原始的、動物的に言えば食べる、寝る等をしながら今日明日を生きる。神はそんな重要で大切な期限を泪から奪い去ろうと言うのだ。


 俺はここで理解してしまった。彼女が何故どんな無謀なことにでも挑戦しようとしているのか。そして俺が挑戦をする理由を質問した際話題を逸らしたのかを。


 「そういう話なら駄目だ。やっぱり違う方法を探す」


 そんな話を聞いてしまった以上、尚更断るしかない。例え泪の能力で脱出出来たとしてもその後の人生を生きる上で大切な寿命が減るのであれば脱出する意味がないのだ。そんなことなら捕まって酷い事をされようが元の寿命のまま生きながらえた方がいい。


 「崇、もう僕たちに残された選択肢はこれだけしかないんだ! やるしかないんだよ!」


 泪はギュッと絡める腕の力を強め懇願するが俺は無言でそれを否定する。普通の人生をテーマにしている俺だからこそ他人の寿命が縮ませるような行為はしたくないのだ。


 脱出する方法だって泪の能力を使わなくたって自力で扉がある場所まで行けば良いだけの話だ。何もこんな場所で、しかもキスの一つで人生を台無しにするなんて馬鹿げているじゃあないか。


 「…………キス?」


 カタカナ二文字の羅列に俺は何かが引っ掛かった。


 俺は何か思い違いをしているんじゃないか? 確証は無いのだが灯台下暗しというか、何か煙に巻かれているようなおかしな違和感だ。


 その手掛かりを探すべく、先程までの泪の証言を思い返してみることにする。


 地獄から人間界に帰るには扉を潜る必要がある。しかし扉がある場所はここから遠く、辿り着いたとしても乗れる可能性は低い。


 だが堕天使の末裔である泪には何時でも何処でも扉を召喚出来る能力があり、それを行なう代償として寿命が縮んでしまう、ここまでは理解出来るし信じることにしよう。


 しかしここまでまとめて見てもある事柄だけが説明されていない。それ所か俺が説明を求めた度に違う話にすり返られているまである。


 「おい泪、キスの話はどうした? 何でキスする必要があるのかお前はまだ話してないよな?」


 引っ掛かっていた何かを取り除くことに成功した俺は摘んでいるそれを泪に投げ返す。投げ返された彼女は俺にもしっかりと伝わる程体全身を一度大きくビクつかせた。


 「そ、それはアレだよ。能力を開放させる為にエネルギーが必要……いいや、契約を結んだ男女の愛こそが扉の鍵になると言った所かな。ふっふふ」


 先程まではしっかりと、堂々と話していたにも関わらず曖昧で適当なことを言っている泪、こいつもしかして……。


 「お前何か嘘ついてんだろ、正直に言ってみろよ」


 「ば、馬鹿ちんっ! こんなシチュエーションでぼぼぼ僕がフェイクを混ぜるメリットが無いだろっ!?」


 このシチュエーションでキャラぶれている時点で怪しいんだよなぁ……クールキャラが馬鹿ちんとか普通言わないだろ。


 古典的な程戸惑いを見せている彼女に俺は心底うんざりして詰まっていた息をため息とともに大きく吐いた。泪が嘘をついていることはほぼ確定した。問題は何処から嘘をついていたのかだ。


 代償の件からか? それとも堕天使の能力から、一番最悪なのは脱出出来る方法事態が嘘だった場合だ。


 どれが嘘かを問いただしてもいいのだがそれだと時間がかかるしまた嘘や誤魔化される可能性が非常に高い。


 ならばここは泪に習ってある一つの行動に出ることにする。


 「誤解があったのなら謝るよ。しかしだなマルコシアス家の名に懸けて僕は絶対に嘘なんか言っていない。例え堕天した身であっても心は純粋で……きゃっ!」


 何か適当な事をペラペラ饒舌に話している泪を引き剥がし、マルコシアス家だなんて壮大な名前の一族を背負えそうに無い両肩に手を置いた。


 「な、なんだい? もしかして怒っているのかい? だとしたらさっきも言った通り謝る――」


 「泪、ちょっと黙れ」


 俺が如何にも真剣な声音で言った物だから流石に饒舌だった泪も黙りこくり俺の顔を見つめるのみだ。閉ざされた唇は微小ながらも震えているように見える。


 これからする行動は本当に俺らしくないが嘘を見抜く為には最適な選択、この二つの特性を持った悪魔的な行為だ。


 やるしかない。やらなきゃいけないと自分に言い聞かせ、俺はそっと口を開いた。


 

 「泪、俺は人間界に帰りたい。だから今から契約の口付けをする……お前の寿命を俺にくれ」

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