表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/153

日が暮れる体育館裏で

 泪を抱きかかえながら俺はガムシャラに走り続ける。外の景色はギラギラと禍々しい太陽が更に傾きかけ、血が凝固したような赤黒い色が浸食していた。


 あれからキュピ男が追ってくることはない。そしてビリーも戻ってくることはなかった。あいつの事を思い出すと感傷気味になり足が止まりそうになるが、バトンを託された俺は何とかして脱出しなくてないけない。


 そう、この競争者のいなくなったレースでも、俺は絶対に……。


 「…………ちょっと待てよ?」


 心の中でそう固く誓った直後、少々固く締めすぎが故に生じた歪み、つまりある疑心が俺の中に芽生えてくる。


 この疑心は早々に解決しなくてはいけない。流石に走りながらでは考えをまとめる事は不可能なので何処か身を隠せる場所はないかと探していると、丁度二百メートル手前の所に俺達が開講式を行なった体育館が見えてきた。そこまで必死で走り、日陰になっている体育館の壁を背にして一旦足を止めることにした。


 足を止め、泪を優しく地面に下ろした途端、全身が震え始めた。これは恐怖しているからではなく今まで蓄積されてきた疲労が動きを止めたことによって一気に込み上げてきたのだ。俺はそれに堪えきれずヨロヨロと壁にもたれながら座り込んだ。


 「崇、まずは僕を助けてくれてありがとう。そのお礼だけは先に言っておくよ。でも何で隠れるような真似をするんだい? 僕達は前に進まなきゃいけないのに……」


 「そんな大声を出すな、ちょっと黙ってろ」


 俺に抱き抱えられていたお陰で少しばかり体力が回復された泪が早速俺に噛み付いてくるように言ってくる。これだけ元気になったのならもう大丈夫だな。一人で歩かせよう。


 と思っている場合ではなく、俺はなるべく音を立てないように呼吸を整えてから。


 「おかしいと思わないか? さっきから職員達が俺らを追いかけてこないんだ」


 そう、俺の疑心の正体。それは職員達の姿が一向に見えないということだ。


 受講しているクソガキ悪魔共全員が脱走したという非常事態にも関わらず、俺が最後に見た職員は廊下に立たされている際監視役としてやってきたクソキモデブ野郎だけで他の職員や教官にはまだ会っていないのだ。


 「ふふっ何かと思えばそんなことか。当たり前じゃないか、僕達はあの悪魔に追われていたんだ。幾ら職員と言えど簡単に近づこうと思わない。巻き込まれたくないからね。それに他の連中は皆同じ方向に逃げていき僕達は外れた。大勢の方に人数を裂くのは至極当然だろう?」


 仰向けになり俺の方を向きながらペラペラと得意げに解説する泪。こいつ本当は元気なのではないかとまた新しい疑心が生まれたが、プラスチックのティースプーンの様に細く白い足からは痛々しい擦り傷が出来ていたので俺は何も言わず、本題に戻ることにする。


 確かに泪の言っている事は一見正しいと言える。しかしこれは彼女の考えた計画と実際に起こった結果で構成された推論でしかない。他に脱走した奴らを捕まえるために職員全員とは言わないがその殆どの人員を使うなんてアホな事をする訳がない。それに幾らキュピ男が凄まじいとからと言って元軍人揃いの職員達が臆することがあるのだろうか?


 そもそもこいつら悪魔は人間の常識には当てはまらないようなふざけた発想を目論む連中。俺達が追われていないことにだって何か作戦がある筈だ。


 考えろ、追われていない理由。追わない事のメリット……いや、逆か? 別に追う必要性がないのか?


 「さて、少し休憩も出来たことだし戻ろうじゃあないか。あの死のデットヒートにね」


 俺が考えている最中、泪が立ち上がりポンポンと尻についた雑草を払う。


 「おい待てよ。まだ話すことがあるだろ」


 そんな泪を止めるために俺は彼女のか細い手首を掴み制する。泪は俺の行動にやれやれと言わんばかりのため息をついてから。


 「崇、僕達には考えている時間なんてものはないんだ。ここはとにかく行動を取らなきゃ……」


 「それはお前の言うとおりだな。考えてる暇はない……だけどお前はまだ俺に話さなきゃいけないことがあるよな?」


 俺の問いかけが彼女の図星を押したようでビクリと獣耳と尻尾が立つ。その振動は彼女の手首を掴んでくる俺には文字通り手に取るように分かった。


 「さ、さぁ何のことだが僕には皆目検討もつかないなぁ……」


 完全に動揺している泪はバレまいと必死で何時ものクールぶった顔を保とうとしているがプルプルと震える唇と頬、半開きの目はどう見てもアホ面にしか見えない。


 俺はこのアホに心底呆れ返り音は抑えながらも大量のため息を漏らす。


 「ここまできて惚けるなよ。まだ言ってないよな? 脱出する方法だよ」


 「脱出? それなら施設内で話した通りさ。尤もこの作戦は半分破綻したようなものだけどね」


 「だからそれはこの施設から脱走する方法だろ……問題はこの後、地獄から脱出する方法だよ」


 この施設から脱出することが今の俺達の目標。それは間違いないのだが俺の本当の目標はこの地獄から人間界への生還だ。


 仮に脱出が成功しても施設外まで職員達が追ってくる可能性は高いし、人間界に帰ることが出来なければ脱走する意味がないのだ。


 「崇、何でもかんでも人の作戦に乗っかろうとするのは余りにも虫が良すぎるんじゃあないかい? 勝利と言うのは自分で手に入れなくては」


 「あっそ。じゃあここでお前と手を切るから。じゃあな」

 

 泪はあくまでしらを切るらしく、何処から目線で言っているのかは知らないが説教をしてきたので俺も立ち上がって体育館を後にしようとする。こいつ散々助けてもらった癖にふざけやがって。


 「ちょっ!? ちょっと待つんだ! 待ちたまえ! 待ってっ!」


 俺が彼女から踵を返し、数歩進んだところで堪らず泪は俺の腰に手を回し抱きつくような格好で止めようとしてくる。


 「何だ? 俺はもう行かなきゃいけないんだけど」


 「……話すよ、脱出する方法を……だから、僕を独りにしないでぇ」


 すすり泣く声と共に彼女らしくない不安の言葉が背中から聞こえてくる。


 ビリーが居なくなり三銃士は二人になった。そして俺が彼女の元を去れば泪は一人きり。幼い彼女にとってこの過酷な状況下の中一人ぼっちというのがどれだけ心細いかは考えて見れば容易に分かる。ったく、孤独で孤高の一匹狼設定はどこ行ったんだよ。


 「分かった。分かったから取り合えず俺から離れてくれよ」


 承諾した俺は腰にひっついて離れない泪を片手一本で引き剥がす。その顔は何処ぞのアホアイニィのように泣き崩れてはいないが目の周りを赤く腫らして下睫毛がじんわりと濡れていた。俺の視線でそれに気がついた泪は慌ててジャケットの袖で乱暴に顔を拭くとワザとらしく咳払いをした。


 「それで一体どうやって脱出するんだよ? 先に言っておくけど回りくどい言い方とか無しで簡潔に教えてくれよな」


 予め釘を打ってから泪にそう言った。先ほど泪が言い逃れする為に時間がないと言ったがこれは(あなが)ち間違いではない。もし、俺達を野放しにしているのが職員達の罠だったとしても、ここに身を隠して留まっているよりかは何か行動している方が脱出出来る可能性があるからだ。それを何時もの訳が分からない言い回しの解読で時間をかけている場合ではない。


 「…………づけ」


 「え? 何?」


 しかし彼女は口の中でごにょごにょと喋るだけで何を言っているのかが分からない。


 「だから、その……けい……づけ」


 再び何かを喋る泪。先程よりかは幾分聞き取ることが出来たが肝心の部分だけが相変わらず分からないのだ。


 くそっ! これじゃあ釘を打った意味がない。寧ろ声が聞こえている分打たない方がマシだ。


 段々と苛立ってきた俺の様子を見た泪が申し訳なさそうに顔を伏せてしまった。しかし、それも一瞬で再び顔を上げた彼女は唇を噛み締め意を決した表情をしている。


 「つまりだね、崇。脱出する条件というのは…………う、うぅ」


 意を決した表情からまたまた一転。目線を俺から逸らし恥ずかしいという感情の表れなのかジャケットの袖に手を隠し、片方はそのまま口元を覆った。そしてもう片方はチョイチョイと招き猫のように動かしている。どうやら俺に近くまで来いということらしい。


 はぁ、全く今更何を恥ずかしがると言うのだろうか。服装も髪型も言動も行動も全部恥ずかしさの塊みたいな奴がそこまで躊躇うだなんて脱出する方法は相当難儀なものなのだろうか? だったら俺は違う手段を考えます。


 なんて悠長な考えを抱いている状況ではない。何の当てもない以上彼女の方法を選ぶしか俺には選択肢がないのである。


 もう本当に面倒ごとはコリゴリだがこれで最後だと自分に言い聞かせて俺は泪に近づく。身長的に差があるので俺が少しばかり屈み、泪が精一杯の爪先立ちで俺の耳元まで顔を近づけてきた。


 そして。


 「地獄を脱出する方法は一つ、僕と契約の口付けを交わすことだけさ」






 ………………あ?

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ