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 「う、うわー! 逃げろっ!!!」


 凍りつく悪魔の呟きから数秒、ビリーが声を上擦らせながら絶叫し走り始める。それに無言だった泪が続き、俺が完全に出遅れる形で二人の後を追う。


 施設内にはクソガキ悪魔共が逃走したことを伝える警鐘が鳴り響き、職員達の怒号や走り回る音、様々な音が駆け巡る。現場は正に地獄のような惨状になった。


 「おいお前ら! いい加減状況を教えろよ! 何でまたあいつが大暴れしてるんだ!?」


 俺は先頭を走る馬鹿二人組みに聞こえるよう柄にもなく大声で叫ぶ。が、どうやら自分達が逃げることに必死すぎる為俺の悲痛な叫びは届かず、俺は訳の分からない状況下の中これまた文字通り迷走するしかなかった。


 日本の音楽業界なんかでは応援ソングを作成する際に努力する、頑張る何かをよく『走る』と表現することが多い。


 走るという言葉から連想される清々しいイメージやひた向きで一心不乱に走る歌詞に今夢や目標に向かって努力をしている若者なんかに評価されるのだ。


 しかし、人生という道には平坦ではなく、山もあれば谷もある。レース中に他の連中による妨害もある。そしてどれだけ頑張って走ってもゴールテープは一向に姿を表さない。そんな過酷過ぎるレースでは途中退場(リタイア)する選手が出てくるのはごく普通で当たり前のことだ。


 それだけ厳しいことを売れるからと言って安易に走ると表現するのは表現豊かな日本語を扱う日本人としてどうなのだろうかと疑問に思うところであり、これからは『迷いながらも走り続ける』と言う意味合いを込めて今の俺の現状のように迷走と言う言葉を使うのはどうだろうか?


 「金髪ぅううううううううっ!!!」


 最早思考さえも迷走していた中、三度キュピ男から繰り出される緑の閃光弾は俺を凄まじいスピードで俺を追い越した後、俺を置き去りに必死こいて逃げている馬鹿二人組みの前に着弾した。


 「ぐっ!」


 「うわああああっ!!!」


 直撃は免れたものの爆風を浴びた二人は各々悲鳴を上げ俺の所まで転がってくる。


 「……まさかここまでの破壊力を持っているとは思ってもみなかったよ。どうやら僕の予想は裏切られた訳だ。勿論良い意味でね」


 最初に起き上がってきた馬鹿一号の泪は意味深な台詞を吐きながらジャケットに付着した塵を払い除け決め顔を作る。まだ頭に埃が乗っかってるんだけど気にしないんですかねぇ。


 そんな事は放っておいて。


 「良い意味ってどういうことだよ……」


 状況は悪くなったが要約話を聞けるタイミングになったのでここぞとばかりに聞くことにする。


 「僕、ビリー、そして崇……獄中で誕生したこの三銃士を持ってしても残念ながら脱走は難しい。だから僕は考えた。もう一人銃士を加えようとね」


 鼻を鳴らし得意げに話す泪。それとは対照的にひん剥いた白目でキュピ男はこちらを無言で睨み付けている。


 「加えるって言ってもどうやって仲間にしたんだよ。あいつ話が通じる奴じゃないだろ」


 俺はなるべくキュピ男に聞こえないよう小声で泪に問う。これまで奴が発した言葉のバリエーションもそうだがキュピキュピ言ってる時点で会話になる相手ではない事くらい容易に分かる。そして見境無しに攻撃してくるあたり俺達に対して仲間意識の欠片もない。


 「崇、僕は何も仲間にするだなんて初めから思ってはいないさ。さっきは銃士を加えたいと言ったが厳密には違う……脱走するために強力な銃が欲しかっただけさ」


 「つまりこいつの力を利用して逃げようってことか?」


 「そう、その通り。流石崇話が早くて助かるよ」


 恐らくここまで彼女の計画通りに事が進んでいるのだろう。さぞ満足そうに饒舌で語る泪。


 彼女の計画を要約すると怒り狂い見境無く攻撃を仕掛けてくるキュピ男を誘導しながらこの先邪魔してくる職員達を倒して貰い自分達は楽々逃げ切るということだ。


 彼女が考えた案としては中々良い作戦だとは思う。しかし俺は泪のような満足げな笑みを浮かべることは出来ない。強大な力と大き過ぎる過信は身を滅ぼすということを人類の長い歴史が証明しているからだ。


 「……順番に血祭りにあげてやる」


 俺が怪訝な表情になっていた所でここまで静止を続けてきたキュピ男が遂に動き出し、キュピキュピ言いながら俺達に詰め寄ってくる。


 「さて、崇が作戦を理解した所で逃走劇を再開しようか。職員達は今頃逃げた他の連中に手を焼いている頃だろうからね、この好機(チャンス)逃すわけにはいかない。だろう? 親友?……親友?」


 尚もご満悦だった泪の表情が変わったのは蹲ったビリーに声をかけた時だった。


 「どうしたんだいビリー? 今こそ立ち上がって自由を掴み取りに行かないと」


 泪が再度声をかけるも石ころにでもなったかのようにビリーはピクリとも動かない。その代わり聞こえてくるのは鼻を啜るなんとも寂しい音だけだ。


 「グス……もう無理だ、怖くて立てねぇよ」


 その後付け足すように聞こえてきるのは酷く震え涙ぐんだ声。


 「ビリー、怖いのは僕も同じさ。だけど今は立ち上がらないといけない時なんだ! さぁ僕の手を握って再び一緒に伝説を作ろうじゃあ――」


 「うるさいっ! もう俺に構わないでくれ!……俺はよぉ、もう駄目なんだよぉ」


 泪の手を払いのけるでもなく、思い切り面と向かって怒鳴りつけるでもなく、ただ身を縮こませての拒絶。そんなビリーに泪は返す言葉もなく俺に助けを求めるように困惑した表情を浮かべるだけだ。


 ビリーは容姿や言動から分かるように大層な自信家だった。きっと地元では幅を利かせ自分のやりたいように過ごして着たのだろう。


 しかしここに来て行き成り漏らすという屈辱を味わっただけではなく、地獄のような訓練で扱かれまくり身も心も磨り減った状態。更には正気とは思えない脱走劇に加えられ危険な目に直面している。もうビリーは限界なのだ。


 そんなビリーを俺は情けないとは思えない。まだ成熟していない年齢には余りにもこの状況は酷過ぎる。


 「泪、行くぞ。ビリーとはここでお別れだ」


 なので俺はビリーを置いて先に進むことを決断した。ビリーはもう立ち上がることは無い。例え無理やり連れて行ったとしてそんな状態のビリーを抱えたままこの先に待ち受ける試練を乗り越える自信もないからだ。


 「崇それは承諾できないね。ビリーを置いていくなんて僕には出来ない」


 そして当然の如く反論してくる泪。


 「お前の気持ちは分かる。けどな連れて行った所で一番嫌な思いをするのはビリーなんだ。分かるだろ?」


 「いいや分からないね。そうやって仲間を簡単に切り捨てる君の神経を疑うよ。僕には到底理解出来ない!」


 「だからビリーはもう無理なんだって! さっき自分でも言ってたろ? お前は自分の仲間に更に嫌な思いをさせるってのか?」


 「違う! そんなのは詭弁だもん! 僕はビリーと崇と三人一緒がいいの!」


 「このっクソガキ!」


 俺が脱走する為に最善の方法を提案しているにも関わらず断固としてビリーを連れて行こうとする泪。クールキャラを忘れ素の喋り方が出てしまう程拘るのは本当にビリーの事を思ってなのか、それともムキになってるだけなのかは分からないがこのピンチの中で非常に厄介だ。


 話し合いが出来ないのなら行動で示すしかない。俺は苛立ちを抑えるべく深く息を吐いた所でこのまま逃げることを決めた。泪は恐らく付いてこないだろうが仕方ない。何かを成し遂げるには必ず代償がある。これも人類の長い歴史が証明していることである。


 「……まずは、お前からだぁ」


 そんな事を考えている矢先、キュピ男はポツリと呟くと片手にボーリング玉サイズの閃光弾を作る。その不気味な緑色の光に照らされキュピ男の残忍な笑みがはっきりと浮かび上がる。


 そして。


 「今楽にしてやる……ヘアっ!!!」


 無造作に、凄まじい速度で放たれた閃光弾はドンドン加速しながらターゲットであるビリーへと襲い掛かっていった。

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