人生はほろ苦く、女と熊は金がかかる
「このあいすくりーむとやら、結構いけるな」
ショッピング内に設置されているベンチに座り、俺の隣でアイスクリームを嗜むマスター。
ミックスベリーアイスなんて可愛い物を舐める傍ら、俺はため息を吐きながら隣のハンバーガーチェーン店で注文したアイスコーヒーを口に運んだ。
コーヒーの渋みと苦味が口に広がり、それが胃まで到達して身体中に染み渡る。なんだか今日のコーヒーは苦いな。
俺の人生と同じだ、アイスクリームのように甘くはない。
俺は再びため息を吐き、横目でマスターを見る。
マスターは俺の気など知らず美味しそうに小さな口でアイスを食べていた。
いいよなぁ、子供は。たかがアイス一つでこんな幸せそうな顔ができて。
俺が思うに子供がおもちゃやお菓子で喜べるのはまだ世の中を知らないからだ。
段々と大人になるにつれて社会を学び、そして他の快楽も知る。
酒や煙草、ギャンブルに女、その他色々な欲望に染まって人間は汚く成長し肥え太っていくのだ。俺が目指す普通な人生においてそれらは邪魔で、なるべく関わらないようにしなくては……。
ぼぉーっとマスターを見ながらそんなことを考えていると、彼女と目が合った。
「どうした?そんな間抜け面でこちらをみて。あれか? もしかして君もあいすくりーむが食べたくなったのか?」
「いや、俺は別に……」
「仕方のない奴だな。ほら、私のを一口やろう」
そういってマスターはアイスを俺の方に差し出してくる。
別に食べたくないんだけどなぁ……。
「早くしたまえ、溶けてしまうだろう。私が食べさせてやる。口を開けろ」
俺は仕方なく渋々口を開けてアイスを待つ。だが、一向にアイスが俺の口の中には来なかった。
一体何してるんだ?片目を開けて確認してみると……。
「……マスター、なにニヤニヤしてるんですか?」
アイスを片手に持ちつつ、サドスティックな笑みを浮かべているマスター。
「いや、君が餌を待つ馬鹿犬のようで可笑しかったからついな」
「なんですか、馬鹿にしてるんですか? もうアイスなんていりません」
「悪かったよ、そう拗ねるな。ほら今度こそ食べさせてやる」
マスターが再び差し出したアイスを俺は一口食べた。
甘めぇ……すげぇ甘めぇ……。
ベリーの酸っぱさだとかそんなの関係なしにとにかく甘かった。
たまらず口直しにコーヒーを飲む。劇甘な物を食べた所為か、余計苦さが際立った。
やはり、人生というのは甘過ぎても苦すぎても駄目、普通が一番なのだ。
ベンチを休憩した後、俺とマスターはその辺をぶらぶらと散策している。
途中にある奇抜なファッションブランド店や靴屋に目をやりながら歩いていると、マスターがある店舗の前で足を止めた。
「なにか気になるものでもあったんですか……ってげぇ……」
その店舗は所謂ゴスロリショップというやつでマスターが来ているような服や漫画でみるメイド服などが置かれている。
「ここはなかなか私好みだ。少し入ってみよう」
「は、はぁ……」
正直、気乗りしないのだが。
大抵こういう系のファッションやアイテムが好きな女子にろくな奴がいない、マスターがいい例だろう?
だから近づきたくないが、まぁしょうがないか。
店の中に入ってみると薄暗く、赤い照明が不気味さを演出している、明らかに万人受けしそうにない風景だ。
マスターはというと飾られた衣装を腕を組み顎に手を添えながら吟味しているようで、ときおりスカートの裾を掴んだりしている。まぁマスターが着れる服のサイズなんてのは早々見つかる筈が無いのだが。
こんなの見ていてなにが楽しいのか俺には理解出来ないが、きっと彼女が出来たらこんな感じなのだろうなとか勝手に想像していた。
何故女の子は服やら化粧やら香水やらで自分を目立たせる物が好きなのだろうか。
思うに、これは動物の求愛行動に近いのではないだろうか。
雄の孔雀が綺麗な羽を広げ雌を誘う、蛾類の雌がフェロモンの匂いを出して雄を誘惑する、これらと同じなのではないか?
動物の中ではダンスをして異性を誘うという方法もあるが、人間のダンスも本来、欲情させる方法の一つだったとされるし、結局のところ人間も動物で、子孫を残す為にあれこれ必死なのだ。
まぁ、俺が言いたいのは女の自分磨きは獣の浅知恵程度ということだ。
考えて見て欲しい、服、化粧、香水、これら全て金を払わなくては手に入らない。
金は生活をするうえで欠かせないもの、それをこんな事、ましてや何百万払って自分の顔を整形するなど愚の骨頂。そんな物にお金をかけるくらいならちょっとお高い焼肉屋にでも行った方が全然ましだ。
そんなことを考えていると、先程まで近くにいたマスターの姿が見当たらない。これは小さくて見つけられないとかそんな比喩ではない事だけは先に弁解しておく。
「ったく、どこ行ったんだ……?」
不気味な雰囲気の店を徘徊し、マスターを探す。
すると店の奥で、髪の毛が青く、睫毛と下睫毛が異様に長い、それひじきでも付けているのかと言わんばかりの恐らく店員と話しているようだ。
「こちらなんかお客様にお似合いではないかと」
「ふむ、これをどうすればよいのだ?」
「これをこうして……抱きかかえていただいて、そうそう、素敵です」
あの二人、何話してんだ?ここからじゃよく聞こえないな。
近づいてマスターに声をかけてみると。
「む?君 か。今丁度ここの店員にお勧めのアイテムを紹介してもらっていてだな……」
マスターが抱きかかえているのは熊のぬいぐるみ、それも結構大きなサイズで、しかもなんだか目つきが怖くて、口がつぎはぎの糸で縫いつけられている。
「これを抱きかかえてだな、こうやってジト目で見つめるといいらしいぞ。どうだ?」
そう言ってマスターは怖い顔をした熊を両手で抱きかかえて、青い瞳を上目使いで俺を見てくる。
「ああ、いいんじゃないですかね、少女偏愛だとかロリコンだとかその辺りにはウケそうですよ」
俺はこんな女絶対に嫌だが。
「成る程、ふふっ気に入ったよ。さて、値段は…………五万円、か」
値札で値段を確認したマスターが俺の方を向いてくる。
なんだか凄い嫌な予感がする。
「多田君」
「俺は払いませんからねっ!」
「たぁだぁくぅん。」
「ちょっと可愛く言っても駄目です、五万なんて馬鹿げてるっ!」
「ぐす……おにぃたん……」
マスターお得意の幼女の振り(といってもマスターは幼女だが)をし、主演子役にでもなれるんじゃないかと思うくらいの泣きの演技に入った。
くそっ! さっきので完全に味をしめやがったっ!
だがしかし、ここで屈しては俺のなけなしの五万がこんなくだらない不細工な熊になってしまう、それだけは避けるんだ。
でもここで泣かれたら先程のように軽蔑の眼差しを浴びる羽目に。
考えろ、考えるんだ。
脳内で討論会が開かれ、それぞれが主張し、言い争う。
果たして、討論の結果は……っ!?
「…………買います」
「そうだ、それでいいんだあまり私に回りくどいことをさせるな」
どうやら俺の脳内は金の浪費より目立つことを避けたらしい。
全く持って忌々しいな、自分の哲学というのは。