五感のない双子
ふと思いついてどうしようもなく書きたくなりました。
生まれた時から私たちは一緒で、ここへ来たのも一緒なはずだ。気がつけばここにいて、体をいろんな風にいじくり回されて、この小さい部屋に2人でずっといる。
窓のない、石で作られた部屋の冷たさにももう慣れてしまった。
「面白いことでも、あればいいのにね。」
簡素なベットに腰掛けた姉が言った。
私と瓜二つであろうその顔は目を閉じて機嫌良さそうに口元に笑みを浮かべている。
「なに?じっとみて、見惚れちゃった?」
あはは、と姉の笑う声が聞こえるはずのない耳に届く。
「あんたに見られてると自分がどう見えるかわかっていいね。鏡で身支度するってきっとこんな感じ。」
にやにやと笑いながら跳ねてもいない髪を手でとかしているのがなんだか気になって、目をそらして壁を見ると、あっ!と姉が不服そうに声をあげた。
「ちょっと!ちゃんとこっちみてよ!あんたがみないと見えないんだから!」
ぶーぶーと口を尖らせて文句を言うものだから仕方なく横目で姉を見ることにした。
姉はまたいそいそと髪を整え始める。
『髪なんか整えてどうするのさ。』
「綺麗か汚いかだったら、綺麗な方がいいじゃん。」
さも当然かのように言うものだからそれもそうか、と思ってしまった。
「私としてはあんたを整えてあげたいところだけどね。」
姉の手が伸ばされて何かを探すように空を彷徨う。
「私は見えないしね。」
空を彷徨う姉の手を握る。姉が少しホッとした顔をした。確認のために数回握った後、わたしを確かめるように腕をつたい、顔を撫でていく。
「私と同じ顔してるんだから綺麗にしなきゃ勿体無いよ。」
姉の手が頭を撫でて髪をすいていく。
『見えないのに、自信あるね。』
「あんたの目を通して、私をみてるもん。どうせ同じ顔してるって。」
目の見えない姉の瞳はもう二度と開くことはない。
「私たちは双子なんだから。」
姉が鼻歌を歌いながら私の髪を撫でていく。
聞こえるはずのない私の耳は姉の耳を通して姉の鼻歌を聞く。どうしようもなくでたらめで、変な鼻歌を私は大人しく聞いた。
荒々しい足音が聞こえて、重い扉が開かれる。
「No.13、14。実験だ。」
出鱈目な姉の鼻歌が止まる。ぎゅっとお互いの手を握った。
それも引き離されて、私達は物のように運ばれる。いつもお喋りな姉はひたすら口をつぐんでいる。
「大丈夫。」
姉がそっと呟く。
『うん、大丈夫。』
わたしは小さく頷いた。
私たちは引き離されて、違う実験室に入れられる。白一色の部屋はどうにも私を不安にさせた。姉にもこの部屋が見えているだろう。私も、姉の周りで研究員達が話しているのが聞こえる。今回は痛覚の実験らしい。
私が喋れなくなった時、姉は言った。
「大丈夫。あんたの考えてることなんてわかるんだから、わたしがあんたの代わりにたくさん喋ってあげる。」
それから姉はよく喋るようになった。
姉の目が見えなくなり、わたしの耳が聞こえなくなった時は、
「大丈夫。私があんたの代わりに聞いて、あんたが私の代わりに見ればいいんだよ。」
それから姉は私の目から世界を見て、私は姉の耳から世界を聞くようになった。
姉の鼻が使い物にならなくなった時、
「大丈夫、あんたの鼻が残ってるから、わたしの代わりにあんたが嗅いでくれるもの。」
それから私の鼻は、姉の鼻になった。
私の舌がなくなった時、
「大丈夫、私にはまだ舌がある。あんたの代わりに私が味を感じればいい。」
それから姉の舌は私の舌になった。
姉の悲鳴が聞こえる。痛い、痛い、と呻く姉の声と呼吸の音、鈍く何かが当たる音が聞こえる。
私たちは双子だ。2人で1つだ。目も鼻も口も全部2人で分け合ってきた。
『大丈夫、痛みも2人で分け合おう。』
舌をえぐられ、喉を潰されたわたしの声は姉にしか聞こえない。
『大丈夫。私の痛みもあなたの痛みも分け合えばきっと耐えられる。』
私の体に姉の痛みが流れ込む。
「いたい、でしょ。」
『うん、いたい。』
私たちは同じ痛みを味わう。痛覚でさえも繋がって、同じ痛みを味わっていることに安心するのだ。
「『ずっと一緒だよ。』」
読んでいただきありがとうございました。