残される者
「彩香ッ!」
心の底から叫ぶ。
妹の声が聞けただけで、俺の心の重りは少し落ちた様に思えた。
「その声…お兄ちゃん!?」
「ああそうだ、俺たちといれば安全だ、こっちに来てくれ」
俺がそう叫ぶと、2階と繋がる階段の上にスマートフォンらしき明かりが見えた。足下を照らしている様だ。
そして、薄暗い闇の中から妹の彩香が此方へ駆け寄ってきて、即座に俺に抱き付いてきた。
「お兄ちゃん…怖かった」
泣きながらそう話す彩香の頭を軽く撫でる。
「不安がらせたな…ところで親父は?」
「お父さんは…死んだ…」
ーーは?
俺の安堵は一気に絶望へとシフトする。
親父が死んだ?何故?
「私を庇って…それで…」
そう言うと、彩香は更に泣き顔で、もっと言えば上目遣いで、俺の顔を見つめる。
「…そうか」
俺は冷静を装うが、動悸が収まらない。
後ろから場末と共に俺を見てる斬咲なら俺の本心も解るはずだが、彼なりの気遣いか。彩香の前では俺をカッコつけさせてくれた。
そんな感動シーンだが非常事態だ、場末が口を挟む。
「叶海の妹、この家にはゾンビが一体しかいないのか?奴らは基本的に群れるものなんだが」
「最初は3体いました、でも2体はパパがキッチンの包丁で倒して、残る1体に殺られました。私は唖然として立ち尽くしてましたが、パパが怪我をした時に私に二階に逃げて部屋の鍵を閉める様に指示したんです」
そういう事か。
「場末さん、奴らは標的が死んだ事を確認するんですか?親父はまだ生きてるかもしれない」
「ダメだな、奴らは自分らの急所と同じ頭部を破壊するまで攻撃を止めない。頭部をヤられちまったら人間は即死だ」
場末の言葉に俺の淡い期待はあっさりと裏切られる。
俺は確かに非凡を望んだ。
平凡な無職引き篭もり生活に嫌気が差し、隣街が未曾有の大災害に巻き込まれて壊滅とか、そういうのを望んでいた。
ーー残される者の悲しみも知らずに。
「叶海」
突然斬咲が話しかけてきた。
「どうしました…?」
「お前の妹は素直ないい子だな、これからも大切にしてやれ」
驚いた、無口な斬咲がまさか人を褒めるとは。
「ゴタゴタ言ってる暇はねえ、第一の目標は達成したが現場にはまだ『主』が残ってる。そいつを片付けねえとまた次の犠牲者が出る」
そうだ、ここは戦地だ。モタモタしてる暇は無い。
「『主』を片付ければこいつらは全部消滅する、早く『主』を見つけて片付けるぞ。」
「場末、今日の現場を確認した結果を報告する。恐らく『主』は3体以上、手早く片付けるぞ」
斬咲はそう言うと、スマートフォンを取り出し何処かに電話を掛け始めた。
「本部殿、『主』の居場所を知りたい。目的の座標は『主』不在だ、移動した可能性が高い」
その後も斬咲は何か喋り続けていたが、全てを聞き取る事は出来なかった。
「主の居所が掴めた、行くぞ」