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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『一週間と一日前』 その2

「……実は僕のファンらしいのです」

「ほう……。え?」

「ん?」


 二人の食事する手が止まったのであった。

 じっと僕を見つめたあと、再度後方を確認する二人。そしててんちゃんは早めに僕に視線を戻した。


「数谷君。それほんまかいな」

「そ、そうなんです。自分でも信じられないですけど、一応あの後話ができる機会がありまして、その時に聞いたのです」

「ほうなんか。不思議や。わいはほとんど冗談で言うたことがほんまやったとはのう」

「今も実感がないですよ」


 またしても乾いた笑みを見せる僕。


「えっと。何でてんちゃんは知っているの?」


 榊原さんは少し困ったような。いや少し不思議そうな。複雑な表情をしていた。


「早い話、新学期早々に相談をうけてな。それで数谷君と協力してその女性を発見する出来事があってな。そん時は速攻で逃げていったのう」

「そうですね」

「ふーん」


 困惑そうだった表情から、少しだけ不敵な笑みを浮かべる榊原さん。

 何だろう。僕の危険察知センサーが注意報を出しているのだけど。


「さっきの子。本当にファンと言ったの? というかどうやって聞いたの?」

「たまたま住んでいるアパートが一緒だったみたいで、会った時に一緒にハンバーガーを食べに行った時に聞いたんです」

「え。一緒に食べに行ったん?」

「はい」

「へー」


 驚くてんちゃんさんと、嬉しそうに聞く榊原さん。

 何だろうどんどん楽しそうな表情に変わってきている気がするのだけど、しかも持っていたスプーンを下に置いてまでして僕の表情を見ているのだけど。


「ふーん。まあいいか。でも何か面白そう」

「何を面白がっているんですか?」

「いや。まあ別に。単純にさっきの子に興味を持っただけだよ」

「えー」


 絶対変な誤解をしている気がする。ただ追求しようにもたぶんはぐらかしそうだし、真面目に答えてくれないであろう。

 僕は言うのをあきらめて、残りのご飯を食べ始める。

 榊原さんはにこにこしながら、置いたスプーンを手に取り、オムライスを食べる。てんちゃんは何度か僕と榊原さんを交互に見つつも、あまりよくわかっていない表情のまま、目の前の豚の生姜焼きを食べ始めたのであった。


 放課後。


 練習日。


 今日も僕たち全員バルーン練習をする予定である。だがその前に、部長と副部長から発表があるらしい。

 体育館の真ん中に全員集まり、その前にカスミン部長とアヤメ副部長が段ボール箱を二つほどと、耕次先輩が長テーブルが持ってきて置いた。


「ここでいいのか?」

「いいよ。ありがとう」


 耕次先輩はゆっくりと僕らの方に下がってきた。

 前には部長と副部長がたち、その横で顧問も必死に胸を張って立っていたのであった。


「ではここで重大発表をします!」


 カスミン部長が手を前に出して決めポーズをする。


「カスミン。歌舞伎に目覚めたのか?」

「違う。なんかちょっと雰囲気出るかなと思ってやっただけだから」


 てるやん先輩を何気ないツッコミに、少し恥ずかしそうに答える部長。オタマジャクシズは相変わらず平和である。

 やれやれと呟きながら、半歩前に出るアヤメ先輩。


「まあ。それは置いといて。今回の発表はバルーンの時の装備品とシステムについてです」

「おう。ん?」


 てるやん先輩の反応と同じ気持ちを、全員心の中でしたであろう。


「まあ一個ずつ説明するから、よく聞いてね。まずは装備品」

「はい」


 そう言って日暮顧問が段ボール箱に体を突っ込むように入ってから、一つの黒いものを取り出して上に掲げたのであった。

 それを指さすアヤメ先輩。


「これがバルーンエプロンです!」

『バルーンエプロン?』


 座っている全員が一斉に声をハモらせて首を傾げた。


「使い方はこうです」


 アヤメ先輩がそう言うと、カスミン先輩は日暮顧問からバルーンエプロンを受け取り、黒い紐を腰に巻いて装着した。先輩の左あたりに四角い形をした黒布に、多くのポケットやマジックテープがあった。

 するとそこにカスミン先輩からバルーンポンプを渡され、そのポケットにポンプを入れたのである。

 次にペンシルバルーンの束を色ごとでマジックテープで固定していったのでのであった。


「なるほど。これならポケットからすぐポンプとバルーンを取ることができるな」


 耕次先輩はふむと納得する。


「それすごいおしゃれですね」


 メグが食い入るようにエプロンを凝視していた。

 なるほど、これなら効率は上がるだろう。袋からわざわざ出さなくても準備していれば、すっと抜き出すだけでいい。


「次になんだけど、今回やる方法はバルーン作品をお客様の前で話しながら作って無料で渡します!」

「……?」


 どういうことだろうか。

 他のみんなもいまいちピンとこない表情をしている。


「言ってもわからないと思うのでここで実演します」


 カスミン先輩がテーブルの奥に立ち、挟んで向かい側に顧問が立ったのであった。そして部長は何やら一つのプレートを出したのであった。


「こんにちは」

「こんにちは!」


 カスミン先輩のあいさつに元気よく返す顧問。顧問が子供役なのかというツッコミはしないでおく。

 先輩はプレートを顧問に見せるようにして話し始める。


「この四つの種類のバルーンがあるんだけど、どれが欲しい?」

「えっとね。ハートの形のバルーンが欲しい!」

「ハートのバルーンね。色も決められるけど何色がいい?」

「ピンク!」

「ピンクね。じゃあ今から作るね」


 そう言って一本のピンクのバルーンをエプロンから取り出して、ポンプでバルーンを膨らまし始めた。


「大学祭どこ回ったの?」

「えっとね。焼きそば食べて、たこ焼き食べて、それで漫才見たの!」

「漫才! どう? 面白かった!?」

「うん。ものすごく面白かった。顔を白塗りにした人が出てきたのが一番面白かった」

「そんな面白い人がいるの?」

「いたよ。めっちゃわらった!」


 と会話しながらも、手は止めずにハートを作り上げていくカスミン先輩。


「お姉さんは、どこか回ったの?」

「私? 私はね。タピオカ飲んだの」

「タピオカ? 何それ? おいしいの?」

「おいしいよ。この後行ってみたら?」

「いくいく!」


 と会話している間にハートの形をしたバルーンが完成したのであった。


「はい。できたよどうぞ」

「わーい。ありがとう。じゃあまたね」

「またね。バイバイ」


 元気よくもらい手を振りながら歩いてテーブルを離れていった日暮顧問であった。


「とまあ。こんな感じでお客様と話しながらやってもらいたいのです」

「……ええええええ!」


 沈黙の後の全員が驚きのあまり叫んだのであった。

 なんでこんなに驚いたかというと。


「それ。結構難しくないか?」

「俺、怖がられないかな?」

「僕、人と話すの苦手です」

「んー。できなくはないと思うけど」

「これ緊張しそう」

「なんか。面白そうっす。うまく話せる自信ないっすけど」

「これならノリで行けるでござる」

「あと一週間で出来る気がしないです」


 余裕で出来そうなのはエリ先輩だけであった。あとは僕を含めみんな不安がある感じである。

 その姿を見て、今度はカスミン先輩が一歩前に出る。


「みんなの言いたい気持ちはわかるよ。もっと早めに決めるべきだったのもわかるよ。でも人前に立つなら、こういったアドリブも鍛えないといけないと思う。前にお客様が少なかったことで動揺してしまったとかあったし、どんな状況でも対応できるようにしたいから、あえてこうした形をとったの。だからその、身勝手かもしれないけど、ちょっと頑張ってやってみてほしいの」


 部長は頭を下げたのであった。

 その姿に無言になる部員の面々。

 正直、できるかどうかと言われたら、今の僕にはたぶんできないと思う。でもこれが出来たら、少しでも人とうまく話せるようになるだろうか。

 

「わーったよ。俺も前みたいにミスりたくないし」


 てるやん先輩が頭を掻きながらも同意する。


「そうだな。あの時にならないためにもそう言った練習が必要なのかもしれん」

「そうでござるな」


 耕次先輩とエリ先輩も頷く。


「確かに。あの時みたいになりたくない」

「同感」

「うー。怖いけど、あの時みたいに緊張したくないし、頑張ってみます」

「僕ももう少し人とうまく話せるようになりたいです」

「前がどうだったか知らないっすけど、やってみるっす」


 一年組も各々悩みは違うけど、やってみることを決めたみたいだ。僕も含めて。


「本当にありがとう!」


 部長はパッと顔を明るくした。

 この雲が晴れたような澄んだ表情をみると、僕も頑張らないといけないなと思ったのだった。


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