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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『一週間と一日前』 その1

 金曜日。

 大学祭まであと一週間と一日。 

 僕は教室の後ろの方で講義を聞いている。学部とは関係のない健康についての講義である。

 何でそんなのを聞いているのか。

 一人暮らしの人間は生活面をやはり気にするものである。

 特に病気とかなると、病院代とかもバカにならないのである。だから身の管理くらいはしておかないと、そういう理由である。

 案外知識としてはためにはなりそうだ。ただ実践して持続するのは根気がいるみたいだな。そんな風に考えながらいつもより真剣に話を聞いていたのである。

 講義が終わり、カバンを持って立ち上がり、ふと振り返ると、一人の男性と目があった。


「あ」

「あ」


 この前の下の部屋にいた、少しだけ小柄の男性が僕の後ろの席にいたのだった。


「同じ大学だったのですね」

「そうですね」


 何だか、ビミョーな空気だ。それもそうか。相手はクレームを言ってきた相手だし。僕に対しての印象は良くないよな。


「一人暮らしは健康に気を使いますよね」

「まあ。そうですね。慣れないものですから」

「そうですね」


 やっぱり上手くいかない。会話難しい。こっちから話を振るのも続けるのも難しい。


「ではまた」

「はい。また今度」


 男性は青いウエストポーチを着けて、ちょっと忙しない顔をして教室を去っていった。

 うーん。気に障ったこと言ったのだろうか。隣人関係に苦労する僕であった。


 もやもやした気持ちのまま、食堂の隅の四人用のテーブル席で一人、味噌カツ丼を黙々と食べる。あんまり気にしない方が良いのかもしれない。でも簡単には割りきれないのが僕の悪いところである。


「お? 数谷君やないかい!」


 この関西弁が特徴の人物は、と振り返ると黒く長い物と、リュックを担いだ放送部員がいたのだった。


「てんちゃんさん!」

「そこ構わん?」

「いいですよ」

「おおきに」


 僕のテーブルを挟んで向かいの席を指さしたので、僕は快く承諾した。てんちゃんさんは重そうなリュックを隣の椅子の上に置き、縦長の荷物を近くに立てかけた。


「それじゃ。ちょっと飯を買いに行くわ」

「はい」


 てんちゃんさんは財布だけを取り出して走って買いに行った。

 いつ見ても元気な人だな。てるやん先輩とエリ先輩と違って、好感が持てる元気さだからいい。

 目の前のカツ丼のカツの一切れを挟んでパクっと口に含む。


「あれ。カゲル君?」


 今度は女性の声だった。僕を名前で君付けで呼ぶ人って誰だろう。

 少し考えつつ振り返ると、そこにいたのは、金髪に黄緑色の服に少し黒目の強いグレーのスカート、紺色のショルダーバックを提げた人が手を振っていた。


「……。榊原さん?」

「あったりー。久しぶり!」


 よかった。前に見た時とずいぶん雰囲気が変わっていたので、一瞬誰か分からなかった。眼鏡も外しているし。コンタクトにしたのかな。


「席空いている? 他がほとんど埋まってしまって」


 懇願している榊原さんを見てから、食堂の周りを見ると、もう人でいっぱいになっていた。昼ご飯を買う人たち列までできている。


「いいですけど、もう一人てんちゃんさんがいますけどいいですか?」

「てんちゃんいるの? 何か懐かしい! いいよいいよ。全然オッケーだよ」

「じゃあ。どうぞどうぞ」

「ありがとう」 


 陽気な榊原さんは、僕の隣の席に紺色のバックを置いた。


「じゃあ。ご飯を買いに行くね」


 財布を持って小走りで行ったのである。

 今日はよく人と会うな。そう思いながらかつ丼の米をモグモグと食べる。

 数分後。


「お待たせ。あ……」

「お待たせ。お!」


 同じタイミングでやってきた二人。知っていた人と知らなかった人、反応が違うのがちょっと面白い。


「マッキーはん! 久しぶりやん」

「てんちゃんも久しぶり! 元気にしてた?」

「元気にしてたで。そっちはどうなん」

「私が暗くなると思う?」

「それもそうか」


 久しぶりなのに、会話が明るく上手く言っている。もともと人との会話が得意な二人だからできるのだろうか。

 一人勝手に二人の会話を感心しながら聞いていた。

 そんなこと全く気付いていない二人は、持っているトレイをテーブルの上に置いてそれぞれ席に座った。

 僕の正面がてんちゃんさん。豚の生姜焼をトレイの上にのせていた。隣に座った榊原さんはオムライスをのせていた。


「大学祭の準備とか進んでる? 二人ともどうなの?」


 オムライスを満足そうな顔で食べながら、僕ら二人を見つめる榊原さん。


「いやー。なんやかんや。忙しいけど、それなりに楽しめているかな。他の部活から機材の依頼とか来て準備とかに追われているんやけど、行くところ行くところその部活の人と仲良くなれているから。こっちは上々ですわ」

「てんちゃん。疲れるということ知らなさそう」

「そういうマッキーはんも」

「そうね。確かにね。疲れたことはないかも」


 ふむふむと納得する二人を見て、この人たちが同じ人間なのかと疑ってしまいそうだった。


「カゲル君はどうなの?」


 オムライスをモグモグと食べながら見つめてくる。正面のてんちゃんも同じく注目してくる。

 どうしようか。どこまで話そうか。バルーンについて秘密にした方がいいのか、それとももう言った方がいいのか。あ、でもこの二人は前にかなり世話になったし話してもいいか。


「実は今回は訳あって、ジャグリングをせずに別のことをするんです」

「え?」

「ほう?」


 二人揃って目をぱちくりする。


「何で、ジャグリングが取り柄の部活が……」

「あー。まさか」


 二人揃って言いかけて、何かを察したように納得する。こうも察しがいい人間が多いと自分の鈍感さが恥ずかしく思ってしまう。


「原因は無断でやったあれかい」

「ご名答です」


 てんちゃんさんの指摘に、ふむふむと頷く榊原さん。そして苦笑いを見せる僕である。この二人のスペック高いな。


「で、何をする予定なの?」

「バルーンアートです。細長い風船を使って作るあれです」

「あー。たまに路上とかショッピングモールとかで見かけるウサギとかクマとか作るあれかい」

「それかわいいやつ!」


 てんちゃんさんは口をモグモグとさせながら腕を組んで頷き、榊原さんは目をキラキラさせている。

 思ったより反応がよくて少しホッとしている。


「そんで、場所は?」

「旧棟の地下一階のフリーマーケットスペースの端っこです」

「あちゃー」

「結構奥の方ね」


 微妙に違うものの、渋そうな顔をする二人である。


「オタクらの部って、なんか苦境が多いのう」

「なんかもう色んな意味で持っているよね」

「はあ。好きでしている訳ではないんですけどね」


 苦笑いが止まらない。普通ではないのは確かだ。出来たてほやほやの部活はそういうのを経る運命なのかもしれないけど。


「よしわかった。大学祭の時、ちょこっと顔出しに行くわ」

「私も行くよ。バルーン欲しいし」

 

 てんちゃんさんは箸を、榊原さんはスプーンを僕に向けて、応援の意思を示したのだ。

 切り替え早いのと、とても協力的なことに、少しだけ胸が熱くなった。

 

「本当ですか! ありがとうございます」


 僕はぺこりと頭を下げた。


「数谷君。そんな頭下げんでええって。期間は短いけどあのゲリラライブを一緒にやった仲やん」

「そうそう。協力するのは当たり前だよ」


 二人の優しさに、感動と申し訳なさが両方来た感じだった。こういう人との関係をもっと大切にしないとなと思った。もう一度ぺこりと頭を下げる。


「本当にありがとうございます」

「いいて。いいて」

「うんうん。バルーン練習頑張って。貰いに行くから」

「はい」


 凄い期待されているな。バルーンの練習もうちょっと頑張らないとな。 


「んで。話はかわるんやけど」


 白ご飯をがつがつと食べながら話すてんちゃんさん。


「はい」

「尾行の女の子はどうなったん?」

「ん?」

「あー」


 スプーンを咥えたまま、見つめる榊原さん。 

 てんちゃんさんにはこの前協力してもらったし、結果も話しておくか。榊原さんもいるけど、まあ大丈夫か。


「そうですね。実は……」

「あー。もしかして、あの子?」


 僕の言葉を遮り、榊原さんはくいっと首をひねり、斜め後ろに振り向いた。僕もつられて振り返ると、例の人物とピタっと目が合った。今いる席から後ろにテーブル二つ分。右横に一つ分、桂馬の移動方向みたいな位置だった。

 彼女は少しの間止まったままだったが、すぐに立ち上がり早歩きで去っていった。

 僕はまた苦笑いをする。また露骨な尾行でもしていたのだろうか。


「そうですね。あの人です。実は僕のファンらしいのです」

「ほう……。え?」

「ん?」


 二人の食事する手がぴたっと止まったのであった。  

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