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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『発見と発見』

「さあ。帰ろう」

「っと、ちょっと待って」


 ベンチから立ち上がり、帰ろうとしたら、ガシッと肩を掴まれた。


「えっ。どうしたの?」

「当初の目的を忘れてる」

「あ。あー」


 全く忘れていた。バルーンについて調べるという理由だったけ。いやそれを言い出したのってアーヤだよね。というのはツッコまないほうがいいか。


「それは、どこにあるの?」

「歩き回ったら見つかるんじゃない?」

「テキトーだね」


 ほぼ勢いか思いつきでここに来たのが丸分かりである。その理由も何となく察しがいく。


「たぶんいるでしょ」

「たぶんって」

「じゃあ。歩こう」

「あ。誤魔化した」


 ポニーテールが跳ねるように揺らしながら、スタスタと先に歩いていくアーヤである。

 私は走って追いかけていった。

 そして程無くして……。


「いた」


 アーヤが当初の目的の光景を目撃して指差して私に振り返った。ウキウキした気持ちを隠せていないのか、笑みが滲み出ていた。

 私も笑顔で応え、歩いていった。


 

 そして少し時が経ち、大学祭まで残り一週間半のある日。

 カゲルの家にて。


「あー。出たああ!」


 部活から帰ってきてから僕は目撃した。名前を口にしてはいけない黒い物体。リビングの真ん中を走っている。カサカサと耳をこする音に、背筋がゾッとする。

 とはいえこんなところで退いてはいけない。

 家の安穏を保つために、絶対に負けられない。

 新聞をぎゅっと丸めて棒にし、右手で持ち狙いを黒色物体に定める。ピタッと止まる瞬間まで待つ。

 カサカサ。カサカサ。ものすごく痒くなる感覚を堪える。絶対に、絶対にしとめる。

 そしてその瞬間が来た。


「そこだっ!」


 腕に渾身の力を込めて、黒い物体に向けて振り抜いた。

 見事直撃した。

 新聞の下にあるもごっとした感覚が確かにある。だが怖いのはここから開くのが怖い。

 どんなグロテスクな光景が広がっているのかが分からない。とりあえず、一つ大きく呼吸する。

 精神が落ち着かせて。落ち着かせて。落ち着かせて。いざっ。

 

 カサカサ。カサカサ。


「あああ! まだ生きてる!」


 バシッと、もう一回叩いて開く。

 まだ生きてる。


「あああ! もう!」


 何度も何度も連続で叩きまくった。

 そしてようやく何とか仕留めた。疲れ果ててたのかドサッと尻餅をついた。

 安堵の息を吐くが、目の前は酷い光景。この言葉に表すことができない程の酷い光景。グロい光景といえばいいのか。正直言ってもう触りたくない。


「うあ」


 気分が悪い。一回外の空気を吸ってからにしようか。僕はベランダに向かった。


 ピンポーン。


 あー。タイミングが悪いな。でも居留守するのはちょっと気が悪いな。

 僕は事切れている黒い物体をなるべく視界に入れないようにしてから、玄関に向かった。


「はーい。どちら様ですか?」


 ガチャっと扉を開けた。

 すると目の前に立っていたのは、小柄な男性が僕を睨んでいた。


「あの。下のものですが、上から物凄くドンドンと音が聞こえたので静かにしてくれませんか」


 あ。普通にクレームだった。


「す、すみません。ちょっとゴキブリが出まして、退治するのに少々荒っぽくなってしまったんです。すみません」

「そうですか。だったら次はもうないと?」


 さらに表情を険しくさせる男性。


「ゴキブリが出ない限りですけど」

「結構でるんですね。ゴキブリ」

「ん?」


 どういうことだろうか。ゴキブリが出たのって引っ越してからなら今日が初めてなんだけど。


「もしかしてゴキブリ出たこと疑っています?」

「いや。別にそうではないです」

 

 含みのある言い方である。

 絶対疑われている……。いや待てよ……。少し冷静になって考えてみた。ふと頭を過る数々の光景と出来事。そしてそれによって生じた事々。


「すみません。もしかして、前々からうるさかったですか?」

「……。ま、まあ。そうですね」

「本当にすみません!」


 男性の言い分を理解すると、僕は全力で頭を下げて謝った。

 本当は僕が全部悪いわけではないのだけど、迷惑をかけたのならここは謝るべきであるし、変に揉め事を作りたくない。


「あ。いや、分かってくれたならいいんです」

「すみません。今後起きないようにしっかりと対策を取りますので」

「いや。あ。うん。はい。わかりました。大丈夫です」

「あ、いや。そ、そうですか。でもこれからなるべく静かにするよう言い聞かせますので」

「そうですか。わかりました。では私はこの辺で」

「はい。すみません。お手数かけました」

「いえ。失礼します」


 男性はささっと廊下を歩いていった。

 後半ぺこぺこと頭を下げる合戦になっていたけど、一旦は理解してもらったと思うはずだ。

 僕はゆっくりと扉を閉めた。そして一旦足を止めた。


「で、なんでいるんですか。先輩達!」


 騒音の元凶となる人物に一言文句を言わないと、気合を入れながらクルッと振り返ると、目の前にはエリ先輩が……。


「ぎゃあああああ!」

「アハハハハハハ」


 僕は驚きで、ドアに激突した。それを見て笑い転げる先輩二人。

 酷い。この先輩達酷い。

 何故かって、エリ先輩がニヤニヤしたまま、死んだゴキブリを素手で捕まえて僕の振り返った顔の目の前に持ってきているのだから酷い。

 プラス手の力加減で、足と触角を器用に動かしているところが地味にひどい。というか何でそんな地味な技術が高いんだよ。

 呆れて何も言えない。


 ピンポーン。


「すみません。大丈夫ですか」

 

 扉の向こうから聞こえる先ほどの男性の声である。


「大丈夫です。ちょっと転んだだけですから」

「そ、そうですか。気を付けてくださいね」

「はい」


 ゆっくりと足音が遠のいていくのが聞こえ、完全に音が消えるのを耳で確認すると、僕は目の前の二人をきつく睨んだ。


「先輩たちの物音とか乱入とか下の人が迷惑をかけているので、やめてほしいそうなので控えてください」

「ええええええ」


 口を横に開いて、少しいじけるエリ先輩。そしてとてもやつれた顔になるてるやん先輩。


「何でそんなに悲しそうなんですか」

「いや。だってカゲルは何やかんやきっちりツッコミくれるし」

「いい反応してくれるし、それがなくなるのはちょっとね」


 いやいや。そう褒めているように言っているけど、こっちはかなり迷惑しているんですよ。


「百歩譲って、僕に迷惑をかけるのはいいですけど、他の人に迷惑かけるのはやめてください」

「うぬ。そこまで言われると」

「お、おう」


 珍しく僕の意見を聞いて、少し口を閉じる二人である。そして各々腕を組んで考え込む。やはり他人が絡むと流石に考えようとはしてくれた。


「まあ。それなら。秘密通路をどっきりに使わずゆっくりと忍ぶか」

「そうでござるね」


 この二人全然反省していない。もう諦めよう。仕方ないので別の話題に変える。


「それよりも、あと残り一週間半で大学祭なのに、緊張とかないんですか?」

「いや。別に。何とかなるんじゃないのかバルーン」

「拙者はもうマスターしているでござる」


 ケロッとした顔のアフロ先輩と、自信満々のござる先輩。

 そうだった。この人たちのメンタルを常識の範疇で考えてはいけなかった。


「わかりました。これからまたちょっとばかりバルーンの練習をするので、部屋に戻っていただきますか」

「えええええええ。まあ。わかった」

「それなら仕方ないでござるな」

「あと。Gは持って帰ってください」

「ええええ。わかったでござる」


 エリ先輩は手に持ったGをわしゃわしゃと揉みながら、時より名残惜しそうに僕を見つめながら、隠し通路の入口へと入っていった。そして二人揃って儚げな眼で見つめながら床の扉を静かに閉めていったのであった。

 僕は深々とため息を吐いてから、バルーンの袋からペンシルバルーンを取り出した。そして色んな感情が混ざりながらも、バルーンの練習に努めるのであった。

 


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