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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『アーヤに連れられて』 その2

 ゴンドラの中にて静かに向かい合う私とアーヤ。

 たぶん外の眺めは、かなり良いものであるはず。だが二人揃って外を眺めることはない。

 入ってから数分経つが、私達は黙ったままだった。

 ピリッとした空気、少しだけ肌が痛く感じる。何度か口を開こうとしたが、寸での所で飲み込んでしまう。このままだと何も話さず終わってしまう。それは悪い。折角の場所まで指定してくれたのに。

 ただどこから話そうか。

 いきなり言って気を動転させないだろうか。変な人扱いされないだろうか。とても不安。

 だけど、ここで言わないと次の機会はいつ来るか分からない。

 私はぎゅっと両手に力を込めた。


「アヤメ。よく聞いてね」


 彼女は静かに頷いた。それを確認すると、私はゆっくりと視線を下げた。


「私、本当は普通の人間ではないの」


 何か目立った反応は聞き取れない。私は話を続ける。


「私は期間限定で生まれ変わった人間。夢が叶わなくて死んでしまって、そして生まれ変わった人間。だから普通と違う」


 アヤメはどう思っているのかな。表情を伺いたいが怖くて顔は上がらない。


「ひとつ質問いいかな?」


 怒っているようでも、震えているようでもない。自然な声のアーヤ。


「どうぞ」

「期間限定と言ったね。ということはいつまで?」


 当然気になる部分である。嘘はつかないで答える。


「……。大学卒業まで」

「……。そう」


 納得したのか、そうでないのか、分からない。ただ一つ流れた言葉。そして沈黙。

 次の言葉を紡ぎ出そうにも、話の進め方が思い付かない。本当にどう思っているのだろうか。

 何も応答がないのが気になりすぎて、私はゆっくりと顔を上げる。

 するとアーヤは立っていた。表情は逆光で見えない。ドキッと心臓が震える。一歩近づきそして。


「え?」


 ガバッと私に抱きついた。少しだけ私の方にギーッと小さな音を立てて少しだけ傾くゴンドラ。


「よかった。じゃあ今すぐ消えることはないのね」


 私の右肩からアーヤの震えが伝わり、息づかいがそっと首元をくすぐった。


「でも卒業したらこの世界から消えるんだよ」

「そんな先のこと、まだ考えるには早すぎる。まだあと最低でも二年半はあるんだよね」

「そうだけど」


 先が短いのは事実。それが絶対に揺らぐことなんてない。例え奇跡が起きても変わらない。だからそれが……。


「未来が短いことを気にするのは、たぶんカスミンのことだから考えるのは分からないこともない。でも折角貰ったチャンスなのに、それにクヨクヨするのは勿体ないよ」

「……」


 ぎゅっとアーヤが強く抱き、体温が直に伝わる。

 ドキドキと彼女の心臓の鼓動が激しく上がっているのも同じく。


「アヤメ?」

「大丈夫だよ……。私は大丈夫……」


 声の震えがどんどん激しくなり、鼻を啜り始める。


「カスミンっ。辛かったんじゃない。こんなしんどい悩み事ずっと抱えていて、もっと早く言ってくれたらよかったのに」


 ア―ヤは優しい。言うことがストレートで、弄ると玉に心抉られることもあるけど、優しい人だ。

 一緒に住めているのも、そういうことだ。

 私のために泣いてくれている。たぶん。いや私の思い込みの場合もあるけど、でもたぶんこれは……。


「言うのが怖かった。アヤメに嫌われるかと思ったから」

「バカ言わない。そんなことないって。カスミンが来てから感謝しぱなっしなんだって」


 そんな言葉が出てくるとは思わなかった。


「そんな迷惑ばかりかけたの私の方だよ。私だってアヤメには感謝しぱなっしなんだよ」


 私までうるっと目元が熱くなった。緊張が解けたせいか、それとも安心したせいか分からないけど、何故か目から涙が……。


「アーヤ。酷いよ。そんなこと言われたらますます悲しくなるよ。こんな良い人とあと二年半しか一緒にいれないのなんて」

「カスミン! まだあと二年半あるんだよ。それにそれだけなら、時間を無駄にせずに本気で楽しまないと! クヨクヨしない!」


 バシッと背中を叩かれた。思ったより痛いかった。でもそのあとに背中をゆっくりとさする手のひらがとても温かった。その優しさに私の胸にとどまっていた感情が一気に溢れ出した。


「う。うああああああ」


 泣いた。声を上げて、止まらなかった。今まで悩んでいた想いとか、全部流れていった。流れて、流れて流れていった。

 気が付いたらゴンドラはもう終わり間際まで降りていた。

 慌てて抱擁を解くと同時にドアが開き、帽子を被ったスタッフが一瞬目を丸くするか、すぐに笑顔になり退出を促した。私とアーヤは揃ってほっとため息を一つ吐いてから、さっさと外に出た。

 そしてゴンドラに乗る前に座っていたベンチに戻った。


「どう? 気は楽になった?」


 アーヤのケロッとした表情に、半分驚きつつも半分呆れつつも私は答えた。


「おかげさまで」


 相変わらず敵わない人だ。でも事実すっきりはしている。数十分前とこの遊園地の景色が澄んで見えている。


「それで、もう一つだけ質問いい?」

「どうぞ」

「七月の発表会で消えた理由もそれ関係?」

「そうなるね。もう全部説明すると、私が現世に入れるのも理的に辛いことらしいの。それでその制限年数の間無条件で存在するのではなくて、現世に定着するためのもの服用しないといけないの。それがこれ」


 私はカバンから「チョースーパードリンク」を取り出して見せた。


「あー。なるほどね」


 ポンと手を打つアーヤ。


「それでも完全とは言えないらしい。感情によったり、突然発作のようにこの現世への定着が不十分になるときもあるらしいの」

「なるほど。だから悲しみからの衝撃的な何かで消えたんだね。でもあれ完全消滅じゃなくて透明人間状態だったよね」

「まあ。あれは、その何というか。根性だったかな」

「こ、根性?」


 アーヤの声が少し高くなった。そんな反応すると少しだけ恥ずかしい。


「どういうこと?」


 ここまで来たら全部話そう。あの時の事。私はしっかりとアーヤの目を見て話し始める。


「あの時のことも全部話すけど、カゲルから逃げて林で消えた話は聞いてる?」

「話には聞いているよ」

 

 アーヤの目もしっかりと見つめ返していたので、私は決心して話を進める。

 

「それでね。消えた時、死んだのかなと思っていたの。でも気が付いたらふんわりとした夢の中にいたのかな。実態があるのかないのかわからない。人型になっているのかすらわからない。けどぼんやりとキャンパスの敷地の中を浮いている夢を。それでね。ずっとフラフラしていたんだよ。半日ぐらいしたら丁度聞き覚えのある曲が聞こえたの。そして本能的に向かったら、みんなが必死にジャグリングしているのが見えたの。そうと知ったら、意地でも残ろうとしたよ。必死に必死に見える方向を追っていったら。パーッと視界が開けてね。みんなが特にアヤメがね号泣して私に抱き着いていたのを見たんだよ」

「なるほど」


 アーヤは腕を組み、私の話を少しずつ頭の中で理解しようとしながら、二回ほど頷いていた。

 でも、たぶん完全に理解は追いつていないとは思う。私だってあの時のことを半分くらいの記憶しか残っていない。それに気合を入れられたのもギリギリになってからだったし、正直今何とか現世にいられるのも奇跡だと思っている。


「うーん。正直あんまりピンと来ていない」


 眉間に皴が入るアーヤの姿を見てやっぱりと思う私である。これですべて分かったらアーヤの事を人間だと思わなくなりそうである。だから大まかに分かってくれたらそれでいい。


「けど。まだしばらくは一緒に居られるのは本当だよね」


 確認するようにグイっと顔を近づける相棒。

 その姿に、今は目の前の大学祭に集中して自分のやるべきことをしっかりとやろうとそう思えたのであった。


「そうだね。だからしばらくは大丈夫だよ」


 私は笑顔で返すと、アーヤはほっと胸を撫でおろしたのだった。

 ということで私の秘密話は終了。今度は私からアーヤに話を訊く番。ニコッと笑みを作って話す。


「これで全部話したから、アーヤと呼ぶからね?」

「え。ちょっと待って」


 アーヤがカーッと顔を赤くして慌てふためく。おっとこれは何か新鮮である。これはこれで少し得した気分だ。


「ちょっと待って心の準備が」

「何言ってんの私の相棒アーヤ?」

「うー」


 怒ることもせずにぎゅっと丸くなるアーヤ。もしやこれがわが相棒の弱点なのだろうか。アーヤと呼ばれることがこんなに恥ずかしいことなのだろうか。でもいい。なんせ少しだけ弱点を見た気がする。


「アーヤ」

「あー。もうわかったから。呼んでいいから。ちょっと飲み物買ってくるから待っていて!」


 ビシッと立ち上がって逃げるように歩いて行く我が相棒。

 それを私は少しの優越感に浸りながら微笑んで見ていたのであった。

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