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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『アーヤに連れられて』 その1

 休日。土曜日。


「じゃあ。遊ぼう!」

「おお……」


 元気よく声を上げるアーヤと力なく腕を伸ばす私。

 目の前に広がるジェットコースター。メリーゴーランド。観覧車。コーヒーカップ。そしてなんのキャラか分からない着ぐるみ達。

 えっとどういうことだろう。目の前に広がるワンダーランド? オリエンタルランド? 


「ちょっと待って。何でここに?」

「何でって百聞は一見に如かず。発想が湧かなかったら、ありそうな場所にいく!」


 いつもよりハイテンションのアーヤは噴水のある広場を駆けていく。


「ちょっと待ってって!」


 私は追いかけにいった。


 説明しよう。

 バルーン出し物に悩んでいたところ、アーヤが突然立ち上がり「考えても仕方ないありそうな場所に行こう」という発想の元に行きついた場所は、近場にある遊園地であった。もちろんアーヤと二人っきりである。


 いやいやいや。バルーン云々の話より、アーヤは絶対楽しんでいる。

 正直、あそこまで元気なアーヤを見た記憶が余りない気がする。

 どうしてかって、全力で広場を走り抜けていくアーヤを見たことなんて一度もないよ。

 そして気が付いたら勢いよく噴水の周りを回ってきて、私の前に戻ってきたと思ったら、私の腕をガシッと掴んだ。


「ほら。カスミン楽しむよ」

「えっとバルーンは?」

「そんなことはあとでいいから行くよ!」

「えー!!!」


 本当に夢でも見ているんじゃないのかな。アーヤがこんなに生き生きしているのが、違和感でしかないんだけど……。と思いつつもツッコむこともできずにアーヤの背中を見つめながら引っ張られていった。

 最初に乗り込んだのはジェットコースター。最初から飛ばすアーヤにもう早くもツッコむのも抵抗するのも諦めた。座った瞬間にもう楽しむしかないと決めた。


「あああああああ!」

「きゃあああああ!」


 このような感じである。

 落ちる瞬間の正面からの風を一身に受けながら急降下するジェットコースター。その中で叫ぶ私たち二人であった。

 降りた後、私たちの髪はもうボサボサに乱れていた。それを見て私たちは互いに指さして笑った。

 次はまた違う種類のジェットコースター。そして次はまた違うジェットコースターと、ひたすらジェットコースターを回っていった。

 しばらくして、今度はコーヒーカップに乗り込んだ。そして全力で回した。

 結論猛烈に酔った。

 ということでベンチで酔いを醒ますことになった二人である。

 ぐったりと背もたれにもたれかかる。

 まだ世界が回っているように感じる。


「最初から飛ばし過ぎた」

「ジェットコースターからのトドメのコーヒーカップ。激しいのばっかり乗り過ぎ」


 青くなった顔を互いに見つめる私たちである。

 アーヤは酷い顔をしている。ポニテもしてない茶色の髪は、乱雑にはねて毛先なんてクルッと回っているし。瞳は弱って頬はげっそり酷い面である。

 でも初めて見たかな。アーヤのこんな顔。いや、たこ焼きの時も見たかな。それでもここ最近表情が豊かになった気がする。何度も思っていることだけどね。

 しばらく休憩して、私の方は酔いは醒めてきたようなので、飲み物を買いに立ち上がる。対してアーヤは目に手の甲を当ててまだぐったりした状態である。


「何か飲み物欲しい?」

「じゃ、じゃあ水でいい?」

「わかった。すぐ買ってくるからゆっくり休んでね」

「ん。お願い」


 力無げに挙げた右手に少しだけ心配に思いつつも、私は歩いて自動販売機を探しにいった。

 思いの外すぐに見つかった。けど……。


「たっ。高い」


 ペットボトルの水一つでも、通常より高い。ルームシェアをしているとお金のことを気にするから、ちょっとの値段の違いでも考えてしまう。でも背に腹はかえられない。ということで水を二本買った。

 そして歩いて来た道を戻っていく。

 ふと見回すとかなり人がいっぱいであった。特に子連れ、いや家族連れが多かった。仲良く会話する姿や、子供に手を引かれていく親等、家族によって様々だった。でも皆楽しそうだった。

 私は少しだけ足を早めた。

 元いたベンチに戻ると、アーヤは少し酔いが醒めたのか体を起こして座っていった。

 

「はい。水」

「ありがとう」


 アーヤにペットボトルを手渡すと、すぐにキャップを開けて一口水を含んだ。


「ふー。やっと楽になった」


 顔色が少しだけよくなるアーヤ。


「もうほんと、コーヒーカップ回し過ぎ」

「それはまあ、人生に一度くらいは限界まで回してみたいものじゃない?」


 誰かが言いそうなセリフ。たぶん彼だな。


「てるやん菌うつった?」

「カスミン。言いたいことは分かるけど、それはやめて。なんかダメージを受ける」


 元気になりかけていた体に、精神攻撃をしてしまった私。アーヤの表情にうっすらと影が落ちる。


「何というか。ノリがね。いつもと違うからかな。ちょっとノリでそう言ってみたけ」


 今日思った疑問を混ぜながら、何とか誤解を解いてみる。


「ノリがいつもと違う……ね」


 今度は、少し言葉に含みを持たせながら呟く。

 さっきとの表情の違いにより、私の額に冷汗が流れる。私悪いこと言ったのか。


「カスミンも最近、辛そうな顔していたからね」

「……!!」


 今、周りの音がすべて消えたような感覚になった。

 私は今どういう表情をしたのだろうか、驚いたのか、それとも諦めたのか、それとも全力で隠したのだろうか、正直自分自身分からない。それにどのことだろうか。いやたぶんあの事か。


「たこやきの具材を後輩と買いに行ったあたりからかな」


 やっぱり。


「それと、この前のバルーンの話をするあたり」


 ご名答であった。完璧に見抜かれていた。

 ということはここに来たのは私を元気づけるためだったとか。


「無言ということは、やっぱりそうなの?」


 ふっとアーヤの見上げた顔に、私はもう諦めるしかないと思った。


「アヤメに隠し事はやっぱり無理みたいだね」

「どうしたのなんかあったの?」


 でもどこから話せばいい。これを話しても納得してくれるのだろうか。いや大学祭前にこんなことを話していいのだろうか。遅かれ早かれ訊かれることは分かっていたのだけど、どうしたらいい。いや相方をこのまま騙し続けるのももう厳しいか。一年半経って言わないのも悪いし、この前のことも結局向こうが訊かないと気を使わせているし、これ以上は。

 私は大きく深呼吸をした。そしてアーヤの横に並ぶように座る。


「わかった。教えるからこれからアーヤと呼ばせて」

「えっ」


 アーヤは顔を困惑させた。前に一週間くらいしたら「アーヤ」と呼んでいいと言ったのに、あれから何も言わず先送りされた。せめてそれくらいの報酬が欲しい。少し図々しいかもしれないけど。


「もしかしてだけど、今から私が訊こうとしている悩みって、それの事なの?」


 察しが良すぎてなんかもう笑えてくる。

 私は笑顔で顔を縦に頷く。

 アーヤは表情が固まった。そして静かに前に向く。


「カスミン。その話を聞いて私は悲しくならないよね」

「いや。どうだろう。正直分からない」


 アーヤにとっては普通の悩みだと思っていたに違いない。だが内容が私のあの事だと分かったので、たぶん本当に聞いていいのかという不安と、その事実を向き合える覚悟をまだ持っていなかったのかもしれない。だから今少し怖くなっているのかもしれない。

 そう思っている事態アーヤは良い人だと思うし、それに察しが鋭い。私の秘密がたぶん軽くはないことに気づいている。


「でもそろそろ話すべきかなと思っていたし、これ以上アヤメに気を使わせるし、秘密を貫き通すのも、悪いとは思っていたから」

「そう」


 アーヤがぎゅっとペットボトルを握りながら少し上を向いていた。

 私は、静かに横でアーヤの横顔を眺める。別に面白がっていない。本人がどういう回答をするか、真剣に待つしかない。そういった意味でアーヤを見つめた。

 しばらくして彼女はパッと立ち上がった。そしてある場所を指さした。


「わかった。じゃあ。あっちで話そう」


 彼女が指さした場所は、赤と青のゴンドラがゆっくり動く大きい観覧車であった。

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