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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『ヤンキー女に連れられて』 その2

 目の前に座るヤンキー女の告白。

 唐突の出来事に僕は混乱をしていた。

 どういうことだろう。いやいや。からかっているのか、冷やかしでいっているのか。正直現実味がなさすぎる。いや。あの演技でファン……。いやいやそんなに簡単にできるものなのか。そんなことはないよな。というか他のメンバーと勘違いしているのではないか。

 困惑しつつも、柿沢さんの様子を伺う。

 紙コップを握ったまま、顔を背けて俯いたまま動かない。

 冷やかしで、あんな反応をするのか。冷やかしっていうのは、アヤメ先輩とかエリ先輩のように軽く言い放つ系だよな。そして鼻で笑ってにやりと楽しむんだよな。

 でもあの反応はそうではないよな。

 え。本当に?

 いやいやいや。

 

「なあ!」

「はいっ!」

 

 柿沢さんの声には本当にびっくりする。そのせいで周りから視線を感じるし、ひそひそ声まで聞こえる。

 一つ一つ声が大きいから、毎度毎度心臓が震えて、背筋が強制的に伸びてしまう。何かもうめんどくさい。


「黙ってないで感想をくれ! こっちもあれなんだから」


 窓の外を向いたまま、いやほぼ窓に向かって話している。窓の外には誰もいないから、僕に話しているんだよね。か、感想……。ファンですって言われた感想。いやどうしろって。ここは普通に答えた方がいいのか。

 いや。理由を先に問うべきか。素直に答えるべきか。

 

「あ、ありがとうございます」


 結局ぺこりと頭を下げていた。いや本当は色々ツッコミたいんだけど、なんかこう言いずらかったというか、とりあえず一旦は素直に言った。変に角が立たないように。


「お、おう。そうか」


 柿沢さんは僕を一瞥した後、またそっぽを向いた。

 これって……。いやいやいや。絶対にそんなことはない。そんなことはない。そんなことが起きていいはずがないこともないが、いやまだ信じられないというか。

 今、僕はどんな表情をしているのだろうか。


「あの。一つお聞きしたいんですけど」

「……なんだ? 内容によっちゃ殺すけど」


 殺されるの? 

 そっぽを向いたまま殺すとか言わないでくれ。前も物理的に殺されそうになったことあったけど。なんか女性運が悪いよね僕。

 気に障らないように言葉を選ばないと。


「正直、自分はジャグリング始めてから、そんなに経ってないし、あの時の演技もそんなに上手くなかったです。むしろ他の部員の方がうまかったです。だから……。そのファンと言って頂けるのは嬉しいですけど、僕はそこまで……」


 バンッ。

 今度は突然テーブルを紙コップを握ったままグーで叩いた。そしてコップがテーブルの上に転ぶ。柿沢さんが今日一番の威圧で睨んできた。

 全身に鳥肌が駆け巡り、ブルブルと寒気が襲ってきた。

 蛇に睨まれたカエルのような感じだよ。


「弱気になるな。もっと自信を持てよ。一般人より出来ないことしてんだ。誇れよ。出来ないかもしれないけどやってんだろ。度胸あるんだろ。だからあれだ……。その……なんだ……。そう悲観するな!」


 そして、そっぽを向いた。


「……。は、はい」


 は、は、励まされた。


「……」

「……」


 そして何度目かわからない沈黙。

 僕は混乱からの困惑からの動揺が頭の中を回り続けている。本当にファンなのか、素直に喜んでいいのか。でもじゃあ僕の何に惹かれたんだろうか。自分に度胸あるのか、いやー。

 まともな思考回路にならない。もう混乱して混乱して。あー。何か気が遠くなってきた。

 そう思った途端に若干視界がふらついた。あれ。やっぱり疲れているのかな。


「おい大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」


 僕のわずかな変化に気づき、正面を向いて真剣に僕の様子を伺ってくれた。さっきの威圧的な視線とは違う

 本当にそうなんだ。じゃああの威圧的なのは、気を紛らすためなのか。それとも元からの性格なのか。でもそう捉えてみれば何となく今までの行動に察しがつく。

 となると本当に僕の何に惹かれたのだろうか。

 気になる上にとても知りたいんだけど、体力的に昨日今日とバルーン練習をぶっ続けでやった上に、ファン告白までされたからな。疲労がたまってないわけないか。

 ただ柿沢さんにあんまり酷い姿を見せるのは良くないな。誠意を持って答えた方が良いよな。

 軽く頭を振ってぼんやりした感覚を振り払う。


「ちょっと初めてのことだったから、正直混乱している。でも柿沢さんもたぶん僕にファンって言うのは、とても緊張したんだと思うし、弱気な自分を励ましてくれましたよね。だからその……。僕が柿沢さんの期待に答えられる演技ができるかわからないですけど、その……」


 あー。もう言葉が出てこない。何か上手く言おうとしたけど、上手くは言えない。だからその……。


「その、これからも頑張りますので、よ、よろしくお願い致します」


 僕は首を垂れた。

 そして少ししてから、カーッと顔が熱くなった。

 何を言っているのだ。いや何と言った。何だよ別に大物でも俳優でも芸人でもないのによろしくお願いしますって、何言ってんだよ。気持ち悪い。あーもう。本当に穴があったら入って隠れたい。

 自分の言葉の酷さに僕の心に多大なるダメージを与えた。もうあまりにも自分らしくなくて吐きそうだ。こんなの言ったら柿沢さんも流石にドン引きしてしまうだろう。

 顔を上げられない。

 どうしたらいい。何も言わずに逃げようか。それはダメか。後で困る。後ろめたさが残る。もうどっちでもいいから何か言ってくれ。


「ああ」


 聞こえてきた声に、はっと面を上げる。

 柿沢さんは右手で口を押えたまま、斜めに構えてすこしだけ動きが躊躇いながらも答えた。


「お、おう。が、頑張れよ」


 その妙に落ち着きのないしぐさに少しだけドキッとした。


「……あ、は、はい」

「もっとシャキッとしろ。男だろう!」

「は、はい!」


 柿沢さんの怒号に、何度目かわからないけど背筋をピンとする僕。だけど彼女の顔は少しだけ優しくなっていたように見えたのだった。

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