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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『ヤンキー女に連れられて』 その1

「……」

「……」


 遭遇してからというもの、僕とヤンキー女は数分くらい硬直状態が続いた。

 そのまま家に戻ってもよかったのだが、二回の尾行を考えるとそろそろ真相を知りたいという気持ちが強いせいか、何か話しかけようかと思ったのだが何と声をかければいいのかわからない。

 それに相手はものすごい目つきで僕を睨んでいる。軽い言葉は出せない。

 でも流石にこの硬直状態を長く続けるのはまずい、誰か来たら面倒ごとに巻き込まれそうだ。どうしよう。


「な、な」


 迷っていると、ヤンキー女が顔を赤くしながら、ゆっくりと指をさした。


「何で、ここにいるんだよ」


 正直僕のセリフであるのだけど、でも向こうからしてもそうか。


「えっとですね。僕、このアパートの二階の住人なんです」

「……マジ?」


 衝撃だったのか。半開きになっていた口がさらに大きく開き、そして硬直する。

 いや。僕の方が驚いているのだが、そこまで驚かれると逆に冷静になった気がする。てるやん先輩達のせいで、もう感覚が麻痺している。だがコミュ障のせいで言葉が出ないのが辛いところである。

 そしてまた数分経過。

 もう帰ろうか。このままじゃ埒が明かない。それにそろそろ足が疲れてきた。僕の体は正直だった。


「すみません。もう戻りますね」


 僕は階段を一段上がった。するとヤンキー女が顔をうつむいたままズカズカと俺に向かって歩いてき、そして急に胸倉を掴んだのだった。


「え」


 久しぶりに生命の危機を感じ始めたぞ。

 グワッと首が引っ張られて、目の前に女性の顔が近づく。だが表情は前髪に隠れてよく見えない。

 どうなるんだよ。というか少しデジャブを感じるぞ。


「ちょっ……」


 何か言おうにも首が苦しくて何も言えない。相手も何か言おうとしているのかもごもごと口を動かしているがはっきり聞こえない。


「……。つ……か……」

「えっ。なんて」

「ちょっと、ツラ貸せ!」

「……あ。はい」


 女性のものすごい剣幕に、僕は肯定するしかなかった。


 そして連れてこられた場所は、どこにでもある全国チェーンのファストフード店だった。ハンバーガーが有名である。

 そこの外が見える景色の大きなテーブルにその女性と向かい合って座っている。

 女性は、パンと肉が二段ある大きめのバーガーに、ポテトのラージに、ホット紅茶のラージである。だがそれには手をつけずに、腕を組んで仏頂面のまま動かない。

 対して僕は照り焼きの肉が入ったバーガーにナゲットにサイダーである。僕は冷める前に食べたいのだけど、正面の女性がまったく食べ始めないので、そのままでいる。

 本当になんだろうか。僕はこの人に悪いことをした記憶もないんだけどな。偶然遭遇するのは驚いたけど。


「あのさ。てめえはいつからあそこに住んでいる?」


 突然話始めたことに、僕はビクッと肩を震わせた。何か前より口調が荒くなってる。


「いつからって、今の大学に入学する少し前からですけど」

「……そうか」


 女性は静かに横に向く。

 そうかって……。啖呵を切っておきながら、意外と淡白な返答だな。

 ちょっと眉間に皴が入る僕。


「わりいな」

「あ。はい」


 謝った。

 

「とりあえず食べるか」

「そうですね」


 女性は赤い紙パックからポテトを一本摘まんで食べ始めた。

 僕もそれにつられて食べ始める。

 もそもそとナゲットを食べる。うーん。何故だろうか味がしない。それに微妙な暖かさで、身が固くなっていた。これは酷い。


「うあー」


 物凄く嫌な顔をして、しわしわになったポテトを見つめる女性である。

 冷める前に食べなかったせいだし、僕も同じ気持ちだよ。心の中で突っ込みを入れる。

 せめてバーガーは少しだけマシであってほしい。そう願いつつバーガーの包みを開いて、食べてみる。モグモグ……。まだ暖かいままだ。とりあえずナゲットよりは大丈夫みたいだ。モグモグとバーガーを食べていく。

 そしてふと視線を上げる。

 ジーっと鋭い目付きで睨むヤンキー女。僕は食べるのを止めて見つめ返す。すると女性は余所を見ながら紅茶に口をつける。

 変な人だな。というか、何で僕をここにつれてきたのだろうか。それにこの人の名前を知らないな。


「あの……」

「あ!?」


 尖った目で睨まれる。何でそんな目つきなんだよ。もう帰りたい。けど……。


「そろそろ聞きたかったんですけど、あなたの名前は何ですか?」

「あっ!?」


 今度はさっきより声が大きい。もう何なんだよこの人。

 今度は腹が立って睨み返してみる。すると目を丸くして止まり、そしてゆっくり口から紙カップを外す。


柿沢(かきざわ)椿(つばき)

「えっ?」

「柿沢椿だ! 覚えておけ!」

「あ、はい!」


 そして、また紅茶に口をつける柿沢さんであった。それにより反射的に背筋をピンとしてしまう僕である。

 喧嘩腰。というか口調がてるやん先輩だな。それをより尖らした人かな……。いやもう、いちいち怒らないでくれ。どうにかしてくれ。もう怒っていいかな。

 時間差でふつふつと怒りが湧いてきた。

 ちょっとだけ食べるペースが速くなる。

 どうしようか。やっぱり理由を訊かないと気にくわないな。でもまた怒るよな。どうしようか。とはいえ家の場所がバレたとなると、ついてきそうで怖いな。訊くだけ訊かないといけないかな。

 今度は僕からジーっと睨んでみる。サイダーを啜りながら睨んでみる。今度はじっと見つめ返す女性。

 本当に何だろうなこの人。

 怒ってばかり、それに尾行。そして店に無理矢理連れていかれるし。よくわからない。けど金橋さんの尾行は教えてくれた。あとは名前も教えてくれた。もっとよくわからなくなった。

 あー。もう訊こう。当たって砕けろだ。

 考えすぎて自棄になったのであった。

 僕はサイダーをテーブルの上に置き、ちょっと強く少しだけ身を乗り出した。


「そろそろ訊きたいんですけど。柿沢さんは何で僕を尾行したんですか」

「!!!」


 すると柿沢さんは持っていた紅茶のカップをクシャっと握りつぶし、カップから紅茶が溢れ出たのであった。

 殺意が籠った視線で睨みつけられた。ブルっと背筋が寒くなる。でもここで退いたら解決しない。意地で堪えて睨み返す。

 二人の間に流れる何度目かわからない沈黙。呼吸が止まったような感覚。


「……」

「……」


 互いに視線を逸らさない。意地と意地とのぶつかり合い。静かな抗争。


「……ん。だよ」


 ぼそっと何かを呟いた。顔を少し赤くして少し苦しそうにしている。でも僕には聞こえない。


「何て言ったんですか」

「うるせえな! あんたのファンなんだよ!」

「……え?」


 顔を更に真っ赤にして、視線を逸らしたのだった。


「え。ええええええええ!」


 もう何度目だろうこの驚き。

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