『タコパ』
日は沈み。夜になった。
てるやん先輩の部屋に集合したオタマジャクシズの面々。
先輩たちの提案により食材等のお金は先輩持ちで「たこ焼きパーティ」略して「タコパ」が開催されることになった。
「よーし。お前ら。今からロシアンルーレットをするぞ! だから後ろ向くか目を瞑るかしろ!」
てるやん先輩が、ウキウキしながら、空になった二十個焼きのたこ焼き器二台の前に身を乗り出して、黄色と緑のチューブ、からしとわさびを二本ずつ手に持って構えていた。エリ先輩がたこ焼きの素が入ったボールを持ってお玉でぐるぐるかき混ぜてやる気満々である。
「ちょっとそれ。二人は入れる場所がわかるじゃない」
「ああっ!」
「気が付いていなかったの!?」
ぽんと手を打つ二人に対し、カスミン部長は目を丸くしている。確かにそうだ。てるやん先輩は忘れてそうだけど、エリ先輩が絶対忘れるはずない。
「そうだ! そうだ!」
メグとリナが酒も飲んでいないのに酔っている人みたいに腕を上げて抗議している。本当に酒飲んでないよな。不安になって飲み物類を見るがとりあえずなさそうだ。
「じゃあ。あれだ。俺らが最初後ろ向くからその間に入れて、焼きあがったらお前らが後ろ向いて、俺たちが分ければ解決する」
「おう。耕ちゃん頭いい!」
ビシッと耕次先輩を指さすアヤメ先輩。そしてさっと後ろ向き始める仕掛け人以外の三人の先輩達。なんやかんやノリノリだな。
「えっ。僕辛いの苦手っ!」
「大介。ここはもう逃げられないから。観念しよ」
「そうそう」
僕とカメケン(メグがつけた愛称)が大介の両肩を持って一緒に背中を向けさせる。
「大丈夫。大ちゃんが倒れたら私がっ!」
「はいはい。その前に後ろ向こうか」
リナに強引に後ろを向くメグである。暴走の歯止め役として頑張ってくれリナ。
「おっしゃ。じゃあ入れるぞ!」
後ろからジュワーッとたこ焼きの素が注がれる音が鳴り、エリ先輩の不気味な笑いとてるやん先輩の笑いを噛みしめている声が聞こえ不安に駆られる。
あー。本当に変なことしてないよな。
少し時間が経ち。
「よっしゃ。いいぞ」
一斉に振り返って、みんなたこ焼き器に食いつくように見つめる。見た感じ普通の黄金色のたこ焼きにしか見えない。緑や黄色が自棄に強そうなのは見当たらない。
これはわからないぞ。
「これ。焼けたの?」
「もう焼けるで。俺ら後ろ向いたらいいんだよな」
「そうそう」
てるやん先輩とエリ先輩は揃って後ろに向いた。
「よし、みんな好きなの四個選びなさい」
「はーい!」
真っ先にメグがホクホクに焼き上がったたこ焼きを楊枝で突き刺して器に入れる。続いてリナとカメケン、僕がとり大介は迷いに迷い漸く取った。
アヤメ先輩、カスミン先輩、耕次先輩と二個ずつ取り、最後に余った八個をエリ先輩とてるやん先輩が分け合った。
そしてみんなたこ焼き一つを爪楊枝で刺して構えた。
「一斉に食べるぞせーの!」
パクっと、僕はたこ焼きを口に入れた。中に広がる熱さに驚きつつも器用に舌で転がして冷まし、そして噛んだ。中に広がるトロッとした食感にタコの味に広がった後のツーンとした刺激が僕の鼻をつついて……。
『うあっ!』
僕は悲鳴を上げた。いや僕だけかと思ったら、他の人も全員苦い顔をしていた。
って痛いっ。口から鼻に広がる刺激がとどまることを知らない。顔全体が痛い。これ、これワサビだ。
「て、てるやん。ま、ま、まさか、全部入れたの!?」
アヤメ先輩が咳き込みながら、悶絶している張本人をギロッと睨みつける。
「お、おう。全部だよ。これ結構効くな」
「ちょっと入れ過ぎたみたいでござる」
入れた二人も辛そうな顔している。いや、エリ先輩は笑っている。めちゃくちゃ気持ち悪い。耕次先輩は眉間に皴を入れ、カメケンはお茶をがぶ飲みし、メグは口を押えて苦しみ、リナは真顔になり、大介は撃沈していた。いやこれは酷い光景だ。
「みんな大袈裟だね。丁度いい味じゃないの?」
カスミン先輩だけはけろっとした顔で、リスのように頬袋を膨らましてモグモグと刺激たこ焼きを食べている。どういう舌をしているのだろうか。
「う。嘘だろ」
「カスミンには敵わない」
元凶の二人はガクッと床に崩れ落ちたのであった。
その後残りのたこ焼きをカスミン先輩が食べてくれたのだった……。
流石の部長であった。
そしてしばらくして……。
「コラー! 顧問を置いて何楽しんでいるんじゃあ! 私も呼べ!」
突然扉を蹴破ってやってきた日暮顧問。ボサボサに乱れた髪に両手にはパンパンになったビニール袋があった。怒っている割にめっちゃノリノリである。
「いやいや。顧問呼んだら。仕事って言っていたじゃないですか」
アヤメ先輩がぶんぶんと顔の前で手を振る。
「いや。ただのノリだよ! 真面目に返されても困るよ! で、私の分残っている?」
「ありますぜ。姉御!」
ドンとてるやん先輩が顧問の目の前に皿に盛られたたこ焼きを置いた。すると「ほほう」と目を輝かせて上機嫌な顧問である。エリ先輩に差し出された爪楊枝を上品にとった後、プスッとたこ焼きを突き刺して口を大きく開いてパクっと食べた。もぐもぐと満足そうに味わい、そしてその表情が少しずつ歪んでいき……。
「か、からあああああああああい!」
「ふはははは!」
悪魔が憑依したのであろう先輩が、腹を抱えて床を転げ回って笑いまくっている。アフロ先輩は容赦なくもう一つたこ焼きを手渡そうとしている。
「酷いけど、あれだな」
「まあ。私達も食べたし」
「二度と味わいたくないな」
「儀式だね」
「うー。僕はもう食べたくない」
酷いと思いつつも、エリ先輩も食べているしなあと、哀れそうに見つめる一年生たちであった。
残った辛いたこ焼きはまたまたカスミン先輩が食べてくれた。味もそうだけど、結構食べるのだなと驚いた。
その後顧問が持ってきてくれたお菓子と追加のジュースをみんなで分け合って飲み、最終的にはどんちゃん騒ぎになった。主に例の二人のせいだが。でもこんな気兼ねなく楽しめるのも部活に入ったおかげなのかなと、少し感慨深くなりつつも賑やかなこの光景を楽しんだ。
そして夜も更けて。
それぞれの部屋に分かれて眠ることになった。
てるやん先輩の部屋は、てるやん先輩と耕次先輩とエリ先輩。(エリ先輩自分の部屋が隣なのに)
僕の部屋は、カスミン先輩とアヤメ先輩とメグとリナと日暮顧問。
カメケンの部屋に、僕と大介とカメケンが眠ることになった。(それを言うと、僕も家主なのになというツッコミもあるが、それはそれである)
カメケンの部屋は、前に来た時とさほど変わり映えもなく、綺麗に整理整頓されていた。
「まあ。このメンバーは落ち着いているから安心した」
紺のジャージ姿のカメケンは布団に仰向けに寝転んだ。
「僕もほっとした」
緑のジャージを着て横になる大介。
「というかこの割り振り以外思いつく?」
「それもそうだな」
「……そうだね」
黒のジャージを着て横になる僕であった。
「それじゃあ。電気消すで」
カメケンが電球の紐を引っ張ると同時に天井が常夜灯の淡いオレンジ色の光に変わる。
仄かにぼんやりと光る部屋。眠るのには丁度いい光加減である。
「なあ。大介。あれから上手くいってるのかメグと」
カメケンがくるっと寝返りをして大介に近づく。
「上手くかあ。そこはわからないけど、いつもどおりだね」
「ほほう。じゃあなにかわかったのか、メグの気持ちとかに」
「うーん。まださっぱりわからない」
「あらー」
カメケンのテンションが下がり、またくるっと仰向けに戻る。メグも不憫だな。あれだけのアプローチで変わってない大介のメンタルも色々凄いと思うのだが。
「ただ」
『ただ?』
「メグの世話焼きに慣れたお陰かな。ちょっとメンタルが強くなったと思う!」
「……」
ジャグリングの舞台に立つときのメンタルを言っているのか。それともメグの対応力のメンタルなのか。大介が言うとどっちにも聞こえてしまうからわからない。
ただメグのアプローチが全く通じてないのは確かだ。その上、変な自信までついている。そっちの方の進展は全くなさそうだ。とはいえ僕たちじゃどうにもできないし、ただ見守るしかないな。
「それよりもバルーン上手くなれるかなぁ」
彼は天井を見つめながらネガティブな声を上げる。。
だが彼の言う通りでもある。今日の練習は僕もカメケンも苦戦した。
「そうだな。なんかまだ綺麗な形にならない」
「割ってばっかりだったし、なかなか上手く行かない」
僕は割ってばかりでなかなか進まず、できてもまだいびつさが残ったままだ。
カメケンはまだ手付きは良い方だった。でも確かにまだ綺麗な形ではない。
だが最初から何でもできることはない。
「まあ。まだ一ヶ月あるから作り続けたらそのうちなんとかなるはず。ジャグリングと一緒で、やってたら出来るようになるはず」
誰かと似たような話し方になったけど、今僕が言えることはこれしかない。
「そうだな。結局それしかない」
「そ、そうだね」
大介もカメケンも同じ天井を見ながらそう答えた。
「じゃあ寝るか。明日も修行だろうし」
「そうだね」
「そうだな」
「おやすみー」
僕ら三人は話がそこまで広がることなく、すぐに眠りにつくのであった。
前回の話で出てきたウサギのバルーンですが、活動報告にて絵を描きました。良ければ立ち寄っていただけると嬉しいです。
(挿絵をするにはもう少し絵の練習をしないと)




