『特訓!』 その2
一方てるやん部屋にいる二年組。
思ったより綺麗になった部屋である。壁に掛けられたカレンダーが妙に多いのと、変な配色の絨毯には少しだけ違和感を持ったが、ここまで綺麗にしたのなら、部屋提供して貰っているので文句はない。
それで私たち二年組の進行状況はというと、かなり苦戦中である。
バンッ!
てるやんの風船が爆発した。これで四回目。
「てるやん。風船に嫌われてるでござる」
「うっせえ。何かうまくいかねえんだよ。と言っているエリも二回位割ってるだろ」
「数は少ないでござる」
「似たり寄ったりじゃねえか」
てるやんが珍しく焦燥に駆られている。確かに器用な方ではない。大胆な方だからかな。
だがそれ以上に一人静かに焦っている人がいた。
バンッ!
「うぬ」
耕ちゃんの手元のバルーンも虚しく割れる。口をへの字に曲げて破れた風船の切れ端を見つめる。
「苦戦してるね」
「指が太いせいか、うまくいかない」
「確かに辛そうね」
自分の指を動かしながら見つめる。
指の太さは常人より一回りは大きい。最初の風船の口を閉じるのすら一苦労しそう。
あと体格が大きいから相対的にバルーンがとても小さく見える。本当に同じ風船を扱っているのだろうか。
「まあ。そうだよね。最初は割れるよね」
アーヤは手慣れた手つきで風船をひねり、一つ作り上げた。右手の上にフワッとのせる。
耳が長いピンク色の作品。
「ウサギ?」
「そうそう。ウサギ」
可愛いく出来上がっている。バランスも綺麗である。
私も負けじと作りかけのを仕上げる。
そして色は違うが赤い風船で作り上げたウサギなのだが。
「カスミン首少し長いから、少し萎れたウサギになっている」
「確かに」
アーヤのような首が据わって前を向いている訳ではなく、下に俯くようなウサギである。元気がないウサギ。
「おっしゃ! できたぜ!」
てるやんが自信満々に置く、白色の風船で作ったウサギ。
「……。てるやん尻尾なくない?」
アーヤの指摘に、私もその部分に目をやると、背中の最後の方の部分にある丸い尻尾がついてなかった。
その分、他の部分がアーヤのより一回り大きい。
「てるやん最初勢いでやったから、足りなくて誤魔化した?」
「いいだろう! 他はわかりやすいんだから」
「そういうことじゃない」
「えー」と渋い顔をする。
勢いでやるところはてるやんらしいと言えばてるやんらしい。
バンッ!
また、耕ちゃんの風船が爆発する。ガクッと肩を落として、渋々と新しい風船を袋からとり出す。
「泣きそうだ」
「そんなに?」
思った以上にダメージを受けている。
「大丈夫でござる。すぐに慣れるでござる」
エリが珍しくフォローに入っている……。
「おい。完成したウサギを顔の横に並べて見つめるな」
「えー。励ましたつもりでござったのに」
相変わらず悪意の塊である。気持ち悪くできたウサギの前足を掴んで愛くるしく手招いている。
こっちもいつも通り。フォローに入っている方が次の日雪が降る気がするし。
こちらもみんな平常運転である。一人遅延気味だけとね。
このあとも黙々と作り続けた。時より割れては落ち込んでを繰り返したりと悪戦苦闘しながらも作り続けた。
そして床が風船の作品で埋まった頃、外を眺めると空は茜色に染まっていた。
「うーん。ちょっと疲れたね。休憩する?」
アーヤが両腕を伸ばしながら立ち上がる。
「そうだな。俺も肩が凝った」
「同じく」
男二人揃って首を回して、腕を振っている。
「確かに甘いものが食べたくなったでござる」
と言っている割には、ケロッとしている。
「ちょっと早めだけど夕食にしよう。カゲルの部屋組も連れて」
「そうだね。だったら鍋にしよう。部屋で!」
私の提案に少しノリノリのアーヤである。
「そうやな。って鍋ないぞ!」
「えっ? 無いの?」
上機嫌から愕然とするアーヤ。そんなに鍋が好きだったのだろうか。
「たこ焼き器ならあるぞ! 二セット!」
ピースした指をチョキチョキとさせるてるやんである。そしてエリが後ろからたこ焼き器を二つ見せる。準備万端、する気満々である。
「うーん。じゃあタコパにしようか」
同意はするが、ほんの少し背中が弱っていたアーヤであった。
「こっちでやるか。たこ焼き器もあるし、持っていくの面倒だろ。諸々の準備はするから、カスミンとアヤメは買い出し頼んでもいいか?」
耕ちゃんがそう提案するとが立ち上がり、風船を横に寄せ始める。
「わかった! じゃあ何人か一年も呼んでくるからアヤメも先に降りていて」
「了解」
アーヤの返事を確認すると、私は隣のカゲルの部屋に向かった。
部屋の扉に手をかけると、何の抵抗もなくすっと扉が開いた。
鍵もかけてないとは不用心なと思ったが、二階は全て身内だから、開けていても入る人は決まっているとも思ってしまった。
まあいい。この際少し驚かしてあげようか。
私は足を忍ばせながら、ゆっくりと廊下を歩く、そしてリビングの戸にてをかけた。
「そろそろ気になっていたんだけど、カスミン部長って何者なのかな」
「ッッッ!」
私はすぐに口を塞いだ。
そしてよく耳を澄ませる。
「どういうことっす? カスミン部長が何者って?」
「そうだよね。カメケンは知らないよね」
「かっ、カメケンっ。なんかいいアダ名っす。で。メグさんどういうこと」
「これ、どう説明する?」
流れる沈黙。
「説明するとなるとカ、カ、カメケンにあのイリュージョンについても説明しないといけないけど?」
「確かにカゲルの言う通りだけど、それはあとでいいか」
「後回しにするのかい」
「それよりも、やっぱり気にならない。とりあえず訊かないようにはしているけど」
「気にはなる」
「確かに」
「んー。そうかなぁ」
「直接訊いて済む問題ではないんすよね」
「訊いちゃダメだよカメケン」
「はい。それはしないっす!」
「それでカスミン部長ってどうなったの? カゲル?」
「それを説明する? まあカ、カメケンにも説明するしかないけど、実はき……」
私は戸から手を退いた。そして出来る限り静かに廊下を歩いて、外の通路に出た。
そして扉にもたれかかる。
今まで確かに忘れていた。いや忘れようとしていた。自分が人と違うこと、限定的に生まれ変わった人間であること。
あの事件でみんなわたしが違う人ということを知った。それを知った上で、私に訊かずに受け入れてくれたこと。とても感謝している。
だから今まで隠し続けていることも大丈夫なのかなと錯覚していた。むしろ忘れていた。
でも違った。
やっぱり気にならない方がおかしい。
みんなが助けてくれたのに、私だけ事実を隠し続けているのは、本当はダメだよね。ズルい人だよね。
でもどう説明すればいいか、どのタイミングで言えばいいのだろうか、それを聞いてみんなどう反応するだろうか。もしかしたら私のことを奇異な目で見るのではないだろうか。
やっぱり怖い。
どうしたらいいのかな。
ドタドタ。ドタドタ。
もたれていた扉の後ろから足音が聞こえた。
私はすぐさま反転して、丁度扉を開ける風に構えた。
「あれカスミン部長? どうしたんですか」
カールした茶髪を揺らしながら、怪訝そうに見つめるメグ。
「えっとね。これから休憩でタコパするから、買い出しいくんだけど、一緒に行かないかなって思ってね」
「行きます! 行きます! ちょっと待ってください。他も訊いてみますんで!」
メグは超特急で部屋に戻っていった。
「ふう」
私はため息を一つ吐いた。
胸に残ったわだかまりは簡単にはとれそうになかった。
追記
今回出てきたバルーンのウサギなんですけど、活動報告にて挿絵を公開しています。よかったらどうぞ。
本編に挿絵を入れられたらいいんですけど、今練習中なので、のちほどです。
よろしくお願い致します。




