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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『特訓!』 その1

「えー。この度、皆さまお集まりいただきありがとうございます」


 カスミン先輩が部屋の窓際に立って、演説の始まりみたいな言葉を述べる。


「大学祭まであと一ヶ月弱です。何とかして練習して本番までに間に合わせましょう!」

『おー!』


 みんな一斉に手を挙げたのだった。



 本日は土曜日、現在地は僕の部屋。203号室。

 客人。オタマジャクシズの面々。

 大体六畳強くらいの部屋に10人がぎゅうぎゅうでいるこの現状。そして床に並べられた細長い風船が入った袋の数々とそれについての本や資料に、青色のポンプが大量にある。

 何でこうなったか。


 

 昨日に遡る。


「えっと。名前はわからないんですけど、昔、風船を使って犬とかウサギとか作って渡すものとかはどうですか」

「あっ! それ、バルーンアートね」

「バルーンアート?」


 洒落た名前が出てきた。


「名前の通り風船を使って芸をすること。細長い風船を捻って曲げたり組み合わせたりして一つの作品を作ることと言えばいいかな」

「へー。そうなんですね」


 知らなかった。

 スーパーでたまたま貰った犬の形をした風船が、大道芸でも使われていることには驚いた。


「それなら練習はまだ出来るかもしれない。簡単なものなら丸一日かければそれなりに形になるし」

「そうなの? 結構難しいと思っていた。でもそれならフリーマーケットで作って渡せばそれなりに出来るかも?」

「そうそう。それはできる」


 部長と副部長の反応はそこそこよかったのだった。


 それで、他に目立った案が出てこなかったので、結局僕が提案した風船の案で決定したのだった。

 そこまではよかったのだか、問題はここからだった。

 そうと決まれば練習だと言うことになったのだが、練習場所がほぼない状態だった。

 通常時の部活で練習する場所はあるのだが、大学祭のための新たな練習場所は確保できていないようだ。未だに厳しい扱いを受けているらしい。今さら申請してもたぶん空きはなくその他の団体でいっぱいである。

 だから誰かの家ですることになった。

 最初はカスミン先輩の家でする予定だったのだが、土日に寝泊りまでして練習をしたいという意見が一部部員から挙がり、泊めるとなるとちょっと厳しいとなった。

 どうしようかようとなったその時、名乗りをあげたのが健三君であった。


「こういうのやってみたいっす。だから俺の家を使ってもいいっすよ!」


 入りたて間のない健三君が自ら場所提供を志願してくれたことに、素直に喜ばしい事だったが、部長副部長は少し複雑そうだった。

 長い付き合いの仲の人だったら問題ないのだが、まだ知り合って一ヶ月くらいの後輩にみんなで家に押しかけていいのだろうかという考えがあった。

 となると僕の部屋になるのかな。とふと考えが降りて来た。


「じゃあ。僕の部屋と健三君の部屋、あとてるやん先輩とエリ先輩の部屋が近いんでそこで練習と寝泊りを別けてすれば何とかんるのではないのですか?」


 そう提案すると、カスミン先輩とアヤメ先輩の二人はじっとエリ先輩とてるやん先輩に細い目を向けた。

 ごくっと息を呑む二人。暫くしてエリ先輩がてるやん先輩に耳打ちする。


「わかった。俺の部屋は今日掃除するから何とかする。だがエリの部屋はちょっと勘弁してくれないか」

「それはわかったよ。エリの部屋は特殊だからね」


 エリ先輩の部屋は一体何があると言うのだろうか、事情知ってそうなカスミン先輩とアヤメ先輩である。僕ら一年はたぶん同じ疑問を抱いただろうが今は特に訊かないようにした。

 という感じで僕と健三君とてるやん先輩の部屋によるバルーン練習会が開かれるようになったのである。



 そして現在に戻る。


「とりあえず狭いので二チームに別れてやりましょう。単純に一年と二年に別れましょう! 場所はどうしようか」

「てるやん部屋に私達二年が入ろうか。一年はカゲル部屋にしてもいいかも」

「そうだね」


 カスミン部長は勢いで決めている感とゆるっとした感じはいつも通り。そこをしれっとサポートするアヤメ先輩である。


「そうだな。それで後で成果を見せると言うことがいいんじゃないか?」

「罰ゲームなしならそれでいいです!」


 リナがてるやん先輩の提案に透かさず釘を刺す。そろそろ慣れてきたのか察しがいい。


「うぐっ。わかった。そういうことにしとこう」


 面喰らって冷や汗をかくアフロ先輩をにやにやと笑うエリ先輩。そしてさりげなく肩に手をおく耕次先輩。

 最近てるやん先輩がたじろぐのが多くなっている気がするな。みんな少し神経が太くなったのかな。


「はいはい。じゃあ。始め!」


 バルーン練習が始まったのだった。

 どうするかというと、昨日と今日で買ってきた細長い風船、「ペンシルバルーン」ともいう風船の袋をポンプで膨らませ、本を見ながらひたすら作るという、至ってシンプルで、気合と根性だけの方法である。

 先輩たちはてるやん先輩の部屋に移った。

 残りの僕たちは円になりペンシルバルーンをポンプで膨らましていく。そしてバルーンの本とにらめっこしながら作っていくのだが。

 キュッ。キュッ。

 風船独特の、ゴムの高い音が嫌に耳に響く。

 キュッ。キュッ。


「あー。めっちゃ怖いんだけど!」


 早くもメグが、風船が割れるのを恐れ、ギリギリまで顔から離して顔をこわばらせている。


「メグぅ。心配しなくてもいいよ。死ぬことはないから」

「それもそうなんだけど」


 対してリナは手慣れた感じで、何かの動物の顔と耳までも作っていた。


「くっ。うまくいかない。うわ。元に戻った」


 大介は風船の捻りが十分じゃないのか、元の一本の棒に戻ってしまい、風船がふにゃふにゃになってしまった。


「どうなってんだこれ?」


 形の把握ができていないのか、本を斜めに見たり、本を動かしたりと苦戦している健三君。

 そして僕はというと。

 パンッ!

 風船に爪が刺さりあえなく破裂する。手には赤い風船の破片だけ残る。


「カゲルゥ。ビックリさせないで」

「ごめん」


 メグが胸を押さえながら肩を落とす。よっぽど怖かったみたいだな。

 パン!


「あー。私できるのかな」


 メグが持っていた風船も急に割れて、さらに肩を落としている。


「練習あるのみ、とにかくひたすら作ってたらそのうち慣れるか」


 バン!


 完成に近づいていたリナの風船も無情にも消えていった。

 僕たち全員じっとリナを見つめる。

 リナは数秒固まったあと、ふうとため息をひとつ吐くと、袋から取り出す。そして視線に気がついたのかふと顔をあげる。


「って何でみんな見てるの?」

「いや。なんにもない」

「何もない」


 首を必死に横に振る大介とメグ。


「思ったより驚かないんだな」

「こういうの慣れているのか」


 僕と健三君の似たような言葉にふと考え込むリナ。


「んー。ホラー映画とかよく見るからかな。見すぎてちょっとのことじゃ驚かなくなった」


 ホラー映画。僕は全く無縁だな。


「ホラー映画。って全く見ないけど、やっぱり怖いのか?」


 健三君が風船をキュッキュッと捻りながら、さらに突っ込んで尋ねる。というよりはさも当たり前のことを訊く。


「いや。そうでも……。むしろ面白い」

『面白い?』

 

 男子三人は手を止めてリナを注視し、メグはやれやれと呆れた表情になる。

 ホラーってあれだよな。怖いやつで間違っていないよな。テレビから出てきたり、ブリッジしながら白い人が追っかけてきたりとかだよな。面白いのだろうか。


「だってなんというか。現実じゃ起こらないことばかりでぶっとんでいるし、それに何か血が出る演出に何か滾らない?」

「……」


 駄目だ全くわからん。 

 リナはめちゃくちゃ目を輝かしている。

 血が出るということはスプラッタも好きということだよな。僕なら数秒で気分悪くなる自信はある。

 あれ。でも待てよ。この前家に来たとき。


「じゃあ。前家に来たときの天井からの現れた先輩にはめっちゃビックリしていたのは何故」

「いやさすがに知り合いが血だらけだったらビックリするから」

「あー」


 まあ。そこは普通なんだな。ということは映画は映画。現実は現実ということか。


「何となくわかった。面白いなら見てみるわ!」

「えっ。うん。見てみて!」


 健三君の発言に瞬きをする僕。

 きょとんとする大介とメグ。

 黙々と作り始める健三君を少し光る眼差しで眺めるリナであった。

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