『部活終わりの会議』 その1
今日は金曜日、部活がある日である。
キャンパスを歩く僕は十歩に一回、後ろに振り返っている。学生が多くいる。でも僕を気にしている人はいないから、尾行をしている人はいない。たぶん……。
昨日からめちゃくちゃ気にするようになった。
僕は別に気配を感じるのに長けているわけではない。瞬時にわかって撒くようなことが出来ない。それができればどれだけ楽だろう。
結局後ろを必要以上に気になりすぎてしまう。
ほんと何やってんだろうな。
「どうしたの?」
「ンッッッッ!!」
振り向くと、小百合さんの顔が目の前にあった。
物凄く驚くと同時に、綺麗な顔が目の前にあることにドキッとした感情が相まって、僕の顔が真っ赤になる。それを必死に堪えようとして顔に力をいれてしまい更に加速する。
「あ。ごめん。ちょっと驚いた?」
「え。いや。大丈夫……です」
大丈夫ではないが、大丈夫じゃないとは言えない。
平然を装いつつゆっくりと後ろにさがる。
というかさっきまでいなかったよな。どこから現れたんだろう。
「それで。どうしたの?」
「君があまりにも不思議な動きをするから気になって」
「あー」
わかっていたつもりだけど、いざ言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい。彼女の純粋な瞳が僕の顔の温度を上げる。
「尾行がまだ続いているみたいで、後ろが気になって……」
「そうなの?」
彼女は後ろに振り返り、じっと眺める。
「んー。今日はたぶん。いないかも?」
軽く斜めに顔を傾ける小百合さん。
何でわかるのだろう。この前もすぐ気がついたような。
「どうして?」
「女の勘。かな?」
にっこりと微笑む彼女。
勘……。で済ますには少々鋭すぎるのではないかと思う。
けどそこを疑っても仕方ないような気がする。彼女の言葉なら信用してもいいかもしれない。これは僕の勘……。
結局かい。
「小百合さんが言うなら信じようかな」
「私が言うのもあれだけと、そんな簡単に信じていいの?」
「小百合さんは嘘をつくような人には思えない。と言えばいいのかな」
すると小百合さんはじっと僕を見つめて、目をパチクリと瞬かせる。
「カゲル君。誰にも構わずそんなこと言ったらダメだよ」
つんと僕の鼻先をつつかれた。
僕は鼻を両手で抱えてたじろぐ。
彼女は嬉しそうに微笑む。その頬を少し紅潮させて。
時と場所は移り。
体育館。
今日は実技練習は早めに終わった。
そして体育館の真ん中に集められた。
角が凹みボロボロになったホワイトボードを、キャスターの悲鳴を鳴らしながら顧問が必死に押して、みんなの前に持ってきた。そして顧問はボードの端っこに寄る。
何が始まるのだろうか。部員それぞれに過る不安。
そんな不穏な空気が漂う中、ホワイトボードの前に部長と副部長が立った。
すると突然二人が深く頭を下げたのであった。
「まず。始めに謝罪させてください」
カスミン部長の声が、体育館に響く。
「今回の大学祭。私たちオタマジャクシズはステージ演目はできません」
「……え!?」
体育館の空気が固まった。
演目ができないということは、人前でジャグリングできないということ。この部活の利点が消えたこと。
「先日行った大学祭の打ち合わせで、私たちの部活はステージ演目禁止とされ、且つキャンパス内のジャグリングも禁止という通達を受けました」
「私たちの力不足によりこのような結果になってしまったことを、皆さんに謝罪します」
『このような結果になってごめんなさい』
二人の謝罪の声がやけに強くこの空間に残った。
訪れる沈黙。
予想していなかったわけではない。
いざ聞くと少しショックではある。だが同時に少しホッとした部分もある。
ホッとした部分はみんなにとっては無責任なのかもしれない。でもまだ自分の演目が未熟なことに、出なくていいという部分に安堵している自分がいた。
だが他の人はどうだろうか。
特に二年組……。
例の人達に静かに視線を向けると、表情が固まったまま三人がいた。バイオレンス的な何かが起こるのではないかと息を呑んだ。
「しゃーねえな」
「決定だから仕方ない」
「そうでござるね」
てるやん先輩は頭をかき、耕次先輩は腕を組んで頷き、エリ先輩はケロッとした表情だった。
三人揃って少し肩を落としながらも、異議を唱えることはなく、二人の言葉を受け入れたのだった。
思ったよりあっさりと……。
僕は少々先輩たちの事を甘く見ていたのかもしれない。少しでも疑った自分を反省する。
そして一年組はというと。
「そうですか。仕方ないです」
「決定事項だから仕方ないですね」
「先輩達がそこまで頭下げなくていいですって」
「そんなことあるんすっね」
「大丈夫です」
大介はちょっと落ち込んでいるようである。メグは素直に納得し、リナは両手を出して先輩達を慰め、健三君はよくわかってないのか、あっけらかんとしている。
反応は様々だが、概ね了承したみたいだ。
「よかったね。二人とも」
横で腕を組んでいた顧問のにこやかな顔。
二人はほっと胸を撫で下ろした。そして再度頭を下げた。
『本当にありがとう』
この姿を見て、この件について何も言うことは無かった。
「それで。どうするんだ? 大学祭はのんびり屋台回りか?」
てるやん先輩がフラフラと手を挙げる。
「それなんだけど、一応隅っこにあるフリーマーケットのスペースだけ貰えたんだよ」
フリーマーケットのスペース。なんでそんな場所を。
みんなの頭にハテナが浮かぶ間に、アヤメ先輩がホワイトボードにさらさらと文字を書いていた。そこに描かれた文字とは……。
「ということで突然だけど『大学祭何をしようか会議』を始めようと思います」
カスミン先輩は胸を張って宣言した。
『……えええええええええ!』




