『部室掃除』
今日は部活動禁止が解除されてから初めての部活の日。
授業は早めに終わったし、部室で少しお暇してから行こうかな。私は食堂を出ると少しの距離だけスキップをしながら部室に向かった。
部室は練習場所の体育館とは別の場所にある。キャンパスの少し端にある運動場の後ろに、部活動用の専門の建物、通称部活棟。そこに各部活の部室がある。中に入り階段を足早に上って三階の曲がってすぐの所で立ち止まる。「オタマジャクシズ!!!」と書かれた手作りの看板の眺めて、しみじみと感じながら、私は鍵を差し込み扉を開けた。
「……」
バタンとドアを閉めた。
えっと部屋を間違えたのかな。もう一度ドアの上の看板を見てみる。
「オタマジャクシズ……ですよね」
変わらない現実を痛感する。
「ふぅ」
ため息を一つ漏らしながら少しだけ扉を開いて中を覗く。やはり現実は変わらない。ドアの開け閉めでこれが夢だったとか、そんな都合の良い事など起こることはなかった。
私は諦めてスマホを開いた。
そして部室を掃除するために、助けを呼んだのだった。
三十分後。
私の呼び掛けに現れたのは、部に入りたて間もない亀山田君と、リングか様になってきたリナと、いぶし銀の耕ちゃんの三人だった。他の人は午後は講義があるやらで、来られないみたいだった。
「どうした?」
「どうしたっすか?」
「どうしたのですか?」
三人とも同タイミングで走ってきたことに驚きつつも、現状を説明し始める私。
「早い話部屋を見てくれたらわかるのだけど」
百聞は一見に如かず。とりあえず部室の惨状を見てもらう。
「これは」
「あーっす」
「酷いですね」
言葉はバラバラだが、心情が一緒なのは言うまでもない。
部室は足の踏み場が無いくらい物が散乱し、物置用のロッカーも扉が開きっぱなし。誰のかわからない服や、飲み物や食べ物まである。
二ヶ月間ほったらかしにしていたから、手付かずなのはわかるけど、二ヶ月前にこんなに汚くしていたのだろうか。
「とりあえず、完全に掃除出来なくてもいいけど、せめて部室として機能できるくらいは綺麗にしときたいね」
「確かに」
「そうっすね」
「ですよね」
三人は現状に納得してくれた。とりあえず四人いれば何とかなる。
さて掃除をしようか。と思ったが、三人とも少しほっとしているのか、ぐったりしているというか、なぜか壁に貼り付いている。
「どうしたの?」
「いや。そうじゃなくて、こう。なんだ。ちょっと力抜けた」
「同じくっす」
「私も」
どういうことだろう。確かに滅茶苦茶走ってきてくれたから疲れたのかもしれないけど。
「どうして?」
「そりゃあ。『助けて、緊急事態! 授業ない人は早く部室来て』と言われたら、全力で走るだろ。何かあったんじゃないかって思うだろ」
「あ」
そんなこと書いていたっけ。そこまで必死に書いたっけ。
「そう思うっす」
「私も」
以下後輩二名も同じく手を挙げている。
「な、何かごめんね。それとありがとうね」
「構わん。どのみち掃除せんとあかんからな」
「入りたてっすけど、部長のピンチには来ないといけないっすし」
「部活始まる前に、部室が悲惨なのはまあある意味緊急事態ですし」
と私に見せる表情に、ほんの少し目が熱くなった。私が思うのもあれだけど、みんな人が良すぎないかな。でも素直に嬉しかった。
三人の休憩が終わり、部室に突入した。とりあえず近くにあるゴミを拾い、袋に詰め込んでいく。紙くず、埃、飲み物の缶、コンビニの弁当とか色々出てくる。
「何でこんなにゴミあるっすか」
亀山田君はペットボトル三本を指で器用に挟んで袋に入れる。
「さあ?」
わからないリナは割箸の先を嫌そうに指で摘まみながら袋に入れる。
「何でだろうな」
「何でかな」
私も耕ちゃんも分かっていない。何でこんな汚れているのだろうか。
「これ誰のですかあ!」
リナが触るのを止めて落ちている物を指さして、後ろにさがる。耕ちゃんがその場所に近づいて黒いのを拾い上げると、誰かのか分からない黒い靴下が出て来た。
「これ男の物だよな」
「そうっすね」
「ふむ。誰のか分かったから、そいつに投げつけとく」
ああー。なるほどね。まあそうだよね。何となくわかった。
耕ちゃんはそれを別の袋に詰め込んでギュウギュウに縛った。
「これはなんすっか」
今度は亀山田君が何かを拾い上げた。手にあったのは薄い白色のヘラみたいなもの、両端に丸い装飾と、真ん中にも丸いモノが付いている。するとリナが目を細めながらじっと睨んだ。
「ん。それって、もしかして、あれかな? 表情筋を鍛えるモノだったけ」
「えっ? あれ?」
あのネットの動画の合間に入ってくるCMで流れていた、口にくわえてグワングワンと動かす道具かな。やってみたいとは全く思えなかったあの筋トレ道具。
「そういや。最近そんなのあったな。俺はやっていないけど」
「というか。誰のものですか?」
「俺は違うっす」
「私じゃないかな」
すると耕ちゃんが「ふむ」と考え込んだ。
「たぶん。これはあいつだな。これも会った時に投げつけとく」
亀山田君から受け取った耕ちゃんは、袋に入れた後グルグル縛り、自分のバックの中にしまい込んだ。
なるほどこれも誰かわかった。
それからも変なのが色々出てきたが、とりあえず粗方片付き、最初に比べると部屋の原型が見えて来た。
「さて、物入れも見てみようかな」
「はーい」
私の提案にリナがテクテクと物入れにむかった。そして余り躊躇うこともなく扉を開けた。
ドサッ。
「きゃあ!」
中から大量のゴミや道具が雪崩れてきた。せっかく掃除したはずの床の半分を埋め尽くす量だった。リナは咄嗟に扉の後ろに隠れたことによって何とか難を逃れられた。
「これは酷い」
「新手の罠だな」
「罠っすね。うまく避けたっすね」
「ほんと心臓止まるかと思った」
リナは胸に手を当てながらじっと床に散らばったゴミ群を見つめる。リナの額にわずかに汗が滲んでいた。これはあとで犯人捜しをしないとね。後輩を危険な目に遭わせたからね。
それからまた床に散らばったゴミやら道具やらを、捨てたり仕分けたりと片づけていく。
「ん? これはなんっすか? ポイみたいな感じっすけど」
亀山田君が拾い上げたもの、確かに指を入れる輪っかの部分と底から伸びる紐まではポイと一緒だが、その先についているのは半透明の縦長のカバーみたいなのが付いていた。
「あー。それは確か……」
「確か?」
「ライトアップポイだったかな」
『ライトアップポイ?』
耕ちゃん、リナ、亀山田君の声が重なり、そのライトアップポイらしきものに注目が集まる。
「ライトアップっていうことは光るんすっか?」
「そうだね。暗い所でやると綺麗だよ」
「そうなんですか! どんな感じなんですか?」
「どんな感じっすか?」
後輩二人がものすごい勢いで話に食いついてきた。光る現象というのに興味を持ったのかな。ちょっとこれは期待に応えないと。
「ちょっと貸してみて」
「はいっす」
亀山田君から渡されたポイを手に取り、ボタンを探して押してみる。
「あれ。電池切れかな?」
何度か押してみるが、全く点く気配がない。
期待していた後輩二人揃って表情が少し暗くなっているのが分かった。物凄く申し訳ない。どうしよう。どうやって電池を入れ換えるか知らないし……。
「ごめんね。今日アヤメに訊いてみる。たぶんアヤメのだと思うから」
『はい。わかりました(っす)!』
二人の機嫌が少しだけ直って本当によかった。
「話は終わったみたいなら、片付けの続きを手伝ってくれ。意外と時間ないぞ」
耕ちゃんの言葉に全員時計を確認する。
本当だ。もう少ししたら今日最後の講義が終わる時間だった。
私たちは急いで掃除を再開した。一言もしゃべることなく片付けた。
「カスミンごめん。講義で行けなかった! ってどうしたのみんな」
授業が終わって部室にやってきたアーヤは部屋に入ってすぐ目を丸くした。
私達四人、部室の床にベッタリと座りつくすか、壁にもたれかかっていた。
「大丈夫。部屋が汚くて掃除しただけだから」
「えっ。えっと……。お疲れ」
私が頑張って作った笑顔に、困惑した苦笑いで応えたアーヤだった。




