『後期初日』 その3
「どうしたらいい?」
と、顔を真っ赤にして泣きそうな表情で迫る大介。
こうなることを何となく予想はしていたけど、まさか僕の家に押し掛けてくるとは。これは少し考えが甘かった。僕はスーパーの安物のお茶を大介の前に置く。
「とりあえず飲んで落ち着いて」
すると大介はコップをひっくり返す勢いでお茶を飲み干した。
「どうしたらいい?」
だめだ。全く落ち着く気配なんてない。
原因を作ったのは僕だから、どうにかするべきなのだが、恋愛に関して疎すぎる僕は、どうアドバイスをすればいいか分からない。
どうしたらいいと言われても。
「大介のメグに対する正直な気持ちを考えるしかない」
「うーん」
腕を組んで考え込む大介。そこがわからないとどうにもならない。
「嫌いじゃない。でも好きと言われるとどうなんだろう?」
「うん?」
これじゃ。どうにもならないか。本当にどうすればいいのか。僕は恋愛に関しては疎いし。
「大介はどうしたい?」
「ん? どういうこと?」
「えっと、メグと恋人関係になりたい?」
「えっ?」
テーブルに顔をつけて頭を抱え込む大介。相当考え込んでいる。
言った後に気がついたが、こういう恋愛関連の感情にすぐに答えを出させるべきではない気がしてきた。こっちから話を吹っ掛けたのに何と自分勝手なんだろうと罪悪感を感じ始める。
特に必死に悩む大介の姿を見ると、より一層辛くなってきた。
僕は酷いな。
「わからない」
なるほど。となると時間をかけて大介に考えてみるしかないか。結局それしかない。早くも丸投げの自分である。
「そ、そうか。じゃあ時間をかけてじっくり考えるしかない」
「え。そんな」
大介が今にも泣きそうな表情になった。
ちょっと待って、そんな顔されても困る。ちょっと誤解を解いただけで、何でここまで面倒になるんだよ。
ピンポーン。
絶妙なタイミングで鳴るインターホン。
「ちょっと待って」
藁にもすがる気持ちで僕は駆け足で玄関に向かった。
ガチャッと扉を開けると隣人の同級生が、笑顔で手を挙げていた。
「カゲル、ご飯食べないか! ってどうした」
僕は彼の肩を掴んで半ば強引に部屋に連れ込む。リビングに入ると、健三君は座り込んでいる大介を見て立ち止まる。
「国原。どうしたんだ」
「か、亀山田君。どうしたらいい?」
「え。どうした突然」
じっと大介を見つめた後、僕を凝視する。
「カゲル。お前は男を泣かせるのか」
「それは女を泣かせるのかと言いたかったのか」
「その返しは予想してなかった」
予想してなかったのか。いやむしろ男を泣かせるのかというセリフを初手で持ってくることの方が予想していなかったわ。泣かしたかもしれないけど。
「実は……」
僕はこの現状を困惑する健三君に事細かに話した。
「そんなの俺だってわかんないっすよ」
「マジで」
頼みの綱が早くも切れた。
「だってこれは、国原自身の問題だからな。それに俺。恋愛経験ないし」
「えっ? ない?」
「ない。二度も言わせんな」
あ、ちょっと怒られた。というかそっち方面は仲間だったのか。悲しくなるからあまり触れないでおこう。
しばらく時間が経ち。
「うーん。とりあえず時間かけた方がいいんじゃないか」
「そ、そうですか」
健三君もやはり同じ考えだった。
その答えにシュンと気持ちが下がる大介。
「まあ。深く考えなくてもそのうちわかるって。それまでいつも通り接していた方がいい」
「いつも通りですか」
健三君の言葉に大介はどうも納得がいく感じではない。早く答えを求めている気がする。何故だ。
「どうしてそんなに焦っている」
「だって結局勘違いでオッケーして、勘違いで進行しているから、早く誤解を解いた方がいいのかなと思って」
なるほど。真面目だ。
真面目だから、泣きそうなほど真剣に考えている。
でもたぶん。勝手な推測だけど今回はこの誤解を解かない方がいいかもしれない。
「今回はすぐに解かなくてもいいと思う」
するときょとんと僕を見つめる大介と、うんうんと二回ほど頷く健三君。
「どうして」
「それは……。よく観察してみるといいよ。君の相方を」
「……ん?」
今度は大介の頭に明らかなはてなマークが出現したみたいだけど、やっぱりここからは気がついて欲しい。そうじゃないと大介のためにならない。
「ま、そのうちわかるよ。というかわかってやれ!」
何かやけくそになった。これは大介自身が気づかないといけない。僕たち外野はそれ以上のことはできない。
だとしても酷いな僕は。メグの告白の誤解を解いたのに丸投げって、身勝手だな。
隣の健三君に苦笑いを見せると、似たように乾いた笑いをしていた。
「……わかった」
今度は僕達二人が目をぱちくりとした。
大介はそんなすぐに納得するような心持ちではなかったよな。
「と、とりあえず、僕の気持ちがはっきりするまで、メグとはいつも通り接したら良いということだよね」
「ああ」
わ、わかっているみたいだ。
僕と健三君は互いに見合せた。そしてもう一度大介を確認する。
下を向きつつ、微かに肩を震わせていた。
僕はそんな大介の姿を見ると、やはり少しだけ申し訳ない気持ちになる。
「よし。じゃあどこか食いにいこう! 僕が奢るから」
「えっ?」
大介はパッと顔をあげた。
「こういう時は、皆で食べて色々発散しよう!」
「カゲルってそんな男らしい一面あるのか」
「心外だ! 僕だってたまにはできるから」
隣の健三君が一番目を丸くしていた。
大介は状況をつかめてないのか、顔をあげたまま呆けた顔になっている。
「大介! 何が食べたい」
「えっと、す、寿司かな」
「分かった!」
寿司かー。ちょっと値が張るな。
ほんのちょっとの心情の変化に気づいたのか、健三君がぽんと肩に手を置いて、ポケットから自分の財布を少しだけ見せてきた。
察しの良い奴だ。
「じゃあ寿司食べに行こう!」
「う、うん!」
「行こか!」
一年男子組は、大介の恋愛の成長を願って後期開始早々寿司を食べにいったのであった。




