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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『後期初日』 その2

 林道に入る手前の人気の少ない場所で遭遇した僕を尾行した人。

 正体は気の強そうな女性。イメージとはかなり違っていた。


「君がつけてたの?」

「ち、違う」


 女性は必死に首を横に振る。


「いや。そうやで。めっちゃ露骨に数谷君を見とったで。草から草の陰に隠れながら、あんな露骨な尾行は初めて見たで」

「う、うるさい!」


 ブンブンと腕を振るが、やっぱり男性と女性だと力の差で抵抗できないのか、しっかりとテンちゃんさんが止めている。


「どないする?」

「どうといいましても、正体が分かればいいですし、たぶん口を割らなそうですし」


 この手のタイプの人間は初めてだから、どうすればいいのかわからない。ただあまり強引なことをすると変な誤解を生むことになりそうだし、面倒ごとに巻き込まれそうな気もする。


「テンちゃんさん。離してあげてください」


 女性はパッと僕を疑うような目で凝視する。


「ええんか。また尾行されるかもしれないで」

「もう正体が分かりましたし、もしまた尾行されてもこの人だとわかっているので、そこまで気を張らなくてもいいですので」


 僕の説明に、ふむと少し考えるテンちゃんさん。

 本当は尾行を止めてほしいけど、強く言えない自分である。 


「数谷君が言うならええか」


 パッと手を離すテンちゃんさん。女性は少し戸惑った素振りをし、しばらく僕とテンちゃんさんを交互に見ていた。


「本当にいいのか」


 女性は自分の手首を掴みながら、怪訝そうな瞳で睨む。


「それ。あなたが言いますか?」

「いやなし! 聞かなかったことにしてくれ!」


 顔を真っ赤にしてから、踵を返して逃げるように去っていった。 


「変な人でしたね」

「そうやな」


 二人揃って女性の走り去る後ろ姿を眺めていった。



 昼過ぎ。

 大学の食堂にて、窓際のテーブルにて、僕のお気に入りの味噌カツ丼をじっくりと味わいながら食べていた。

 食堂内は賑やかである。夏休み明けなのか「久しぶり!」や「元気やった?」とか、久々の再会に喜んでいる人たちが多い。今までだったら、僕はこの空間の隅でひっそりと誰とも関わらず一人で静かにいたであろう。


「こんにちはカゲル」


 現れたのは一年で一番ジャグリングができるが、少し小心者である男性。大きめの緑のリュックサックを背負っていた。


「こんにちは。って何か変な感じだな」

「確かにそうだね」

「しかし珍しい。大介がこっちの食堂にあんまり来ないだろ」


 そう言うと、大介は一二度辺りを見回してから、リュックを床に置いて正面に座った。そして少し身を乗り出して口に手をかざして話す。


「簡単にいうと逃げてきた」

「え?」


 いつもと違いすぎる姿。逃げて来たとは……。まさか今日僕も尾行されていたから、その類なのか。大介の真剣さに困惑しつつも聞き返す。


「誰から?」

「メグから」

「……」


 僕が今真剣に考えた時間を返せ。

 さっき尾行された身としては、大介まで追われているとなるとかなり怖い話になるかもしれないと身震いしかけたというのに。


「ごめん。ちょっと待って」


 熱くなりかけた気持ちを少し冷やすために深く呼吸をする。

   

「どうした?」

「大丈夫だ。問題ない。で何でメグから逃げてるんだ?」

「単純に落ち着きたいと思ったからかな」

「いつも落ち着けていないのか」

「いや。そうじゃないけど、人間一息つきたい時はあるから」


 確かにそうだ。てるやん先輩達が執拗に押し掛けてきたりとかは、一人にさせろと思ったときもあった。傍から見てもメグの熱烈なアプローチは、凄いを通り越して鬱陶しいと思える。大介は大丈夫なのかと思っていたが、やはり多少はしんどいと思っていたのか。


「夏休みの間も毎日会っていたのか?」

「いや。会ってはいないけど、電話が凄くてね。毎日ひっきりなしにかかってきた。ちょっと強く言うと三日に一回くらいになったけど」


 強く言ったって、どんな風に言ったのだろう。

 この大介が人に向かって強く言うことはあまり想像がつかないけど、あのメグが少し控える程だから相当の物だったのじゃないか。気にはなるな。


「今日は電話は来たのか」

「今日は完全に落ち着くために電源を切っている」


 かなりストイックな手段を実行していた。大介のイメージが少しずつ変わってきているような、いや、これはメグによる影響なのかな。こう変わらざる負えない状況とか。全く別だが心なしか前よりはっきり話すようになっている気がするし。

 そう思うとふと気になることが出て来た。このタイミングだから訊いてみるか。


「単刀直入に訊くけど、大介はメグの事は好きなのか?」


 ムッと口を閉じて考え込む大介。


「ちょっと待って、すぐに答えられないかな。長くなりそうだから、ご飯買ってからでいい?」

「お、おう。いいよ」


 そういうとバックを横の椅子の上に置き直して、飯を買うために並んでいる列の最後尾に並んだ。僕はその行動の意図を考えてみる。

 好きか嫌いなのか、わかっていないのかな。


 数分後大介はトレーを持って歩いてきた。

 トレーの上には大きな皿の上にアツアツの白いご飯に、香り立つカレーの上に多きいメンチカツがのっていた。


「け、結構ガッツリ食べるのだな」

「うーん。最近お腹がよく減っていてね。何でだろう」

「それ僕に訊かれてもね」

「あー。そうか」


 考えるのを止めて、スプーンを片手におもむろに食べ始める。こういうところは、何か大介ぽいから少し落ち着く。

 大介がカレーを半分くらい食した後に、もう一度尋ねる。


「それで、メグの事をどう思っている?」


 大介は口にパクっとスプーンを咥えたまま、目線を少し上を向けて考え込む。


「んー。嫌いではないかな」


 嫌いではない。妙に含みがあるような言葉である。


「じゃあ。好きでもないのか」

「んー。というより、正直あまり人と関わってない僕にとって、あんな勢いで来る人間に未だに慣れていないから正直分からない。そして何でこんな僕に興味を持ってくれていることにも疑問が尽きないかな。ジャグリングやってても話しかける人なんていなかったし」


 どっちかと何故という感情が強いというわけか。


「ちなみ付き合ってと言われたら付き合うのか?」

「もう言われた」

「え?」


 耳を疑った。持っていた箸を落としかけて、慌てて掴み直す。


「何て答えた?」

「もう。付き合っているのかなと答えた」

「!?」


 ど、どういう意味だ。言葉の通りの意味か。それとも大介がはっきりと意味を分からずに答えているのか。


「ど、どういうこと?」

「だって、付き合いってこの部活に入ってから、もうメグとかもう色々付き合っているから、そう答えたんだけど。何でわざわざ言い直したんだろうと思っていたんだけどね。メグって変だね」

「……」


 これは間違っているのか。間違っていないのか。いや。これは勘違いしている間違いなく。これは同じ部活メンバーとして言ってあげるべきなのか。


「それ。いつ言われた?」

「夏休み入る前」


 となるとこれは、メグはこの差異に気づいていないということか、むしろメグはテンションが上がって彼氏彼女関係になっているが、大介はメグの事を特別とは思わずに、日常で付き合っているという付き合いでいるというわけか。きちんと言うべきか。いやたぶん気がつかないか。でも知らないのはメグが辛いが、いやでも今のうちに言うべきか、早い方がいいか。

 色々な考えが頭の中をぐるぐる回る。でもこれをこのまま勘違いしたままはやっぱり大介的にもあとあと苦労するかもしれない。


 考えた結果僕は同じクラブメンバーとしてはっきり言うことに決めた。

 僕は箸を置いて、椅子にきちんと座って体を大介の正面に向ける。


「大介。その付き合ってあれだ」

「ん?」

「彼氏彼女関係になりたいっていう意味だ」

「ん……。えっ?」


 僕はたぶん忘れないだろう。あんなに驚きに満ちた大介の表情を。

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