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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『夏合宿!』 その8

 自由練習時間。

 僕はボールの練習をしていた。

 黙々と。黙々と。黙々と。

 でもちょっとだけ、心がほのかに温かい。ほんのちょっと浮かれている。その気持ちを紛らせようと練習し続ける。

 ポトッ。

 ボールを落としてしまう。

 集中力が足りないな。

 一個ずつボールを拾っていく。

 まだ消えない。

 何でだろうな。

 別のこと考えようか。

 いやいや、練習しろ。

 右手にボールを三個持ち直し、ふわっと一個ずつ上に投げる。

 宙に浮いているボールを眺め、ふと。先日のことを思い出す。このボールどうして消えていたのかな。

 よくわからず、また気味が悪かったから、考えるのは後回しにしていたけど、どうして僕の目の前から一時的に消えていたのだろうか。

 そしてカスミン先輩も自分のボールを消えていたみたいだ。

 だがカスミン先輩と練習をしたあとすぐに見つかった。いや見つかったというより、現れたと言えばいいのだろうか。

 先輩も今自分のボールを持っているから、見つかったのだろう。

 どういう風に見つかったのか、こっちから訊いていないから分からない。

 アレは何だったか。

 分からない。誰かがとって誰かが置いたのか。先輩たちの悪戯か。

 てるやん先輩の悪戯の可能性も否定できない。でもそんなことできるのだろうか。確信はない。現に不法侵入を繰り返すてるやん先輩とエリ先輩。

 だがジャグラーとしてはしっかりとやってきている先輩が人の道具を取るとは僕は思えない。

 人に迷惑をかけるが、ジャグリングに関しては紳士だと思っている。

 そんな人が他人の道具に無断で手をかけるだろうか。

 そうは思わない。

 だったら、何だったんだろうか。

 ポトッ。

 またボールが床に落ちる。

 そしてコロコロと僕から離れるように転がっていく。

 慌てて追っかけていく。

 すると、転がった僕の青いボールの上から一つの手が伸びてきた。

 前に垂れたポニーテールの先を、左手で後ろに流し上げながら、右手でボールを拾い上げた。


「はい。ボール」

 

 アヤメ先輩が差し伸べたボールを、僕は上からつまむように持ち上げて受け取った。

 

「ありがとうございます」

「どうした? 複雑そうな表情しているけど」


 僕の目を見て答えを求めるアヤメ先輩。

 察しがよろしい。

 答えるべきか、否か。


「もしかして、カスミンと一緒に演技できたことを喜んでいる?」

「!?」


 察しが良すぎる。

 今僕、どんな反応したんだろうか。

 でも変なことしたらバレる。


「そんなことはないです」


 全神経を使って、図星となるような反応を全て押し殺して、平然を装って澄ましたように答えた。

 ふと若干デジャブな光景を見たようなと頭を過ったが、まあ気のせいか。


「そう。なら。何か悩んでいる? あれかな、ボールが消えたこと?」


 僕の心の穴を覗くような秘密道具でも隠し持っているのではないか、そうバカなことを思ってしまう程観察眼が鋭い。この人には嘘はつけなさそうだ。


「そうですね。やはり気になってしまいますね」

「そうだよね。突然消えるなんてね。困るよね」


 困る? 

 確かに困るが、それ以前に驚く箇所があるのではないか。いやそういやあの時のアヤメ先輩は、やけに冷静だった。

 慌てていたからあまり気付かなかったけど、反応が少し違うのは何故だろう。

 アヤメ先輩の姿を見るが、至って自然体だな。

 仕掛けてみるか。


「案外驚いていないんですね。昔に経験でもあるんですか?」

「さあ?」


 ニッコリと笑う。

 絶対言う気が無いな。

 ただ否定しないということは、何かを知っているな。ただうまく聞き出せるような言葉と材料は持ち合わせていない。

 元々会話得意ではないし。


「素直に答えてくれなさそうですね」

「まあ。すぐに教えても面白くないし、それにこれはたぶん後々分かるから」

「ということは、とりあえず何か知っていることでいいんですね」

「さあ?」

「『さあ』と言いたいだけでしょ」

「バレた?」


 ホント意味が分からない。というかここまでお茶目だったかこの人。

 まあいいか。

 何となくわかった上に、少しだけ気が楽になったか。あと先輩のおかげで冷静になれた。


「それはさておき、練習はしないんですか」

「あ、勝手に置かれたか。見回り。主にあの二人が暴走しないかの確認」

「なるほど」


 といって、すっと目を横に動かして、二人を視界に捉える。てるやん先輩はフラワースティックをクルクル回して練習し、エリ先輩はリングを真面目に練習している。


「あれ? 真面目にやってますね」

「そうだけどよく見て」


 その二人の視線の先には、カスミン先輩とその後ろにピタッと貼りついている日暮顧問。

 蛇がカエルを食べようと機会を伺っているみたいだ。静かな睨み合いが続いている。


「何ですか。あの奇妙な冷戦は」

「あの顧問、めちゃくちゃいじられるからね」

「苦労してますね」

「でも、ああ見えてスペック高いからあの人」

「そうなんですか」


 スペックが高い。一体何のスペックが高いのだろうか。ジャグリングの技術か。それともなんだろうか。


「アヤメ先輩! アヤメ先輩! できたっす! できたっす!」


 健三君がポイをぎこちなくバタバタと振り回しながら走ってきた。


「健三君ってプライベートでもあんなに元気なの?」

「さあ?」


 軽く肩を上下させてみせると、アヤメ先輩は目を丸くする。


「カゲル?」

「アヤメ先輩、次教えてください!」


 さっと割って入ってくれた健三君。


「はいはい。暴れずに、落ち着いてもう一回やって」

 

 僕は静かにその場から退場する。

 おかげでこれ以上の追及をされなくて済みそうだ。ナイス健三。

 仕返しのつもりだったが、一瞬「こいつ!」と言わんばかりの瞳をしていたから、ちょっとびっくりしたが、たまに仕返しをしたってバチは当たらない。

 やられっぱなし嫌だからな。

 さて練習するか。先輩たちに追い付くためにも。

 すっかり心が落ち着いた僕は、スッとボールを投げ上げた。 


  

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