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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『夏合宿!』 その6

「お久しぶり! みんな元気だったか?」


 テンション高く挨拶している顧問。

 だが椅子の上に乗っているせいで、いかにもシュールな光景だ。

 今日は体育館で丸一日貸し切っての練習である。

 部活動禁止を言われてから、初めての大規模な練習である。本当は禁止の最中は活動できないんだけど、知り合いとの旅行がてらと言えばいいし。それにこれ以上練習しないわけにもいかない。文化祭までに間に合わさなければいけない。だから少し強行みたいな形で練習に踏み切った。


「元気やで! そっちも元気に小学校に通っていたのか?」

「そうそう。ピンクのランドセル背負っていて……。ってちがーう! 私あんたより年上だ。アフロマン!」

「じゃあ。何歳だ?」

「28だっ……って何言わせてんの!?」


 てるやんとのコント劇場。

 見るのは半年ぶりかな。一層賑やかになりそう。

 あとは酒癖だけ何とかなればいいんだけどね。


「あのー。すみません。盛り上がっているところ悪いんですけど、どちら様ですか?」


 リナが申し訳なさそうにスッと手を挙げていた。


「あ、そうだね。一年生の人は初めてだね。私はオタマジャクシズ顧問の日暮ひぐらし明日香あすか。ちょっと仕事で半年ほど海外に行っていてね。つい二日前くらいに帰ってきたんだ。これから面倒見るからね。よろしくね」

『よ、よろしくお願いします』


 後輩諸君は各々挨拶をする。だが顧問というにはかなりイメージが違うから戸惑っているように見える後輩たち。


「見るじゃなくて、見られるじゃないのか?」

「そうでござるな」

「そうだな」

「はい。そこ三人うるさいよ!」


 三人は獲物が増えたと言わんばかりににんまりとしている。

 まあ。エスカレートしたら私が止めるとしようか。


「んで、今日は何の練習するのカスミン?」


 不意に私に話を振る。相変わらずマイペースなことで……。

 と思っていたのだけど、よく見たら私を見ている顧問の表情がとても引き攣った顔をしている。あの三人にいじられるのを早く逃れたい。そんな表情であった。

 助け船なのね。


「まずは、亀山田君への道具紹介だね」

「おう。そうだな」

「そういや。そうでござるな」


 何だろう。さっきよりテンションが低く、妙な萎縮をしているてるやんとエリ。

 カゲルの時は、かなりノリノリだったはずなんだけど。


「おおう! マジっすか!? 見たいっす! 早く見たいっす!」


 対して超ハイテンションの亀山田君。宝箱を開けるような子供の目をしている。

 ふむふむ。なるほどね。


「てるやん最初ね! フラワースティック準備して。あとは適当に自分の道具準備して!」

「ふぇ! 俺?」


 自分で自分を指差して驚く。なんか面白い。


「どうしたの?」

「いや。いや別に」


 ブルブルと顔を横に振り、何かぎこちなく歩き始める。


「先輩の演技みれるっす! 楽しみっす!」

「お、おう」


 緊張しているてるやん。純粋な期待に慣れていないのか、それとも眩しすぎる眼差しは苦手なのか。まあ私からしても亀山田君の純粋な期待は緊張する分類に入りそうだから、わからないこともないかな。


「確かにあの視線は緊張するなあ」


 隣にいたアーヤも「うんうん」と頷きながら、亀山田君とてるやんを交互に見つめる。


「アヤメもそうなの?」

「そうだね。例えるなら子供の眼差しかな。その夢を壊さないようにしないといけないし」

「確かに」

「期待って嬉しいけど、時には重圧になるからね。される側にとっては厄介だよ。期待って表裏一体だから」

「経験あるのね」

「そりゃね。だからまだまだ人前の演技の経験が浅いあの三人と、一年には良い経験の機会になるよ」


 アーヤが言うなら、この方法は案外よかったのかな。


「あれ。私は?」

「カスミンは子供相手好きでしょ? 子供じゃなくてもあんな視線好きなタイプでしょ」


 相棒は私の性格を半分は見抜いていらっしゃる。


「でも、好きでも緊張するよ。特にあそこまでの期待だと」

「まあ。確かにあの視線は怖い。でも前のゲリラ演技がそれほどの良かった演技だから、あれほどの期待を持ってくれたのじゃない?」


 そうか。そうだよね。だから亀山田君は来たんだよね。

 私は出演できなかったけど、見ている私も一番よかったと思う。

 チラッとアーヤを一瞥すると、さっと視線を逸らされた。

 珍しくベタなミスをしたみたい。

 アーヤも完璧ではない。それもそうか。でも気にしてくれてはいるんだね。

 気にするなと言ったのにね。


「ふふ」

「何?」

「何にもない。さあさあ。私たちも準備するよ」

「私もやるの?」

「そりゃそうでしょ。ブランクあるんだし」

「そ、わ、わかった。って何の道具やればいい?」


 そういえば、決めていなかった。

 どうしようか。てるやんが「フラワースティック」で、エリとリナが「リング」で、耕ちゃんとメグが「ディアボロ」で、大ちゃんが「シガーボックス」で……。


「ボール。三人いるけど」

 

 アーヤまでボールをやる気だったのかな。というか、アーヤのできる範囲の道具を私はまだ全部知らない。

 

「ボールはカゲルに任せて、私はクリスタルあるし、アーヤは何できるの?」

「ずいぶん投げやりだね」

「彼も慣れないとね」

「ほうほう」


 何か含みのあるような言葉。それに妙な視線。

 ムスッとした顔をお返ししてやる。


「まあいいか。んー。一応ある程度の道具は一通り基礎技は見せれるけど」

「え? マジ?」


 一緒に暮らし始めて一年と五か月経っての衝撃である。

 若干そうではないかと思っていたけど、いざ言葉にして聞くとかなりの衝撃である。

 気がつかなかった私にも問題はありそうだけど。


「じゃあ。余ってるの全部やって!」

「言うと思った」


 あら、もう予想されていましたか。


「理由も分かる?」

「そりゃね。お気に入りの道具の選択肢を増やそうという魂胆でしょ」

「ご名答」


 流石アーヤ、私がビシッと指さすと、やれやれと首を横に振る。

 

「わかった。部長の命令とあれば」

「えー。何か受動的発言だね」

「だってもう少し、手の内隠したかったから」


 口をすぼめるアーヤ。

 理由がなんか可愛い。

 アーヤらしいと言えば、アーヤらしいかもしれない。 


「ふふ」

「今度は何?」

「何も?」

「ちょっと。ちょっと。何いちゃついてんの」


 気がつくと日暮顧問が目を真っ赤にしてズズイッと顔を寄せている。


「ど、どうしたんですか」

「さっさと準備して、みんな待っているから」

「あー。ごめんなさい」

「それと後ろに隠れ差して!」


 すっと私の背中に引っ付く様に身を潜める。正面を向くとささっと顔を逸らすてるやんとエリ。

 あー。どうしようかな。またあの辛い飲み物でも飲まそうかな。


「相変わらずだね。あの二人」

「顧問もしっかりと顧問っぽくなれないのですか?」

「したいのは山々だけどね。やっぱり威厳が無いのかな」

「苦労しそうね」


 アーヤが呆れた表情を浮かべつつ、道具を取りに歩いていく。


「分かりましたから、とりあえず私の演技の時はアーヤの後ろで、それ以外はとりあえず私の後ろにいていいですから」

「本当に助かる」


 色々面倒な顧問だ。けどこの顧問がいなかったら、この部活も立ち上げできなかったかもしれない。

 それに私もこの姿だったら苦労したかもしれないし。

 

「とりあえず頑張ってください」

「努力はしてみるよ。またこっち来る可能性120パーセントだけど」

「何度でも来ていいですが、もう少し下げてください」

「うー。努力する」


 ピタッと背中に貼り付いて唸っている姿は、子供っぽいな。

 何か年の立場が逆かな。

 姿以外はかなりハイスペックなはずなんだけど。

 できるだけフォローはしておこう。

 

「とりあえずてるやん! 思い切りやっちゃって!」

「おお。わかった!」

「てるやん先輩お願いするっす!」


 亀山田君が始まる前から拍手までしている。

 対してぎこちないてるやん。ちょっとプレッシャーをかけすぎたかな。

 とはいえ言った私も一度挫けている。だからあんまり悠長に見ている訳にもいかない。

 今回はクリスタルだから、それに練習だからね……。


「……」


 サッと頭に過る自分が舞台に崩れる姿。

 何だろう。急に緊張してきた。

 心臓がぎゅっと締め付けられるような感じ。

 忘れていたはずなのに、引きずっているみたい。

 今回は亀山田君一人のはずなのに、どうしてここまで緊張しているのか。

 これがトラウマ……。


「あのー。カスミン先輩?」


 スッと右に振り向くと、カゲル君がボールを三つ持ったまま、心配そうに覗いていた。

 私はすぐに元の表情に戻す。


「えっと、どうしたの?」

「健三君への道具紹介。僕がボールをやったらいいですか?」

「うん。そうだね」

「了解です」


 一度は納得したようだが、口をもぞもぞさせているカゲル。

 何か言いたそう。ちょっと待ってみよう。

 だがそんなに長く待つことなく、カゲルはもう一度口を開いた。


「実は健三君にはある程度ボール技見せているので、できることなら他の技、パッシング技か、カスミン先輩の技を見せてほしいんですけど、一緒に演技していただけませんか?」


 ちょっと落ち着かないのか、左手が握ったり開いたりと遊んでいるカゲルである。

 けどその姿に、少しだけ私の心が落ち着いた気がした。


「いいよ。やろうか!」

「ありがとうございます」


 カゲルはホっと胸を撫で下ろした。

 けど助かったのは私の方。

 私もまだまだね。特にあの時からまだ先輩らしいのを見せられてないみたいだし。頼ってくれるならそれなりに頑張らないとね。

 カゲルのちょっとした行動に、元気をもらった私だった。   

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