『夏合宿!』 その5
夜静まり返った大広間の和室。
男子五人は布団を並べて敷いて、雑魚寝しているのだが……。
「グガー。スピー」
ものすごいイビキだ。
原因は想像通りのてるやん先輩である。
あと。寝相が悪いらしいが、そこは耕次先輩の体型ガードによって一年エリアへの侵入は阻止されている。
だが、結局イビキの声が大きすぎてどうしようもない。
(ね、眠れない)
仕方なく起き上がる。
耕次先輩は仰向けで静かに眠っている。
健三君もどうようである。
大介は小さく丸まったように眠っている。
性格が出るみたいだ。概ね想像通り、健三君だけがちょっと違ったかな。
どうしようか。
外で練習でもするか。
一時間位すれば眠れるはずだ。
ボールを持ち出し、抜き足差し足とみんなに気がつかれないように部屋を出た。
旅館を抜け出して向かった先は、今日昼間にいた海岸である。
今宵は満月である。
いつもより明るい。そして見渡しやすい。天然のスポットライトとまではいかないか。
街灯とでもいえばいいのかもしれない。
まあ。ボールは視認できるからいいか。
とりあえずミルズメスとピルエットの練習かな。まだ形も悪いし。ピルエットは今ある持ち技の唯一のフィニッシュ技だから、成功率あげておかないといけない。終わり良ければすべて良しという言葉も、あながち間違いではない。
練習内容を決めて、いざ始める。
最近安定してできるようになったミルズメスだが、先輩みたいに綺麗な形からは程遠い。
先輩のはなんというか生き物みたいにぬるぬるとボールが流れているように見える。
やっぱり慣れかな。
そういうことなのかな。
と、考えつつボールを投げて捕ってを繰り返す。
そしてボールが指からこぼれ落ちる。それを拾ってまた投げる。やることは地味だ。
舞台での華やかさと比べたら全くもって地味である。
華やかといっても僕はまだそのレベルに達していない。前回は先輩たちの場を暖めてくれたことによる影響だ。
自分個人だとあの雰囲気をだすことはあり得ない。
だから練習はしないといけない。
あの舞台に胸を張って立つなら……。
練習を続けよう。
1時間後。
砂浜の上にドサッと仰向けに寝転んだ。
あんまり変わった気がしない。
そういうものか。
急に劇的に変わる方がおかしいか。
そうなりたいけどな。
結局はこれの繰り返しか。
んー。やっぱり地味だ。
でも、大学祭までには少しでもマシにならないとな。
あと新しい技も覚えないと。
明日の練習、カスミン先輩に教えてもらわないと。
頭のなかで明日の目標を決めて、ムクッと起き上がった。
(よし。帰ろうか)
旅館に戻るために、堤防横の階段に向かって歩きはじめる。若干の疲労感があるから、多分眠れるだろう。
「ヒック!」
何だろう今しゃっくりのような音が聞こえた気がする。
気のせいか。
「ヒック!!」
あ。気のせいではなく本物だ。でもどこにいるのか。
歩きながら周囲を確認するが、全く姿が見えないでいる。
でもこういうのは飲み潰れたおっさんとかで、機嫌がかなり悪い上に関わったら面倒だから、関わらない方がいい。
何も気がつかなかった様に帰ればいい。
そのまま歩き続けた。
「フギャ!」
「うわ!」
明らかに何かを踏みつけ、驚きのあまり転びそうになった。
何とか踏みとどまり、踏みつけた場所を見つめる。
「おいおい。に~ちゃん。何してくれてんだあ~」
これは本当なのだろうか。
「何だんまりしてんだー。か弱き女性を踏みつけておいて、謝罪の一言もないんかーい」
今、僕の目の前に見えるのは、背の低い女の子だと思う。
その女の子が酒に顔を真っ赤にして、一升瓶を両手で抱えているって。
これは大丈夫なのか。
「あー。すみません。よく見えてなかったので」
「誰がチビだと!」
言ってない。言ってない。
ありもしないことでめちゃくちゃ怒鳴られた。
「あんたさあー。いい年して、チビとかガキみたいな言葉を使うんじゃねえ。それに私は28。ガキじゃねえんだ」
「にじゅうは……」
ヒックとまた一つしゃくりをする。
嘘だろ。僕より年上、いや先輩達よりも年上だと……。
どうみたって中学生か小学生に見える。
「なのに、みんなにはガキとか言われ、深夜出歩いたら警察に職務質問されて、免許見せたら驚かれ、偽装じゃないかと言われて、挙げ句の果てには警察署に連れていかれて、何回親を呼び出してしまったことか……」
うあー。その身なりなら仕方ないと言いたいが、そう言えない。
簡単にまとめようにも、あまりにも苦労過ぎる。
「ふぁ。笑ってしまうよ」
いやいや笑えない。
僕が酔っていたら笑い話になりそうだけど、素面の僕には笑えない。
「大変な生活ですね」
「そうなんだよ大変なんだよ。なのに格好でしか見られないし、変な輩に後をつけられたこともあるし、何か無駄に可愛がられるし、大人として見てくれないし。唯一の得は映画館を子供料金で入られることぐらいだし」
そこかい。まあ。それもありではないが。
グスンと鼻をすすって、真っ赤になった目を僕に向けてくる。
「に~ちゃん。どこか眠れるところないか。あたしもう、眠……」
瞼がストンと落ちてグカーと大きな寝息を立てて眠ってしまった。
体を揺するが全く起きる気配がない。
困ったことになった。
このまま放りっぱなしはできないし。
旅館に連れていっても、お金払えるのか。払えるとは思うけどこの人。
誰かに相談しようにもみんな寝ているだろうし。
考えた挙げ句、旅館に連れて行くことにした。
「あらまあ。どうしました」
旅館に着くとたまたま起きていたのか女将さんがいた。
「夜出歩いたら、女性が酔って路上で眠っていたので、危ないので連れて来ました」
「あら。それはそれは大変なことで、って子供?」
「いやー。姿が子供でも大人らしいです」
「えっ」
ポカンと口を開けて、数秒程固まった女将さん。
「わかりました。多分まだ空きはありますので、そこにどうぞ」
「すみません。ありがとうございます」
流石にプロなのか、すぐに応対してくれ、部屋に案内された。
廊下を歩いていく途中で、横の扉が開く。
「あれ。カゲル?」
白の浴衣姿のカスミン部長が、目をこすりながらウトウトした表情をして出てきた。
髪が真っ直ぐに下りて、腰ぐらいまで伸びていた。
「あ、部長、実は」
「あっ」
眠気眼だった部長の瞳が少しずつ開いていき、瞬きを二回パチパチとした。
「日暮顧問?」
唐突に知らない名前を挙げられた。
「知り合いですか?」
「知り合いもなにも、オタマジャクシズの顧問!」
「……えっ?」
本当なのか。いやー。寝言の可能性もあるが、この反応と名前をいっている感じは嘘でもなさそう。
でも本当にそうだとしても、顧問何やってんだよこんなところでと突っ込みたい気持ちを押さえきれないでいる。
「そうだよぅ。私はジャグラーの顧問弁護士だよ」
むにゃむにゃとモゴモゴと口を動かしていた。
「マジですか」
「信じられないけど、そう」
何とも言えない空気になった。
こんな人が顧問と言う衝撃と、部長の申し訳なさが絡まった微妙な空気。
そんなことはいざ知らずすやすやと心地良さそうに眠るオタマジャクシズ顧問であった。




