『夏合宿!』 その3
「カゲル! トス!」
「はい!」
ふあっと僕が上げたボール。
亀山田君は軽く飛び上がり、そのままボールを上から叩きつけた。
メグの横を通過してそのままコートに入っていった。
「ゲームセット! 数谷、亀山田チームの勝ち!」
ほぼ亀山田君の活躍で勝った。
僕は基本的にトスしかしてない。
亀山田の動きを見ていると何かしらの運動をやっていたのかな。
まあ相手もそんなに強くなかったし、メグはそれなりに動いていたけど、大介が滅法運動弱かった。
まあ運が良かっただけが。
「じゃあ。負けたチームはお茶飲んでください」
「え。いやだ! 大ちゃん飲んで?」
「酷い! メグも飲まないと僕飲まないよ」
「ううっ。わかったよ」
折れるの早いなメグ。大介の説得だと秒もかからないな。どこまで溺愛しているのかな。
トボトボとパラソルの所まで歩き、二人揃って例のお茶が入ったコップを受け取った。
一度瞬きをして確認し、そして目を合わせてから一緒に一気に飲み干した。
「にっにがい!」
「うぎゃあああ!」
メグは背を向けて座り込んだ。
大介は余りの衝撃に倒れていった。
「だっ。でっ。でぃーちゃん! にっ。にっにがい!」
メグは回らない舌で大介を呼びなから、大介の両脇を掴んでズリズリとシートの上まで引っ張っていった。
飲みたくないな。
「続きまして! 第二戦! サークルイチの変人とサークルイチの力持ち! てるやん! 耕ちゃんペア!」
「ウオッシャーって変人ってなんやねん!」
「まあ。間違っていないが」
「っておい!」
真っ黒に焼けた耕次先輩の腹筋に思いっきり突っ込むてるやん先輩。
「って。いてえ!」
「おお。すまん」
とても固かったのか、痛そうにパタパタと手を振るてるやん先輩。
どれだけ頑丈な体つきをしているのだろうか。
まあ。耕次先輩は見た目だけでボディビルダーと何や遜色ないから、あり得るのか。
それに二メートル越えているからな。腕を伸ばしただけで手がネット越えるから反則だな。
「対するは、サークルイチいじり好きの二人組。アヤメとエリペア!」
「カスミン。いじり好きって!?」
「心外でござる!」
抗議の言葉と視線を部長送る二人だか、事実なのはかわりない。
というか本人以外は納得の紹介だと思っている。
エリさんは、格好からしてどこかのビーチバレー選手と言われても納得できる姿だな。
アヤメ先輩は短パンとゆったりとしたTシャツだった。
「あの二人ってそんなにいじり好きなのですか?」
僕の隣に座っている健三君。
「まあ。そのうちわかるよ」
「そうなんですね」
今はそう言うしかない。
あのいじりは見ればわかるし、体験した人間には正直悪魔としか思えない。慣れてきたらそのうちわかるだろう。
視線をコートに移すと、アヤメ先輩とエリ先輩がにんまりとした表情でこちらを見ていた。
ブルッと背筋が寒くなった気がした。
もうあの二人を妖怪認定しようかな。
じゃんけんの結果、サーブはアヤメ先輩のチームからになった。
「では、初め!」
「いくでござるよ」
エリ先輩は助走から一気に飛び上がり、腕がしなるように回り、そしてドンという強烈な音から、鋭いボールが飛んでいった。
「いくぜ。俺が止めてっ!」
てるやん先輩はもうボールの着地点にいた。手を出してボールをレシーブする。
「え?」
だが上手く行かずに、てるやん先輩の体は後ろに仰け反り、ボールは右後ろに吹っ飛んでいった。
「私を舐めてもらっては困るでござるよ!」
ふんと。鼻息をひとつして腕を組んで胸を張るエリ先輩。
格好だけじゃなくて実力も折り紙つきだった。
「スゲーな」
「すご!」
僕ら二人は口を開けたまま、唖然としていた。
「てるやん。次は俺がレシーブするからトスを頼む」
「おっ。おう」
部活屈指の筋肉を誇る耕次先輩が、エリ先輩を見つめたままコートの真ん中に構える。
表情はいたって普通だが、さっきとは全く違う威圧感を放っていた。
「いいねえ。耕ちゃん。そうこないと」
エリ先輩がにやりと笑う。
エリ先輩はもう一度ボールを受け取り、じっと構えて目を閉じる。
じっと止まって深く呼吸をする。
そしてカッと目を開いたあと、長く助走し大きく跳んだ。そしてサーブを放った。
ボールは緩く曲がりながらコートの隅に向かって飛んでいく。
「ふん」
耕次先輩が一歩で追い付き、大木のような腕を伸ばして、ボールを捉えた。
ボンという鈍い音の衝撃と共に、高くボールが上がった。
「てるき!」
「おっけ」
てるやん先輩はボールの着地点に立っちトスをする。そしてそのボールに向かって高く飛び上がる耕次先輩。
ネットより遥かに高く上がった地点から打ち込もうとする。
だか同じ高さまで飛び上がりブロックしようとするエリ先輩。
「ぬお!」
耕次先輩は打つ瞬間ギリギリで体の向きを変えて、エリ先輩のブロックからかわしてボールを打った。
これで決まったかと思った。
「全く私を忘れないでほしいねっ!」
耕次先輩の放った高速のスパイクの正面にアヤメ先輩がもう構えていた。
そしてボールの衝撃で体をぐらつきさせながらも綺麗にレシーブして返した。
「ナイスアヤメ! 行くよ!走って!」
「全く人使いの荒いことねっ!」
エリ先輩のトスに合わせようと、助走を開始するアヤメ先輩。
そして流れるような動きで走り、そのまま飛び上がる。
それと同時にアヤメ先輩の手に吸い込んでくるように飛んでくるボール。
タイミングが完璧だった。
余りの早さに耕次先輩てるやん先輩は反応できず、ボールはコートに叩き込まれた。
「スッ。スゲー」
本当にジャグリングクラブの先輩なのか。
むしろ絶対に運動をやっている人の動きだ。しかも絶対に県大会より上のレベルだ。
本当にあの二人妖怪だなと心から思った。
結果。アヤメ先輩とエリ先輩の勝利に終わった。
苦いお茶を一気に飲むてるやん先輩と耕次先輩。
「んー? 苦いな」
「確かに苦いが」
思ったより反応が薄い二人に、カスミン部長はトントンと肩を叩いた。
今度は部長の手には真っ赤な液体が入ったコップがあった。
「君たちはこれね?」
「え? マジっ」
「うぬ」
フフっと笑いながら、押し付けるように渡した。
「いや待てこれは、何の飲み物だ? 何で地獄の沼みたいなやつみたいにふつふつとしている」
「細かいことはいいから。後輩たちに勇姿を見せなさい」
「ちょっと待てお前は飲んだのか?」
「私はなんともなかったよ」
えっへんと腰に手を当てて胸を張る部長。
「てるやん。カスミンの舌は次元が違うから当てにならんぞ」
「ちょっと耕ちゃんどういう意味」
「ああ。わかったよ」
カスミン部長の不満を無視し。
もう諦めた先輩二人は、コップを力強く握りしめ一気に飲み干した。
「かっ。かっ。からあっ!」
「ぐっ。げほっ。これはきつい」
てるやん先輩はともかく、あのいぶし銀の耕次先輩ですら、むせ返すって怖いな。
二人ともひーひーと行って、近くに置いているペットボトルの水を流し込んでいた。
「それじゃあ。罰ゲーム終わりましたので、決勝戦を行います!」
その言葉を聞いて僕たちは、コートに立っている二人を凝視した。
そしてにやりとした笑み、いや悪魔のごとき微笑みを見せつけられた。
察した。こりゃ無理だと。




