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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『夏合宿!』 その1

 ガタンゴトン。ガタンゴトン。


 電車の車輪と線路のレールとの接触音が、いい耳心地である。

 外は青々とした海が広がり、潮風が吹き込み、潮の香りが鼻をつつく。

 眺めは絶景でのんびりと窓枠に肘をつけて、静かに優雅に眺めてみたいと思う。

 だけど……


「ウォッシャー! 海だ!」


 窓を上に開けて、海に向かって叫ぶてるやん先輩。

 アフロが窓枠に引っ掛かって変な形になっている。

 もうこの時点で自分のアパートにいるみたいな感覚だ。


「てるやん。いい年して子供っぽい」

「俺まだギリ十代!」

「いや見た目がおっさん」

「いいじゃねえか。心は若くて。ってお前もめちゃくちゃ目光ってんじゃねえか」


 てるやん先輩をあしらうエリ先輩は、外に体半分以上身をのりを出して、海を凝視している。


「私はいいでござる。年相応!」

「言葉が年相応じゃねえ!」


 窓外で身を乗り出して言い合う二人。とりあえず木とかぶつからないように注意してほしい。

 本当にテンションが高いことで。

 

「泳ぐか」

「耕ちゃん早い」

「大丈夫だ。着いてからにする」

「勢い余って隣の島まで泳がないでよ」

「……努力はする」

「え。昔やったの?」


 冗談で言ったつもりのアヤメ先輩が、飲みかけのペットボトルに手を伸ばしたまま固まる。

 言われた当人は特に何も変わらず、腕を組みながら海を眺めている。いぶし銀な表情は変わらないが、たぶん胸が高鳴っているのだろう。


「じゃあ。大ちゃんも泳ごう! 島まで」

「じゃあって、そんな簡単に。いやその前に死にますよ」

「大丈夫! 大ちゃんならできる!」

「無茶苦茶ですって」


 メグは相変わらずだ。そしてアタフタする大介。この光景はもう見慣れた。メグが早く成就する様に願うが、大介の性格はかなりの壁だろう。

 でも前よりは打ち解けているのかな。


「海か」

「え。どうしたの。あまり浮かないけど」

「日焼けが苦手なんですね」

「ああ。分かる。日焼け止め塗ってもね。結局焼けてしまうから」

「そうなんですよ。それにめっちゃ肌が真っ黒になるんです」

「あら」


 僕の前に座る二人、カスミン部長とリナは仲睦まじく話をしている。まあ内容が日焼けだけど。

 女性にとっては日差しは天敵らしい。

 僕はあまり気にはしないからいい。

 僕は赤く焼けるより、黒くなる方だからヒリヒリする痛みは少ない方だし。

 夏の日に一日外を歩いただけで顔が真っ黒になり、「別人だ」と親が驚いたのだ。

 だから僕も先輩にイジられるかもしれないと思うと、その点は不安材料なのかもしれない。

 けど同年代と行く海は初めてなので、楽しめたら良いと思う。

 それにもう一人増えたし。


「何かワクワクするっす! こう憧れた人達のジャグリングの風景が見れるのが!」


 隣で両手をガッツポーズさせて、みんなと違う意味で目を輝かせているのは、最近隣に引っ越してきた亀山田君である。

 ほとんどの人が初対面という状態で、緊張しているかと思ったが、そんな心配など一ミリも必要がなかった。

 合宿をするという話を電話で聞いている最中に、たまたま隣にいた亀山田君が聞いていて、「ものすごく行きたい」と猛烈なアピールをしてきたのだった。

 その勢いに負けて、見学に連れて行っていいかと部長に提案をしたらあっさり快く承諾してくれた。

 それによりオタマジャクシズに同行することになったのである。

 簡潔に言うとこの様な流れである。

 それでもう一つ疑問に思うことがあることだろう。

 今「オタマジャクシズ」は活動停止処分の真っ最中である。合宿も正直マズイのではないかと思っている。

 だが部長は「友達同士の旅行と称すればいい!」と言う理論で押し通すらしい。

 かなり遠出なので、たぶん教員とかに出会すこともないと思いたい。


「カゲル! やばい。テンション上がりまくって、夜まで持つかわからんっす」

「最終日になって気怠そうな顔にはなるなよ」

「努力はするっす」


 ムフッと鼻息まで鳴らす。本当にテンションが上がっている。

 まあ。あの演技を見て憧れを持ってくれているから、その気持ちは分からなくもない。 

 僕も今でも先輩の演技への憧れは変わらない。 


「カゲル。そろそろ紹介してくれるかな」


 向かいに座るリナが目で亀山田君に仕切りに視線を送っていた。


「分かったよ」


 チラッと隣を確認すると、きっちりと両手を両膝に置いて背筋を伸ばし、準備万端だった。


「こちらが僕の隣の部屋に引っ越してきた亀山田健三君です。年はリナと同じで、あのゲリラパフォーマンスを見てくれて、興味を持ったそうです」

「亀山田健三でっす! 今日はよろしくお願いしまっす!」

 

 ものすごくハキハキした声で、勢いよく頭を下げた。

 余りにも勢いがありすぎて、リナと横の部長も一緒に目を丸くしている。

 僕も少し気圧されかけた。


「えっと、頭を上げてください」

「はいっす」

 

 部長が声をかけると、ギュンっと頭を上げると、亀山田君は今にも飛び出しそうな瞳のキラメキで二人を見つめる。

 リナは何から話そうか困っているのか、僕を一瞥する。


「亀山田君ですね。私はオタマジャクシズ部長の白峰カスミです」

「部長さんですか! あの、何もない所から出現するマジック凄かったです!」

「!!」


 口から出てきそうだった感動詞を、口の筋肉の全てを使って寸での所で飲み込む。

 言った本人は全く悪気はない。

 むしろそういう誤解で済むならそれでいい。

 でもカスミン部長はそれで大丈夫だろうか。視線をゆっくり部長に移す。

 部長はキョトンとした表情をしたあと、一瞬天井に視線を上げる。


「そう。ビックリした?」

「ビックリしたっす! 無茶苦茶凄かったっす! もう何か言葉にならない衝撃が走りましたっす!」

「そう。それは良かった。頑張った甲斐があったよ」


 ニッコリと笑ってみせる部長。


「それで一体どうやったっすか?」


 グイグイと訊いてくる亀山田君。

 こっちの心臓が止まりそうになる。

 だがカスミン部長はその笑顔を変えずに答える。


「フフ。亀山田君。マジックっていうのは、タネを知るためのものじゃなくて、楽しむものだよ」

「どういうことですか?」

「じゃあ。訊くけどあのマジックのタネを知って見ていたら、亀山田君の感動は半減かもしくはそれ以下になっていたと思わない?」

「……ん? そう……なんっすかね」


 腕を組んで考え始める亀山田君。

 さらに言葉を足していく部長。


「でも少なからず、光って出現するって思っていなかったから驚いたのよね」

「そうっすね」

「でしょ。マジックはタネを知るものでなくて、タネを知らず楽しむものだよ。だからこれからも感動したいのなら、タネを知らないほうがいいよ。亀山田君の為にもね」


 カスミン部長は人差し指を立てて軽く左右に振った。

 亀山田君は腕を組んだまま唸りを上げたが、すぐに口を開いた。


「んー。わかったっす。ものすごく気にはなりますけど、やっぱり感動はしたいので、知らないようにするっす」


 煮えきらない表情だが、どうにか踏みとどまってくれたみたいだ。

 僕は安堵の息を吐きそうになったが、亀山田君に察せられないようにと何とか押しとどまった。

 前にいるリナと目があった。

 同じような気持ちであった。

 

「えっとそちらの方は」


 亀山田君の視線がリナに移る。


「はい。私は一年の蒼風梨奈です。道具は主にリングやっています」

「ああ。長身の女性と二人でやっていたっすね。凄かったです!」

「あ、はい。ありがとうございます」


 突然称賛されて、正しい言葉を返すことが出来たが、正しい反応ができずに目が少し泳いだ。

 凄いな。リナでもこんなにも動揺するのだな。真っ直ぐに褒められるのは慣れていないのか。


 ちょっと待った。リナは何をやっていたかは覚えていたのだな。となると他の一年もたぶん覚えている……。


 これ以上他のメンバーの自己紹介に亀山田君と同行するのはやめておこうかなと思ったのだった。

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