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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『帰り道』

 もうちょっと居たかった。

 どうしてそう思ったか分からない。

 心の安らぎといえばいいのか、楽しさといえばいいのか、とても居心地がよかった。

 なんでだろう。

 おぼろげに夜の星空を眺めてみる。


「どうした? まだカゲルの家に居たいとか?」

「バっ。そ、そんなわけないじゃない!」


 見抜かれた。全力で顔の目の前で手を振るけど、反応見れば丸わかりである。恥ずかしい。

 顔の温度が急上昇した。

 どうしたのかな私。久しぶりだったから。誰かと練習するのが久しぶりだから。


「やっぱり。そうなんだ」

「え。そんなわけ……。はい。そうです」


 しゅんと頭を下げた。

 もう認めるしかなかった。

 ここまで図星っぽい反応してしまったら、逃れようがない。


「意外と素直」

「感心しないで! それに私の心読まないで!」

「だって今回は特に分かり易かったし」

「えー」


 私、もうちょっとポーカーフェイスを覚えたほうがいい。

 アーヤの手の平の上で転がってばかりだ。


「けど。まあ、久しぶりに部活したって意味では、もうちょっと居たかったかな」

「アヤメも?」

「あ、変な誤解をしないでね。あくまで練習という意味でね」

「そ、そうだね。実際練習し始めたのも最近だし、誰かと一緒にしたのなんて今日で久しぶりだから」

「誰かさんが引き籠っていたからね。一緒にするのも遅くなったし」

「……」


 すみません。私が悪かったです。

 

「ちょっと無言にならないで! 冗談で言ったのが、ガチに聞こえるじゃない!」

「ガチじゃないの?」

「そんな本気で言っていると思う?」

「いや。うーん。アヤメたまにズバッと言うし」

「たまに? 私、わりとズバズバいうけど」

「え、じゃあさっきも」

「さっきのは冗談!」


 アーヤは少し疲れたのか、額に手を当てて深々と溜息を吐く。

 それにつられて私も溜息をついてしまう。アーヤに迷惑をかけてしまった。

 

「だから、溜息つかないで」

「あ、ごめん!」

「謝らない!」

「あ、ごめっ……」


 反射的に言ってしまいそうだった言葉を、アーヤは私の口を押さえることで強引に止めた。

 アーヤは少しムッとした感じの表情だ。やっぱり私が逃げたことを怒っている。


「カスミン!」

「はい!」

「もう何もわかってないからはっきり言うけど、この前のことを気にするのはわかるけど、もう私は全く気にしてない!」

「えっ!」


 この前のことって、あの発表会だよね。もう気にしていないって。

 アーヤの顔は怒っている。

 私にその顔を近づけて、両手で私の頬を挟み込んだ。


「ああ。もう気づいてよ。こんな事言わせないで! 私はあなたの親友なんだよ。助けるのって当たり前なんだよ! だから私がなにか今度あった時に助けてくれたらそれでいいんだよ!」


 アーヤは顔を真っ赤にして怒っていた。落ち込む私に対して。初めてかもしれない。私に対して、揶揄うことはあっても、こんなに目まで真っ赤にして、怒ったのはたぶん初めて。

 親友……。

 ああ。そうなんだ。

 今、すっと胸のつっかえが取れた気がした。

 どうしてそう思ったか、言葉にはできないけど何となくわかった気がした。

 そして、私が次に言うべき言葉が分かった。


「ありがとう」


 アーヤの表情が綻んだ。

 謝るのは違うみたい。


「フフ。カスミン。顔が気持ち悪い」

「……え。ええええええええ」


 アーヤは、時より悪魔の仮面を被っている気がすると思う。ほんと小悪魔という言葉が一番似合うと思う。


「自分で、挟み込んだはずなのに」

「そうだけどね。でもこれで少しはスッキリしたでしょ」

「スッキリしたというより、逆に何か新たなワダカマリが出来た気がする」

「それは気のせいよ」

「えええええ」


 無理がある。というかむしろすっきりしたのがアーヤの方だと思う。

 酷い。

 何か反撃をしたくなる。


「じゃあ。アヤメのことアーヤと呼んでもいい?」

「……ウッ」


 アーヤの顔が少し歪んだ。

 毎回思うのだが、何故かアヤメは「アーヤ」と呼ばれるのを嫌がる。別にあだ名で呼ばれることに関して特段気にする必要もないのに。


「私のことをカスミンと呼ぶのにアーヤと呼ぶのって駄目?」


 ちょっと迫ってみる。アーヤが珍しく眉毛をハの字にしている。ちょっとくらいは、こっちの頼みを訊いてほしい。

 さっきあんなに説得されて気が付かされたのに攻めるって、私もアーヤの性格がうつったかな。


「うーん。わかった。あと数日待って」

「数日?」


 意外だった。いつもは断るのだけど……。それでもあと数日というのが、まだ何かあるのかな。

 私はまだアヤメのことを知らない。まだ拒む理由が分からない。けどいつか話せる時があったら教えてほしい。


「わかった。待つよ」

「ありがとう」


 アーヤの顔にまだ少し影が残っている気がした。まだ壁が少しある。そう簡単には取り払えるものではない。けど少しずつ私の方からも壁を取り払っていくようにしないとね。


「あ。えっと白峰さんと、中谷さんですか?」


 突然声をかけられて、二人揃ってギョッと震えて抱きかかえそうになるが、そうならずに止まり、声が聞こえたほうに振り向く。

 そこに立っていたのは、私のよく知る人物、というかほんの数時間前に会った。白のワンピースが特徴的な小百合の姿があった。


「えっと、楠原さんだっけ?」


 アーヤは瞳をぱちくりとさせていた。

 私も同じく二回程瞬きをした。何でこんなタイミングで遭遇したのだろうか。


「はい。そうです。あとそうですね。正直話しかけようか悩んでいたのですけど、あまりにその……。こんな夜中にそんな状態で道の真ん中にいるのは、あんまりよくないと思いまして……」

「へ?」


 冷静になって確認すると、アーヤが私の頬に手を添えて、そして私がいつの間にかアーヤの腰に腕を回していたので、こう……。


「あわわわわ」

「あああ」


 小百合が言いたいことが分かった瞬間に一気に顔が赤くなるのが分かった。速攻でアーヤと距離をとった。アーヤも顔が真っ赤かになっていた。

 今とてもどこかに隠れたい。

 

「とりあえず早く帰ったほうが良いですよ。最近物騒ですから。じゃあ私はここで失礼します」


 ぺこりと頭を下げて、小百合は足早に立ち去っていった。

 過ぎ去ってから流れる沈黙。風の音だけが大きく聞こえ、少しだけ髪が後ろに舞う。仲良くなるって心の壁を取り払って仲良くなるっていうことは、そういうことでは無いと思う。それはまた別の感情だ。

 ただ偶然場所が悪かっただけだ。

 けど小百合、今度会ったら一発殴る。


「うん。とりあえず。早めに帰ろうか」

「そうだね」


 帰り道、私たちは一言も話さなかった。いや話せなかった。

 風は冷たいなと思って何も考えないようにした。

 アパートに着いた時だった。


「あれっ!?」


 私は思わず走り出した。私の瞳に見覚えのあるものが映った。あるはずは無いと思っていた。


「え。何で」

「あれ。何で」


 遅れて来たアーヤと一緒に扉の前で立ち止まった。

 

 私のビーンバックのボールが五個、置かれていた。


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