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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『久しぶりの部活と言えるような練習』 その2

 といっても何を練習すればいいのやら。とりあえずカスケードか。

 カスケードを始めると突然カスミン先輩が僕の正面に立つ。


「ん?」

「カゲル! パッシングするよ!」

「え! いきなりどうしたのですか? というか、タイミング全く合わせていないですよ!」

「そんなの私が合わせるから、行くよ。 イチ、ニッ、サン!」


 ヒューっとボールが向こうから飛んできたのをキャッチして向こうに一つ投げ返す。

 カスミン先輩もキャッチしてなんとか成立する。けど久しぶり過ぎて手汗が染み出てボールを滑らせそうで怖い。


「楽しんできたところで、今度は私が真ん中に立つから私に当てないようにパッシングして。ちなみに私にボールをぶつけたら、コンビニの五百ミリリットルのジュース一本ね」

「げ!」

「え?」


 店まで決めている上に、地味に値段が高い店にしてくるとは、なんといういやらしさ。


「カゲル? 今せこいと思わなかった?」

「せこいとは思っていないですよ!」

「これって私も?」

「当然!」


 その答えに、カスミン先輩も不敵な笑みを浮かべ始める。


「わかった。カゲル君、今回は容赦しないよ。絶妙に合わせにくいタイミングで投げるから」

「部長。さっき言っていた先輩が後輩にするのはどうというのはどこいったんですか!」

「知らない!」

「ひでえ!」


 カスミン先輩がめちゃくちゃ目をギラギラさせている。遊びを楽しむような子供の目をしているし。ボールぶつけてネジを何本か吹っ飛ばしたか。こうなったらたぶんいくら抵抗してもダメな気がする。てるやん先輩とは違った意味で止まらない感じだ。

 仕方ない。


「分かりましたよ。じゃあ先輩ハンデでぶつけたら僕にもジュース奢ってください」

「いいよ。それくらいが丁度いい!」


 ノリノリになっているし。本当にこの部活の人達の楽しむことについての着火点が分からない。けどまあいいか。


「それじゃあ。せーの!」



 一時間後。


「はあ」

「ありがとう!」

「サンキュー!」


 ほぼ予想はついていたと思うが全くその通りで、ものの見事に僕が五百ミリリットルのジュースを二人分払うことになりました。痛い出費だ。

 二人はテーブルの前に座って扇風機の風を浴びながら、ペットボトルに口付けて飲む。額にはほんの少し汗が光り、それぞれ手持ちのタオルで拭う。


「良かったらシャワーでも使います? あ、でも着替えとか」

「え? いいの? それじゃ使うよ!」

「ちょっとアヤメ? それはいくら何でも頼り過ぎ、それに着替えが無いよ」

「あるよ」

「え?」


 そう言ってボストンバッグを開いて手を突っ込み取り出してきた。

 バスタオル二枚、タオル二枚に、シャンプーとリンスにボディーソープに洗顔。化粧道具。きっちりそろえてある。

 

「あと着替えはこの中にあるよ?」

「なんであるの? いつ準備したの? というか泊まるつもり?」

「まさか。でも汗かいたからシャワー浴びたいでしょ?」

「そ、そうだけど」

「じゃあ決まり! それじゃさっさと行く」

「えっ? ちょっと待って」


 独走するアヤメ先輩を追いかけるようにカスミン先輩が風呂場に走っていった。冷静に考えるとこの状況はかなりおかしい。男子の部屋の風呂を女性に貸すなんて……。

 とりあえず何か別のことをしておこう。本棚の漫画を無理やり引っ張って読み始める。

 それにしても疑問が残る。最初から僕が気を使って風呂を使うのまで計算していて準備して来たのか。それとも保険か念のためなのか。備えあれば憂いなしとか。それでも準備がよすぎる。

 それよりまず二人がここに来たのはドッペルゲンガーの謎を調べるためであって、家に泊まるわけでは無くて……。

 初めてのよくわからない状況で混乱するのであった。


「ふあー。ありがとう」


 振り返るとジャージ姿のカスミン先輩とアヤメ先輩が首にタオルをかけていた。髪がつやつやにひかり、ほんの少し湯気が見える。


「本当。ごめんね」

「と、謝りながらも、のびのびとしてたけどね」

「そんなことないって!」


 向かい合って言い合う姿はどこか楽しそうだった。その姿を見て少し劣等感を抱く自分がいた。いやいや付き合いが短いからこれが普通だ。


「よし。じゃあ練習しよう!」

「風呂入ったのに?」

「風呂入りましたよね?」

「冗談だよ。でも練習して楽しかったでしょ。いつもと違うことしたし」


 アヤメ先輩の言葉に、僕とカスミン先輩は首を縦に振る。部活ではないけど部活ぽかったし、久々に楽しめたと思う。


「確かにみんなと一緒に部活できないのは寂しいけど、別に部活をしたらダメだけで、個人的に一緒にすることに問題はないんだし、楽しめる方法を探そうと思えばいくらでもあるから」

「へー」

「ほー」


 思わず声を上げてしまった。いつの間にか隣にいるカスミン先輩も口を開いて少し驚いた表情をしている。


「というか。やっぱり二人とも凹むの長すぎ、私なんて部活停止を言われてから逆に練習するようになったし」


 腕を組んでほんの少し上を向く。

 いや確かにそうですけど、アヤメ先輩の場合はもっと理由が違うはず。


「本当だ!」


 カスミン先輩はとても納得しているご様子。

 ああ。そうかもしかしたらまだ知らないのか。アヤメ先輩にチラッと視線を合わせると、ウインクを返してきた。


「だから、ジャグリングから離れないでほしい」


 声に力がこもった。この言葉は僕に対してもあるが、本命はカスミン先輩に向かって言っていると思う。

 何となくだが。


「そうね。それにアヤメが練習してくれるようになったし」


 カスミン先輩は納得した。

 対して僕は、いやこれからもジャグリングを続けたい。それにもっとうまくなりたい。だけど、どうして今ちょっと寂しく思えるのだろうか。


「カゲルは?」

「え? はい。そうですね。僕もジャグリングから離れたいとは思わないです。先輩たちに会って自分の世界が変わってきました。だから今はとても楽しいです」

「よかった!」


 アヤメ先輩とカスミン先輩がパッと表情が明るくなった。

 

「よし。じゃあ言える事は言ったし、帰ろうか」

「え?」

「どうしたの? あ、もしかしてカゲルの家に泊まりたいのカスミン?」

「いや。じゃなくて、ボール無いのはどうするの?」

「ああ。そうだね。どうしよう?」


 顎に手を当ててフムフムと考え始める。


「じゃあ。とりあえず私のボールを貸すから。それでいい?」

「ん?」

「いや。いいですけど、アヤメ先輩は?」

「いいよ。いっぱいあるし」


 ちょっとしたデジャブを覚える。いや違うか。


「でも。本当にいいのですか?」

「いいよ。それに私の勘だけど、たぶん。すぐ戻ってくるんじゃない。ボール」

「ん?」

「ん?」


 言っている意味が分からない。全く分からない。

 

「じゃあ。帰るね。風呂ありがとうね」


 アヤメ先輩はボストンバックと道具バックを持ち上げて玄関に向かう。

 そしてその後ろをカスミン先輩が歩いていく。


「カゲル君。ありがとうね。楽しかった。また練習しよう」


 ニッコリとした笑顔を見せて玄関に向かっていった。

 刹那、僕は行かないでと思ってしまった。けど後輩の僕がそんなことを言ってしまっていいのだろうか、それに彼女でもないし、だけど何で寂しいのだろうか。楽しかったから。それともあの二人の仲の良さに嫉妬を覚えてしまったのか。

 いや。けど。


「カスミン先輩!」


 僕は思わず呼び止めてしまった。彼女はキョトンとした表情で振り返り、首を傾げる。


「どうしたの?」

「いや。夜なので気を付けて帰ってください」

「え。ああ。お気遣いありがとう。気を付けるよ!」

「はい。お気をつけて」


 そして先輩は軽く手を振り、玄関に向かっていった。ガチャッとドアの音が聞こえバタンと閉まった。

 僕はただこのよくわからない空しさを抱えたまま、部屋に座り込んでいた。

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