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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『客の絶えない部屋』 その2

 目を開けると白い天井、この感覚はいつものことだから置いといて。

 どれくらい寝たんだろう。というかいつ寝たかも覚えていない。ただ何となく結構深い眠りだったんだろうと、感覚がそう言っている気がする。

 あと何だろう妙に涼しい。クーラーが壊れているはずだが。

 とりあえずいつものように首を横に向けると、目の前にはひとりの女性がすやすやと眠っていた。

 何だリナか……。


「えええええええええ!」


 あまりの衝撃に飛び上がると、勢いありすぎて壁に後頭部をぶつけてしまった。

 当てて部分から頭全体に衝撃と痛みが広がってめちゃくちゃ痛い。

 それよりも、何でリナがこんな所にいるんだ。ジャージ姿で穏やかな笑みを浮かべているし、頭が痛い上に混乱しているから、頭が真っ白だ。

 頭が現実に追いつく前に今度は嗅覚が反応した。


 何か香ばしい匂いが部屋を支配していた。キッチン(といえるほど豪華ではないが)から何かを焼くジュージューという音が聞こえる。

 まだ誰かいるの?

 自分の部屋のセキュリティの穴が多すぎている。ほぼ空き家と変わらない次元の侵入のしやすさの家ってどうなってんだよ。

 

 嘆きしか出てこない状況で、僕は未だに料理音が消えないキッチンを覗いた。


「起きた? 丁度良かった。今出来たところだから」


 黒髪ポニーテールに黒色の無地のエプロン姿で、フライパンを使いこなすアヤメさんだった。


「な、何やってんですか」

「何か酔った勢いで家に押しかけたみたいで、ホントごめんね。それで朝食くらいはと思って。ああでももう夕方か」


 軽く舌を見せながら照れるように笑うアヤメ先輩。

 ああー。確かにそんなことがあった。徐々に寝る前の記憶が戻ってきた。それに夕方ってそんなに長く寝ていたのか。


「料理を作ってくれて、ありがとうございます」

「何で? むしろ怒られるのは私なのに」

「いや。でも料理してくれていますし、それに酔って押しかけたことを少なくとも悪いと思っているから、してくれたんですよね」

「そ、そうだね」


 何か予想外の言葉だったのか、刻々と何回も頷きながら料理中のフライパンに視線を戻す。

 正直眠ったことによる記憶の欠如と、リナ出現による衝撃で、酔って押しかけたことの罪をそこまで意識しなくなっていた。


「それよりも、リナはいつ来たんですか?」


 むしろこちらのほうが本題だ。

 気がついたら女性と限りなく添い寝に近い状態なんて漫画やアニメの世界以外聞いたことない。


「いや。それね。実は私も起きた時にはいたからわかんないんだよね」

「……え?」


 自分の家が侵入の穴だらけだということを改めて確信した。



 テーブルの上に置かれた料理。

 ご飯と味噌汁に、肉じゃがとぶりの醤油焼き。家庭的な料理が並べられた。

 僕は、味噌汁を一口飲む。

 な、何だこれは、めちゃくちゃうますぎる。だしの味といい味噌の味といい、ここまでまろやかで飲みやすい味噌汁を飲んだのは初めてだ。自分の手料理の味噌汁が食べ物じゃないのかと思ってしまうレベルだ。

 他の料理も言葉にならないほどの美味しさに舌を巻いた。


「う、旨いです」

「それは良かった」


 正面に座るアヤメ先輩はホッとし、穏やかに笑った。

 ちょっとだけドキッとした。いつものような愛想笑いではなく、本当に自然と笑っていた気がした。


「こうして二人で向かい合ってご飯食べるのは久しぶりね」

「ああ。そうですね」


 確かに前はファミレスで、カスミン部長が三人を引っ張っていて、二人だけになってしまった時か、正直あの時は食べるよりは、ほとんどジュースを飲むだけだったが。


「あの時に誘われてから、もう三ヶ月も経つんですね」

「早いね。けどカゲルはあんまりパッとしないところは変わらないね」

「ええー」


 普通に傷つきそうだ。

 実際たった三ヶ月で雰囲気が変わるとは思っていないが、けどパッとしないと言われるのは嫌だ。

 ううっと口をすぼめると、ニンマリとするアヤメ先輩。


「そういう。割とズバッというところも変わらないですね」

「まあ。それが私だし。何か適当に建前を作っても仕方ないし、思ったこと言ったほうがその人のためになると思っているから」

「そうですか? 僕のパッとしないはただイジリたいだけでしょう?」

「そうだね」


 悪気もなしに僕をチラチラ見ながらクスクスと笑う。

 絶対楽しんでいる。

 僕の隣人に比べるとイジリのレベルは低い方か。エリ先輩といい、てるやん先輩といい、このクラブは人を人イジらなきゃ生きていないのか。

 まあ別にいいけど。


「んで、何があったんですか」

「何って」

「いや。昨日の晩ですよ。ものすごく酔っていた上に、よくわからんこと言っていたじゃないですか」


 アヤメ先輩は頭に手を添えてうーんと唸る。


「あー。ゴメンほとんど覚えていない」

「マジですか」

「私、酒は強いけど、度を過ぎて飲むと、たまにこんなことになるんだよね」

 

 といいながら、じゃがいもをぱくっと頬張り満足そうな表情を浮かべるアヤメ先輩。

 そんな簡単に流せる問題でないでしょうと突っ込みたくなる気持ちを必死に抑える。酔った勢いで刃物向けている時点で、もう法律に触れていますから。

 もうこの人たちと一緒にいるせいで、自分がツッコミキャラに強制的にされた気がしてならない。


「うっ。うーん」


 部屋の端でのそっと起き上がってきたリナ。青い髪はボサボサであちこち寝癖が突きまくっている。目をクシクシとこすりながら僕ら二人を覗き込む。

 

「おはよう。何で二人がいるの?」


 首をすっと右に傾けて、頭からはてなマークが出現する。

 むしろ訊きたいのは僕の方なんだけど。


「何でって、ここ僕の家だし」

「カゲルの家?」


 今度は反対の左に首を傾けて、虚ろな瞳で朧げに見つめる。そして瞼を何度も開閉させていくと徐々に瞳に正気が戻っていくと、グワット目を見開き、飛ぶような勢いで僕に迫り両肩をガシッと掴んだ。


「ってカゲル! あなたショッピングモールで何してたの!」

「ショッ、ショッピングモール? いや何も。え、いつの話?」

「き、昨日の昼間! ショッピングモールにいたの!?」


 話が見えてこない何を言っているんだ。昨日の僕はエリ先輩とてるやん先輩に散々振り回されただけで、ショッピングモールに行ってないはずだ。


「ああああああ!」


 今度はアヤメ先輩が僕を指差したあと、ドタバタと音を立ててながら迫り掴みかかる。


「カゲル! カスミンとどんな関係なの?」

「え? 急にどうしたんですか? 先輩と後輩の関係ですよ!」

「ちっがーう! もっとこう。なんというか。ロマンチックな響きのアレ的な意味の?」

「言っている意味が全くわからないんですけど」


 何を必死になってんだ。カスミン部長と僕の関係にショッピングモール行ったか行っていないか。いや全く見えてこない。

 

「あーもう。じれったい! 単刀直入に言うけど、昨日ショッピングモールでカスミンと手を繋いだの?」

「繋いだの?」


 アヤメ先輩とリナがまた詰め寄ってくる。両手を前に構えて震えているし。

 手を繋いだ? 何だそれ? いやまあカスミン先輩は女性としてはかなり綺麗だしいい人だと思っているけど、そこまでの関係というか、手を繋いだことはあるけど。そうじゃなくて。


「いや。何のことかよくわからないですけど、僕は昨日てるやん先輩とエリ先輩に絡まれて一日中こき使われたので、ショッピングモールには行ってないです」

「え」

「えっ」


 二人の顔がスーっと青ざめていくのがわかった。絶望を撒き散らしたようなそんな表情。

 

「え。嘘でしょ! 嘘でしょ! だって私見たんだよ!」

「いやーそんなに必死になっても、だって昨日はこのアパートにいたし、早い話、証人もいるし、エリ先輩とてるやん先輩も信用できないなら、僕の左の部屋の亀山田さんに聞けば証明できるよ」

「うそ」


 リナの顔が口を開いたままでカチカチに固まった。

 そしてロボットのようなカクカクな動きで顔を動かし、アヤメ先輩と見つめ合った。

 そして一言。


「ドッペルゲンガー?」

 

  

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