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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『客の絶えない部屋』 その1

「ふあー」


 扉を開けてフラフラとした足取りでリビングに入った。

 窓の外はもう真っ暗だ。

 疲れた。本当に疲れた。

 てるやん先輩のごみ掃除とエリ先輩の謎生物逃亡阻止作戦により、一日の疲労量の数百倍の量が体にのしかかってきた。


 僕はベットに倒れ込んだ。

 ズーンと布団に沈み込んでいくような感じだ。

 このまま寝れそうだから、もう寝ようか。

 

 現実と夢の世界への狭間に入っていき、体が浮遊している感覚になり、意識が遠のいていく。


「ピンポーン!」


 刹那、眠りに落ちることを許されず、無理やり現実に引き戻された。


 うるさいな。絶対に居留守だ。

 タオルケットを頭からかぶって耳を塞ぐようにして丸くなる。


「ピンポーン!」


 誰だよ一体。絶対てるやん先輩か、エリ先輩とかに決まっている。

 あれだけ迷惑をかけておいてまだ足りないのか。


「カゲルくーん! いる?」

「!!」


 自分の予想していた人と全く違う人物の声に、急に瞼が軽くなった。

 予期せぬ来訪者に驚きつつ、木星の重力並みの体を起こしてから、扉を開いた。


「いた」


 僕が出てきたことで、何故か驚いたように目を丸くした来訪者。

 そしてすっと肩に提げているラケットケースの様なバックに腕を突っ込む。


「急にどうしたのですか? アヤメ先輩」

「ちょっとね。君の顔見たくなって、それと」


 すっとラケットケースからキラット光る長い物を取出し……。

 ゆっくりと僕の鼻先にその光る長物の切っ先を向けていた。


「ちょっと話があってね」


 ちょっとどころではない!


 声は謎に可愛げがあるように話して、ニッコリと微笑む。だが一度もブリっ娘の様な姿を見せたことないので、益々恐怖が増幅する。

 全然ついていけない。

 藪から棒ではなく、これは藪から刃物だ。飛躍しすぎた。

 けど僕は何かしたのか、思い当たる節が全くない。


「あのー? 質問良いですか?」

「いいけど、言葉を選んでね。内容によっては血を見るけど」 


 作り笑顔が一ミリも変わらないのも相増して、自分の背筋がスッと寒くなっていくのが分かった。

 

 話すだけで命を賭けないといけない状況ってどうなってんだよ!


「えっと、本当に申し訳ないんですけど、僕は今何故刃物を向けられている理由が分からないんですけど」

「あ、そうなの。それほど当たり前ということかな」

 

 アヤメ先輩の顔に更なる暗黒の影が覆い始め、切っ先が更に近付いてくる。

 今ので、駄目なのか。

 というか常習的にやっている事が原因なのか、それならもっと分からなくなってくる。

 無意識にやっている事なのか。


「無言ということは何か気がついた?」


 クイッと首を横に傾けながら、僕の本音を待っている。

 今のが本音だか、信じてもらえる感じが全くしない。


 どうすればいい。

 とりあえず土下座をするべきか、いやそれだと非を認めたことになるから得策ではない。


「すみません。僕には心当たりが全くありません。だからアヤメ先輩が目撃した内容を言ってくれませんか?」


 何を見たか言ってもらわないと分からないから、直接的に問うしかない。だが逆効果だったみたいだ。


「何言ってんのよ! 私は!私は!カスミンのぉ。相棒なんだから! 手なんて一度も繋いだことないんだよぉ!」


 顔を真っ赤にして叫んだあと、急に体をフラつかせて僕の肩にもたれかかってくれる。そして刃物の切っ先が首に当たっていた。

 チクッと痛い。いや普通に痛い!

 しかも急に自分の体が沈みそう重くなる。

 

「ちょっ、ちょっと、大丈夫ですか?」

「う。もううるさい! カスミンは私の相棒ヒック、だれっ」


 舌が回らずよれよれになっている。酔っている。でもどうしてこんなことに、って、痛い。まだ首筋に刃物が引っ掛かっている。


「カー。コー」


 気がついたらいびきをかきながら眠りについてしまった。アヤメ先輩に力がなくなり全体重で寄りかかられてしまった。支えるだけで精一杯だ。両手まで塞がっているからどうにも引き剥がせない。誰かいないか。

 すると丁度いいタイミングで、僕の隣の部屋の扉が開く音が聞こえた。


「どうかしたっすか。何か聞こえたっす、け、ど」


 ドアから覗く亀山田さんの目と、僕の目がバッチリと合った。

 僕は口を動かして状況の救援を求めた。

 けど彼は一言「あ、お取り込み中でしたか、すみません」と言ってバタンとドアを閉めていった。

 

「違う! 痛い痛い!」


 この状況を見てお取り込み中って、いや、そうだけどそうじゃない。

 悲痛な叫びを上げながら僕は三十分以上この場で悪戦苦闘する羽目になった。


 やっとの思いでアヤメさんをベットの上に寝かせることができ、僕は床に崩れ落ちた。今日の疲労の上にさらに疲労が蓄積し、もう一歩も動ける気がしない。

 そんなことはいざ知らず、先輩はベットでスヤスヤと心地いい表情を浮かべながら眠っていた。

 本当に何しに来たんだろう?

 酔った勢いできたのか、それとも本当に僕に何かしらの抗議できたのか分からない。カスミン部長がどうとか言っていたけど、僕は夏休みに入ってから一度も会っていない。

 けど、刃物まで取り出すとか、よっぽど恨みを買ってしまったのかな。といっても思い当たる節が無さすぎる。何をしたんだ僕。

 ハアとため息をついたあと、床に転がるキラリと光る刃物を見る。形状は海賊の船長が持っているような剣に似ている。

 というか何でこんな物騒なものを持っているんだ。しかもジャグリング道具の袋から取り出したよな。床を這い蹲りながら、先輩の道具袋に近づいていく。

 人が寝込んでいるあいだに荷物を漁るのは気が進まないが、流石に刃物を見せ付けられると、気になってしまう。僕は恐る恐る道具袋を開けて中を確認した。

 よく見るボウリングのピンの様な形状の道具「クラブ」が三本と、赤いボールが五つと、さっきの刃物が二本……。

 なんでこんなに物騒な物を持っているんだ……。ああ、そうか。


 ジャグリング用のナイフか。


 納得できた。本来の用途はもっと違う。それに切れ味は普通のに比べるとかなり落ちる。でも危険には変わりないが。

 剣の正体がわかってほっとしたのか、睡魔が一気に襲ってきた。もう起きる気力など残っていなかった。

 床にうつ伏せになり死んだように深く眠りについた。 

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