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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『集まった二階の住人達』 その2

「すみません。色々ドタバタして」

「良いっすよ! それよりも今からみせてくれるっすよね」

「んああ。そうだね」


 憧れ補正でもあるのか今のやり取りを見ても、全く彼の中のイメージが変わっていないことを不安に思う。


「とりあえず僕で良ければ多少話をするけど」

「そうっすね。君も何かできるっすか?」

「まあ何かボールが三つあればできますけど」

「んー。じゃあこれがあるっす」 


 そう言って押し入れを開いてゴソゴソと捜索したあと、右手から黄色いボールを三つ取り出した。

 テニスボールだった。


「これでもできるっすか?」

「大丈夫だと思います」


 そっと彼の手からボール三つを受け取った。


 軽く投げて、ジャグリングしてみせた。


 いつも使っているボールより軽かったから多少手元が慌てたが、すぐに慣れた。


 目の前にいる彼はおおっと口を開けて驚きじっとボールを凝視していた。


 もう見慣れたけど、僕も最初はこんな風に驚いていたんだよなと感慨深くなった。


 片手にボールを三つ全て掴んで締めると、「おおう」と声を上げて軽く拍手してくれた。


「スゲー。数谷さん下っ端なのにこのレベルとはスゲー」

「お、おう」


 下っ端って、褒めているのか褒めていないのか。


 というか自分の小物感が抜けていないのが辛い。

 最初の時もゲリラパフォーマンスに出演したことも気づいていないし。


 影薄いのかなと自分に劣等感しか抱いてしまう。


「数谷さんもあのゲリライベントに出演していたんすよね」


 突然振ってきた話に、僕の劣等感は期待に変わりそうになる。

 暗くなっていた瞳に力を込め亀山田さんの質問に答える。


「そうですね」

「どうっすか。クラブの雰囲気とか」


 唐突にも、彼はオタマジャクシズについて話を聞き始めた。


「いい雰囲気ですよ。先輩からのいじりとかは多少ありますけど、それでも賑やかで心が和むというかそんな感じですかね」

「そうっすか。いいっすね」


 思ったより落ち着いた反応だった。

 さっきのノリだともっとがっついてくるのかと思った。

 けど僕の話の内容からしたら、普通の反応だと考えるのが妥当ではないかと捉えることはできる。


「あの二人とは仲はいいっすか?」


 彼は先輩たちが出ていった玄関に視線をやる。


 その質問に若干答えるのを渋った。

 仲が悪いことはない。

 けど仲が良いと即答するには、心の中で許せない部分があった。


「まあ。良い方だとは思います」

「若干間があったのが気になるっすけど」


 察しが良い。

 自分も表情に出ていたから、分かりやすかったかもしれない。


「んー。悪いわけじゃないです。けど時より二人のノリについて行けずに疲れることがありますから。さっきのやり取りみたいに」

「でも、それって心許してるからじゃないっすかね」


 意外な答えが返って来て、むしろ困惑する。


 心許しているからと片付ける程、穏やかではない。

 人の家に勝手に入るわ、天井改造するわ、面倒ごとを後輩に押し付けるわ、蹴られる等々、考えてみたら散々だな。

 

 それを心を許してるで片付けるには、なんか癇に障る。

 ただ面白いからやっているようにも思える。


「んー。そうですかね?」

「結構渋るっすね」

「正直認めたくない気もあります」

「でも、その割には楽しそうな顔してたっすよ」

 

 そんなまさかと思った。

 だって今日だけで何回腹立ったか、指の数だけでは足りない。


 別に嫌いではないし、むしろジャグリングについては尊敬はしているが、いつもの言動に疲弊していることは間違いない。


 呆れることばかりだった。


「傍から見ると、数谷さんたちのやり取りが凄く楽しそうに見えて、正直羨ましいっすよ!」


 そう見えているのは、憧れ補正か、それとも本心なのか。

 自分にはまだそう思えない。

 でも一つあるなら、ここ三ヶ月の間、よくあのノリに堪えてきたということだろうか。

 昔なら拒絶していただろう。


 それよりも、彼は何故そこまで言ってくれるのかが気になってきた。


 そんなにも羨ましく見えるものなのか。


「そんなに楽しそうに見えますか?」

「はいっす!」


 即答する。

 本当にそう思っているみたいだ。


「何で?」

「見たままっすかね。こう心の距離がないやり取りや、楽しそうな表情っすかね。それに俺にはそう言えるモノがないっすから」


 語尾が落ちていくのがわかった。

 亀山田さんの表情に陰りが見えた。


 何かあるのだろう。

 けど、そういった事柄に深く訊けるほど、言葉を持ち合わせてるわけでない。

 初対面な人にいきなり訊くのは失礼な気がする。


「そうなんですね」


 納得をしたという反応しか出来なかった。


 でもこの人は楽しさを欲しているのかもしれない。

 羨ましいと思うことは、それを求めているからなのか。


「じゃあ。内のクラブ見に来ます? 夏休み明けになりますけど」


 自分でも何でこんなことを言ったのかは分からない。

 本能的に言ったのだろう。

 彼の気持ちを見逃したくなかったから、口からついて出てきたのだろう。


 けど小百合さんの時に発した言葉と同じで、アヤメさんの受け売りの言葉が、案外好きなのかもしれない。


「……え?」


 彼の目が丸くなった。

 時間が止まったような沈黙の空気が流れた。


 僕は失言をしてしまったのか。


「ま、ま、まじっすか!」


 沈黙を破り亀山田さんは後ろに吹っ飛んで驚いた。

 驚きすぎて逆に僕が驚いてしまった。


「だ、大丈夫ですか」


 すぐさま駆け付けて、容態を確認する。


「え、え、いいんすか? 俺全くやったことないんっすよ」


 まだ落ち着かないのか、舌の回ってない上に開いた口のままだ。 

 そこまでヤブから棒だったのか。


「別に自由ですから、亀山田さんがいいのであれば」

「行くっす! 行くっす! 皆さんの演技を見て、こう心が躍るというか、そういうのやってみたいと思ってはいたんす!」


 今度はガシッと僕の両手を鷲掴みにされて、熱視線を注がれる。

 物凄く喜んでくれていることは嬉しいのだが、この勢いの良さに引きそうなのが正直な感想だ。


「ぎゃああああ!」


 突如部屋に飛来した叫び声ととともに、激しく雷が落ちたような騒音が響き渡った。

 驚いた僕たちは二人揃って部屋を飛び出した。


 二階の通路はゴミ捨て場と化していた。

 

 黒いごみ袋の山がてるやん先輩の扉から雪崩れ出てき、僕の部屋の扉の半分の高さまで埋まり、亀山田さんの玄関の扉の目の前まで黒いゴミ袋が転がっていた。

 何袋かは下の通路と道路に落ちている。

 

「何だこれ」

「えっ。これ何が」


 騒然とした光景に茫然とするしかなかった。


「おーい。ちょっと引きずり出してくれ!」


 ごみ山の中から間の抜けた救助を求める声が届く。

 誰が埋まっているかは予想しなくても分かる。

 けど、一面真っ黒で全く姿が確認できない。

 

「あれじゃないっすか」


 亀山田さんはごみ山の中腹ぐらいを指さす。

 よーく目を凝らして確認すると、黒いゴミ袋の中に紛れて質感の違う丸く黒いものが見えた。

 てるやん先輩のアフロっぽいかな。


「とりあえず、助けますか」

「そうっすね」


 何か必死に助けるぞという感情が欠如したまま、僕らごみ袋に紛れるアフロまで慎重にごみ山を登っていき、中に手を突っ込み、腕を持った感触を手に感じた後、亀山田さんとタイミングを合わせて引っ張り上げた。


「ふー。死ぬかったと思った」


 とてもそのような雰囲気はなく、寝起きの欠伸をするように立ち上がる。


「そうですね。何があったんですか。大体想像つきますけど」


 何か僕の感覚がマヒしているのかな、このような状況にそんなに驚かず、自然体に対応できるようになっている。

 大方、道具探して部屋を漁っていたらこうなったんだろう。


「いやー部屋の掃除しようとしたら、こうなった」

「道具取りに行ったんじゃないんですか!」


 本当にこの人の無責任っぷりが健在過ぎて、呆れてしまう。

 やっぱり慣れていない。


「いやー。それは何というか、戻ったら戻ったらで、俺の部屋がひどいなと思ったから、掃除したくなったわけで」

「だから僕の部屋に押しかけたんですか」

「……いやカゲルと一緒にいると飽きないからな」

「今の一瞬の間は何ですか」


 本当、この人はどこまでも自由人過ぎる。

 ごみの上で「カッカッ」と高笑いし頭をかいている。

 この状況に全く反省せずに平常運転でいる図太い神経は、尊敬しそうになりそうで嫌になる。

 

「数谷さん。数谷さん」


 亀山田さんが僕の袖をちょっこと引っ張りながら近寄る。


「この人たちっていつもこんな感じっすか」

「ああ。まあ、この人たちはこんな感じですね」

「そうっすか」


 亀山田さんの眉間がぴくっと震え、硬い表情になっている。

 流石の亀山田さんもこの光景に引いているかもしれない。

 僕も同じっだったし。


「まあ。そのうち慣れますよ」

「そうっすか」


 引っ越し早々はでこの惨状は辛いだろう。


「まあ。すまんすまん。とりあえずこれは片づけるわ。ちょっと手伝ってくれるか」

「えー。結局ですか。まあそんな気がしていましたけど」

「あ。うっす」


 亀山田さんは愛想笑いを浮かべた。

 この悶々とした空気のまま、僕らはゴミ山を片付けようと動き始めた。


「グアアア!」


 今度はごみ山の奥から猛獣の唸り声。

 それを聞いた途端、てるやん先輩が一目散に201号室に跳んでいった。


「おい。おまえらやばい。エリんとこのエリザベスちゃんが暴れだしたから、何とか扉をごみ袋で封鎖しろ!」


 必死そうに吠えるてるやん先輩。

 だけど状況の二転三転についていけなくなった。流石の僕もう意味が分からかった。

 亀山田さんの目が点になり、茫然としている。


「うおい急げ!」

「ドスン!」


 扉を破りそうな衝撃音が響いた。


 本当、僕らのアパートは大丈夫かと大きな大きな溜息を一つ吐いたのだった。

 

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