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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『集まった二階の住人達』 その1

「いやー!涼しいわ!」

「ごくらくごくらく」


 体育座りで肩を並べてゴクゴクとサイダーを飲み、弾けるような笑顔を見せる先輩の二人。


「何かすみません。くつろがせていただいた上に飲み物までいただいてもらって」

「いいっすよ! この時期の暑さはしんどいっすし、荷ほどきまで手伝ってもらいましたし」


 黒シャツが印象の彼は気前のいい笑顔で、冷蔵庫を開いてペットボトルを取り出している。


「いえいえ。こちらも隣人としてできることをしたまでですし」

「それでも助かったすよ。数谷さんもどうぞ飲んでくださいっす」


 ペットボトルのサイダーを軽く投げる様に渡してくれた。

 僕は丁寧に両手で受け取り、「ありがとう」と感謝の言葉を述べた。

 

「いやあ。涼しい」

「オアシスだ」

「……」


 僕はくつろいでいる先輩たちを凝視する。

 この人たちは全体の一割にも満たない量しか手伝っていない。

 204号に来て、壁際に陣取ってから一度しか動いておらず、ほぼほぼ涼みながらボーっとしていたのに、何でそこまで人の部屋で堂々とだらけられるのか、心臓に毛でも生えているのではないか。


 積もる言葉はあるが亀山田さんの目の前で突っ込むことはやめておこう。


 引っ越しの荷ほどきは終わったので、僕も広々としたリビングで一休憩する。


 壁にもたれて足を軽く伸ばした。

 クーラーの効いた部屋は、灼熱地獄の自分の部屋と全く違い、心地いい風が吹き、汗のべとべとの気持ち悪さもない。

 あると無いでここまで違うのかと、無くて初めて気が付くありがたみを久しぶりに感じ取った。


「おええ、おえああおういおうあ」


 いつの間にか後頭部に手を組み、リビングに豪快に寝そべりながら、サイダーをラッパ飲みするてるやん先輩。

 遠慮という言葉を知らなさすぎる。今更だけど。

 

「先輩何言っているか分かりません」

「おうわりい。これからどうする?」

「そうだね。これからどうしようか?」


 そのセリフは今隣にいる亀山田さんのセリフだと思うのは気のせいだろうか。

 恐る恐る隣を覗き見るが、腕を組んで普通に考えている亀山田さんの姿があった。

 特にそのことについて何も思っていないようだ。


「そうっすね。みなさんのジャグリングについてお話をもっと聞きたいっす! 前から興味ありましたし。特にあの時のキャンパスのど真ん中でやったゲリラライブについてもっと話を聞きたいっす! めちゃくちゃ感動したっす!」


 ジャグリングに対する興味を全身を使って表し、目をキラキラさせていた。

 これは所謂、尊敬の眼差しというものなのか、今ま相手が上から見下ろすような対応をされたことはあっても、下から憧れる様な眼差しと話してきたことはなかった。

 当然、それにうまく応対できるような能力もなければ反応もできない。

 僕はただただはいとしか言えなかった。


 ここは経験豊かな先輩なら滑らかな口調でさもうまく話すだろうと思っていた。


「お、おうそうか……。それはそれはありがとうな」

「そんな風に言われるとは思わなかったな」


 いつもの饒舌さがなく、頭に手を当てて明後日の方向を見たり、頬を押さえてしどろもどろになっている。

 こう好きな人に褒められて照れ隠しするような反応に近い。

 僕は先輩二人に近づき、小声で聞く。


「先輩、どうしたんですか」

「いやあ。何かこう面と向かって言われるとちょっと照れるというか」

「こんな純粋な憧れの目を向けられるのが初めてだから」


 こんなに言葉か覚束ない二人は初めてだった。

 

 僕よりジャグリング歴が長い先輩たちですら初めてなのか。


 てるやん先輩が、後頭部をポリポリと搔きながら、隣人の亀山田さんの質問に答えようと一歩進む。


「ああー。えっとゲリラパフォーマンスの事だっけ」

「はいっす!」

「くう」


 てるやん先輩は隣人の眩しすぎる視線にたじたじである。

 なんか、亀山田さんの食い入るような好奇心に気圧される様に一歩下がっていく。


 そんなてるやん先輩を右手でそっとかばうようにするエリ先輩。


「よし私が答えよう! あの日実は色々紆余曲折した理由があったが、ぶっちゃけた話すると、単純に誰もやって無さそうなことしたいと思ったから強行したという経緯だ!」

「うおーー! 凄いっす! マジでぱねっす!」

「グハ!」


 鼻血でも出す勢いの衝撃で背中からぶっ倒れるエリ先輩。

 てるやん先輩が必死に背中を抱えるように支える。


「エリ大丈夫か!」

「クッ。てるやん。眩しすぎる。眩しすぎる。こんな純粋な瞳に抗える力を我は持っておらぬ。てるやん頼む」

「わりいエリ。俺もこのこの羨望の眼差しに平常心を保つことが出来ない」


 先輩二人がドラマのワンシーンともいえる程の過剰な反応をしている。

 二人がお互いの肩を持ちながら、ギャーギャーと騒いでいる。


 何だこれ。


 傍から見るからに、色々とついていけない感じだ。

 二人の過剰ともいえる反応に、こっちはもう正しい反応が見つからない。

 

 というかこの調子を見た亀山田さんも絶対ついていけてないはずだ。


 恐る恐る隣を覗き見た。


「数谷さん! 数谷さん! この人たち面白い!」


 瞳がさっきの倍以上の輝きを放っていた。

 戦隊者を見る子供の様な瞳。

 

 この人、天然?


 何か厄介な人がまた隣に来てしまったのではないか。


「くそう。こうなったら奥の手を使うしかない!」

「そうだね。これはこうするしかない」


 エリ先輩は僕の首根っこを掴み、強引に引っ張り、そして先輩たちの前に座らされた。

 正面には亀山田さん。


 咄嗟の事で状況が飲み込めない。


 僕の思考が追いつく前に、ニヤッとした顔を浮かべた二人が、ガシッと両肩を掴まれた。


「へ?」 

「カゲル! お前だけが頼りだ!」

「私達の代わりに話をしてください!」 

「……ええ!?」


 僕は生贄にされた。


「待って下さい! 僕なんて先輩の四分の一しにも満たない時間しか、ジャグリングやっていないんですよ! 何を話せはいいんですか?」

「あー。それは適当にちょこちょこっと話せばいいんだよ」


 てるやん先輩が指を使って小さく表現する。


 そういう問題でない。


「だって何を話せばいいか分かんない」

「さっき英雄談っぽく語ろうとしていた口から、よくそのセリフがいえますね」


 都合よくしおらしくなって指を咥えるエリ先輩。


「強行した!」と言い切ったあの自信はどこから来ていたのか。


「まあまあ俺らはジャグリング道具とってくるから、その間の間を持たせてくればいいから」

「あなたの言葉から、もう戻ってこない感が半端ないのですが」

『ギグ!』

「揃いも揃ってプライドというもの皆無ですかーい!」


 もう疲れた。


 この人達の自由奔放ぶりというか、いや何となく知っていたけど。


 もう抵抗することを諦めた。


 深い深いため息を吐いた。


「あー。わかりましたから。道具持ってきてください! じゃないと有りもしないことも含めて部長副部長に言いつけますよ!」

「うううん。わかった」

「あ。それは困るから持ってくるよ」


 その言葉で若干顔を引きつらせながら、二人はサササッと出ていった。

 本当に都合の良い人達だった。

バンジージャンプをしてみたいと、執筆しながらふと考えるこの頃。

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