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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『夏休みの始まり』 その2

 部活停止の原因としては、学校無許可の構内ゲリラライブ、演技後の教員教授対オタマジャクシズ精鋭三人のバトル勃発だった。

 アヤメ先輩が謝罪に駆け回ったそうだが好転しなかったみたいだ。


 廃部に陥らなかっただけでも良かった。


 その代わり、大学からと部統会に目を付けられてしまったのであった。

 

 それでも気を紛らわすために部屋で花火をするのは絶対に間違っている。


 先輩たちに対して一つ思うのだが、部活は出来なくてもジャグリング自体は止められていない。

 だったらジャグリング好きの先輩達なら、ジャグリングで時間をつぶせばいいと考えてしまう。


「部活動は出来なくてもジャグリングは出来るもんじゃないですか」

「それは違うぞカゲル。個人練習と部活の練習は天と地ぐらい違うぞ」


 ビシッと指をさされた。

 真剣さ半分、馬鹿にしているのが半分のような反応。

 ただ、部活についてまだよくわかっていない僕は、抗議された理由が分からなかった。


「どのように違うのですか?」

「んー。そうだな。部活の練習があるから個人練習が捗るというものだ」


 物申された割に、曖昧な返答をされる。

 僕にはピンとこない。

 ジャグリングが好きなら、いつでもどこでもしてたら満足なるもではないかと、特に先輩たちの姿がそう見えてしまったけど、そんな簡単なものじゃないのか。


「てるやんの言うことも分かるし、部活できないことはかなりダメージ受けているけど、私はちょっと違うかな」


 エリ先輩らしくないうっとりした表情で、前に両腕を伸ばして斜め下に目を泳がせる。

 部活動が出来なくなったことはてるやん先輩同等に嫌らしいが、先輩にも何かそれなりに思うことがあるのか。

 これは訊いてほしいと誘っているのか。

 それとも察しろというのか。

 

 エリ先輩自体、正直謎に包まれた人だから、このこの人のしおらしい様な空気を醸し出していること自体に驚きを隠せない。


「ちょっと違うとはどの辺りですか?」


 好奇心には勝てず、尋ねてしまった。

 するとムフフと笑みを浮かべて、スッと手を持ち上げる。


「リナとメグのおっぱいが揉めないから、パワーが足りない」

「……」


 聞いた僕がバカだった。

 少しでもエリ先輩を心配と興味を持った自分を全力で殴りたくなった。

 ついでに言うと、目の前で手をワシャワシャしているあなたも渾身の力で殴りたい。


「あれ? カゲル怒っている?」


 満面の笑みで、ニッコリと微笑んでくる。

 悪魔だ。


「お前ひでえな。でもそれがエリってもんだ」


 カっカっカっと腹を抱えて床の上を笑い転げまわる。

 もう先輩の相手をするのが辛い。


「隙あり!」


 心身ともにどん底に突き落とされている状態で更に、追い打ちをかけられた。


 僕の目の前から姿を消し去り、一瞬で背後から僕の両腕をしっかりと掴んで束縛された。

 行動が暗殺者みたいに素早く思えた上に、何でそんなところで切れのいい運動神経を無駄に見せつけてくることに腹がたった。

 

 当然僕みたいな筋力が常人に満たない人間が抵抗しても、全くと言っていいほど効果は無かった。

 あるのは絶望という二文字だけ。


「ああ。やめてください!」

「大丈夫。ちょっとカゲルの持っている花火をとるだけだから」

「それを止めてくださいと言っているんです!」

「大丈夫だよい。部屋じゃなくベランダでするから」

「じゃあてるやん先輩。何で僕の靴下を脱がしているんですか!」


 てるやん先輩がにやにやしながら、僕の無抵抗の状態の足の黒の靴下を、慣れた手つきで脱がしていく。


 拳をぽきぽきさせて指をもぞもぞ動かし始める。


「何故って、カゲルの脚を擽るためだ」

「何でそんな、当たり前のような顔でそのセリフを言えるのですか!」

「いやあ。面白いノリって突然来るじゃん」

「思い付きでやられるこっちの身にもなってください」

「まあまあ。いい経験になるから」

「そんな経験したくないっすよ!」


 もう論理で通用する相手ではない。

 知っていたけど。


「必殺!足の裏擽り殺法!」

「無駄に名前カッコいいですけど、ただ足の裏擽っているだけ、ちょ、はは、はは」


 てるやん先輩の滑らかな指使いが、足裏の神経、ツボ、すべてに微妙なこそばゆさが広がり、刺激してくるむず痒さに耐えられなくなり、必死に引き絞っていた口元が強引に緩くなり、笑いがこぼれていき、止まらなくなる。

 怒りたい怒りたいのに無限に攻めてくる笑いのホルモンが止まらない。

 耐えがたい擽りがそれを許してくれない。


「じゃあ私も!」

「ちょっ!」


 脇の下にもくすぐったさが攻めてくる。

 うっとりしたような、動物を愛でる様な視線でするから色々突っ込みたいことが多すぎる。

 ついでにこの二人、無駄に擽るのうますぎて純粋に引くわ。


「あはは。ちょ。やめ、あはははは」

「どんどん笑え!」

「どんどん笑え!」

「あはは。はははは。ははは。あははははは」


 死にそうだ。


 

 ガチャ。

 ドアが開く音が聞こえる。


「どうも隣に引っ越してきた亀山田です」


 玄関にがっちりした身体付きで優しそうな雰囲気の青年が、片手に紙袋を抱えたまま立っていた。

 擽り攻撃が止まり、三人とピタッと目線が合った。


「……お取込み中でしたね。失礼します」


 バタンとドアが閉まった。

 

「ええええええええ! 誰?」


 突然の来客者に正しい反応の仕方が分からない。

 いや何が正しい反応なのかも定かではない。

 できたことは茫然としていることだけ。


 前後にいる先輩二人も、手を止めて状況飲み込むのに時間がかかっている。

 擽り地獄が止まっているから、もう少しぼっーっとしてほしい。


「エリ行くぞ!」

「おっけい! てるやん!」


 二人は頷きあい、指先をワシャワシャと動かし始めてから僕に擽り地獄攻撃を仕掛けてきて、無限の笑いが込み上げて……。


 こなかった。


 気が付いたらエリ先輩とてるやん先輩は風のようなスピードで、バタバタと音を立て走り、ドアを蹴り開けて出ていっていた。


 数十秒後。


「うああああ!」


 という悲鳴が鳴り響いた後、さっきの人が超人先輩二人に連行されてきた。

   

「ただいま!」

「ただいま!」


 元気いっぱいの子供様な笑顔で手を上げて入ってくる先輩二人と、青年は紙袋を胸に抱えて肩を縮まらせてビクビクしていた。

 青年は僕の前に座らされ、二人は後ろに立って陣取って見下ろし、この後の展開を楽しんでいる。


「えっと。どういう状況ですか?」

「え、カゲルの知り合いだと思ったから、連れて来たぞ!」


 自信満々で胸を張って仁王立ちしている。


「違うよてるやん。カゲルが知らないから連れて来たんだよ!」


 やっぱり確信犯はエリ先輩かよ。

 大体想像していたけど。


「えっと何かすみませんね。へんな状況になりまして」

「は、はあ」


 混乱しているようだ。

 当然だろう。全く知らない人達に無理やり連れてこられたのだから。


「えっと、まず。名前だね。僕は数谷カゲル、ここ203号の住人です」

「ああ。そうなんすか。俺は昨日204号に引っ越してきた亀山田健三かめやまだけんぞうっす」

「お隣さんだったんですね」

「そうっすね。挨拶に来ようとここの部屋を覗いたら、こんなことになるとは思わなかったすよ」

「すみません。僕の先輩たちが迷惑をかけまして」


 先輩の代わりに深々と頭を下げる。

 亀山さんは首の後ろに手を当てて、「あ、いやー」と言葉にならない声を上げている。


「迷惑とか心外だな」

「そうそう同じアパート住人との顔合わせみたいな場を作ったから感謝してほしいよ」

「いやそれ今話作ったでしょう」


 ぷいっと顔を背けて知らんぷりをするふたり。

 もう、都合よすぎるだろ。


「え。そうなんすか。この二人もここの住人何っすか」

「そうだぜ。俺は202号の澤本輝喜様だ!」


 指を上に伸ばして決めポーズをとる。


「それでこちらの女性は201号の人っすか」


 てるやん先輩を無視して隣の女性に目を向ける。


「西条エリだ。よろしく!」

 

 こくっと頭を下げる亀山田さん。

 この微妙な対応の違い。

 何か僕が最初に会った時と似たような対応、彼の第六感がそう感じ取っているのだろう。


 てるやん先輩が後ろでグギギと歯ぎしりをたてていた。

 この人本当にあのポーズ好きなんだな。


 観察していると、何か亀山田さんがチラチラと三人を等間隔置きに見ている。

 何か落ち着きがない。


「あのーもしかして」


 亀山田さんがまたもう一度見直した。


「この前大学のキャンパスで、何かじゃ、じゃ、言葉出てこないですけど」

『ジャグリング!』


 僕を含めて三人揃って声を上げた。


「そうそう。それです! めっちゃすごかったですよ! えっと棒の人と」

「うむ!」


 腕を組んで喜びを表すてるやん先輩。


「輪っかの人と」

「はい!」


 大きく手を上げるエリ先輩。

 となると次の流れで僕の番が来るはず、僕は次は次はと期待の眼差しを送る。


「えーっと」


 正面の僕の顔を見て、首に手を当てて考え込んだ。

 心の中で僕のことを覚えていることを願った。


「何やっている人でしたっけ」


 少しだけ期待したが、自分の印象の薄さに愕然とした。

 手を床に着けて落ち込んでしまった僕の姿を見て、堂々とした姿で笑う先輩たちだった。

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