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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第一章 「初めての部活、初めての舞台」
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『救出作戦実行!』 その4

 未だ鳴りやまない拍手。沸き上がる歓声。

 けど……。浮上してきた一つの問題。


「これ。どうやって見つけるの?」


 アヤメ先輩は今噴水広場を埋め尽くす観客たちを見渡していた。全員引き寄せられるように客に視線を集める。


「ああ確かに。相手は透明だった」

「うむ。これは難しい」

「砂の中から、砂一粒探す以上に難しいですって」

「いやメグ気合でなんとかしよう」

「エリさん。それは無理だと思います」

「わ、わからなーい」

「あちゃー。こりゃ無理ですわ」

「諦めたらダメ。いるはず。絶対カスミンなら来るはず」

「むむ」


 僕が導き出した仮説、カスミン先輩は目の前から消えたのが、存在自体が消えたのではなく、目視できなくなったのではないか。


 でもこれだけ聞けばかなり強引な説だとしか思えない。


 その説を導き出すきっかけとなったものが、カスミン先輩の家にあったあるものだ。


 僕はそれがもたらした現象を確認した。

 耕次先輩の発光事件。

 そしてアヤメ先輩から訊いたこと、カスミン先輩がそれを毎日使用していることだ。


 そしてもう一つはカスミン先輩はジャグリングが好きだ。もし本当にこの世に意識が残っているなら、絶対にこの舞台にやってくるに違いない。


 だから大げさなゲリラライブもとい、ゲリラパフォーマンスを実行したのだ。


 こんなことで閃くのはバカかもしれない。

 けど信じたいというか、試してみたいと思った。



 目を凝らしても、相手が透明だから、見えるはずない。

 人だらけのこの中に本当にいるのか。


 それとも存在自体が消えてしまっていたら……。

 全力で頭を振ってその可能性を捨てる。

 考えろ考えろ。見つける方法を。信じろ信じろカスミン先輩がいることを。

 だが見えない。


「もうこうなったら。みんな叫ぶぞ」


 てるやん先輩が前に向かって走り出し、観客ギリギリ前まで行き口に手を当てる。


「カスミイイイイン。出てこーい!」


 その勢いに観客は、何が起きたか状況が分からず混乱する。

 逆効果だ。

 僕は全力で止めに行こうとすると、榊原さんがマイクを手に取り、目の前に立つ。


「みなさーん。まだ一人実は演者がいます。ですがその人はものすごい引っ込み思案な方です。けどみなさんの声があれば、来てくれるかもしれません。ですのでみんなでその人の名前を呼んでくださーい。名前はカスミンです」


 一瞬どよめく観衆。でもむくっと一人の青年が立ち上がる。


「おおお。わかった。やろう」


 観衆に向けて声を上げた青年。そのおかげで伝染するように広がっていく熱気。


「何か知らんけどわかったよ!」

「やったるで!」


 客だった立場の人間が、協力者に変わった瞬間だった。


「榊原さん」


 彼女はニヒッと口元を緩めながらウインクした。




「それじゃあ行きますよ!せーのっ」




 この場にいる全員が息を吸った。


『カスミイイイイン!』

「……」


 何も聞こえない。全力で耳を澄ませる。だけど現れない。聞こえない。不安が駆け巡る。


「みなさーん。パワーが足りません。もう一度お願いします!」


 榊原さんがもう一回観衆に促す。


『わかった!』


「行きますよ。せーのっ!」

『カスミイイイイン!』

「……」


 聞こえるのは風の音だけだった。必死に耳を澄ました。五感全てを集中させて気配を探した。

 けど何も見つからない。何も感じない。


 僕の考えは外れたのか。


 不安が増大する。観客からも困惑した表情になる。本当にもういなくなったのか。あれで悲しくなって消えていったのか。そんなはずないだろ。あんなにも僕たちにアドバイスをしてくれた。震えるリハにも元気をくれたのに。いなくなったのか。


 榊原さんが震える手を持ち上げてもう一回、マイクを持った。

 そして大きく息を吸い込んで、次の声を発する瞬間。


「何だ?」


 観客の一人が疑問符を表す。


 僕らはその人に注目すると、その人は何かに押されたかのように、体がよろけた。

 続けてその隣もよろけた。


 だが不思議にもよろけるとか、押されるような原因となるようなものがなかった。


 ただお客とお客の間にできた妙な空間しかなかった。



 妙な空間……。



 ビシッと頭に電撃が走った。


「そこだ!」


 僕は感極まって全力で指を差した。


「テンちゃん! あれをください!」

「えっ。あ。ああああ。はいよ!」


 気合の入った声と同時に、テンちゃんのポケットから出てきたものを、僕は受け取り、全力でその空間に向けて一直線に投げた。


『いっけえええええええええ!』

『チョースーパードリンク!』


 クラブみんなの声と思いを乗せたその茶色の瓶は、不自然な空間に直撃した。


 瓶が宙に浮いたまま静止し、沈黙する。


 直後、何もなかったはずの場所が、急に金色に光り始めた。目を覆うような眩しさで辺りは包まれた。


 驚愕、唖然、呆然、歓喜、様々な声が飛来した。


 でも僕らは指の隙間からそれを見つめた。


 しばらくして徐々に光は弱くなっていた。

 輪郭がはっきりとしてき、全体像が浮き彫りになる。

 色が明瞭になり、部分ずつ光が消えていき、最後に頭頂部の光が消え、現れたのは。


『カスミイイイイン!』


 そのボロボロのマントを纏い、水色主体の衣装、その流れるような長い黒髪に、その白米のように透き通った白い顔。


 僕らの部長だった。


 僕らは観客の中に飛び込んでいった。


「カスミン!何で消えていたんだよ。」


 アヤメ先輩が顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、彼女に抱きついた。


「ごめん、なさい。もう悲しくなって。思うようにできなくなって、そして逃げてしまって」

「本当にそう。勝手にいなくならないで」


 トントンとアヤメ先輩は部長の胸を叩いた。部長も負けじと強く抱きしめる。


「ごめんなさい。もう消えないから」

「本当に」

「本当だよ」


 カスミン先輩はアヤメさんの頭をゆっくりと撫でた。アヤメさんはカスミンの胸の中でグスッと泣く。

 同時にカスミン先輩も頬を伝うように一筋の雫が流れたあと、部長は僕らオタマジャクシズメンバーを全員を一瞥した。

 アヤメ先輩に抱き着かれたまま、ゆっくりと頭を下げる。


「み、みんな、わ、私、本当は……」

『今はそれ以上は言わなくていい』


 僕らはそう言った。


 今、部長は何か自分の秘密を言おうとしたのだろう。でもそれは今言わなくていい。

 ただ戻ってきたことだけを純粋に喜びたい。


「カスミン。あれだ。お前はお前だ」

「うう。そうだな。とりあえず戻ってくれてよかった」

「舞台を途中で逃げたことはあとでしっかりと聞くけどね」

『エーリ』


 てるやん先輩と耕次先輩がエリ先輩にジトーとした目線を送る。

 雰囲気がもったいないといわんばかりに。


「あー。わかったわかった。数十年後にするから」


 苦し紛れの言い逃れも、何故か楽しそうに微笑む。


「よかったです」

「よかったです」

「よかったです」

「本当によかったです」


 一年生は、感動で高ぶった感情から出てきた言葉は「よかった」しかなかった。

 それ以上に嬉しさと安堵ともう言葉にできない感情がとめどなく流れてきた。


「もうみんな。いい顔が台無しだよ。もっと笑って」


 微笑みかける部長の顔も、涙で顔が凄いことなっているのに。

 僕らもとめどなく流れる涙で笑える顔になっていない。


 互いにグチャグチャになった顔で笑顔だった。

 部長は涙声で言った。


「あ、ありがとう」

「何か。当初の台本とは助けるのが逆になったね」


 アヤメ先輩は今更ながら、構成にダメ出しする


「ふふ。でも結果オーライじゃない。こんな舞台を見られただけでも」


 カスミンさんは、満足そうだった。


「うおおおおお!」


 耕次さんが噴水のような涙を流しながらワンワンと泣き始めた。


「耕ちゃん泣きすぎ」

「おめえのせいで感動がかすむじゃねえか。」

「だってだって」


 我慢していたはずなのに、先輩たちも涙腺が崩壊したみたいだ。


「スゲー! マジックだ!」

「何か知らんけど、おめでとー!」


 周りにいたお客様は、割れんばかりの拍手でこの再会を祝福してくれた。

 この場にいる空気すべてが、僕たちを賛えてくれるかのようだった。



「こらー! そこで何やってんだ!」



 観衆の向こうから、この感動をぶち壊すように、数人の教員が拡声器を持ち、鬼の形相で走ってきた。


「ああ。そうや。無許可や」

「ええっ! 無許可なの!」


 テンちゃんが頭を抱えた。カスミン先輩は感動が一瞬で吹き飛び、飛び上がるように驚いた。


「よしここは私が」

「いや体格で分がある俺が」

「トリッキーの俺で」

「先輩たち。本気で止めるんですか……。ああ。先輩たちなら、止められそうな気がします」


 ノリノリの三人衆は、目を潤しながらも、腕をぶんぶん振り回しながら、教員たちの前に歩み始めている。

 実体験をしている僕はその三人の行動に納得してしまう。


「ちょっ。これやばいよ」

「大介。大丈夫私が身の安全を保証するから」

「それ信じられない」


 混乱に乗じて大介に腕を組もうとするメグ。

 本当にすごいよお前は。


「カゲル。とりあえず三人と一組はほっといて、他の人たちで逃げましょう」

「ちょっと一組ってどういうゆうこと。リナ」

「ああ。そうしようか」


 リナと僕はお互いに考えが合致して、早期撤退を開始する。


「マキノはん。この人たち、どないします?」

「テンちゃん。カスミンとアヤアヤだけを連れて逃げる!」

「ああ。やっぱりそないなります!」


 テンちゃんがすかさずにカスミン先輩とアヤメ先輩を引っ張り始める。連れられてみんな逃げ始める。

 その動きに乗じて、観衆も面白く可笑しく一緒に逃げ始める。


「行くぞ! 耕次!エリ!」

『ガッテン承知!』


 先輩三人組の教員との交戦が始まった。


「逃げるぞ!」


 僕は元気よく叫んだ。


「ええ。待って待って!」

「ほらカスミン行く!」


 アヤメ先輩に引っ張られるカスミン先輩、二人とも楽しそうだった。


『わあああ!』


 観客を含めてみんな最高の笑顔でキャンパスを駆けていった。

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