『救出作戦実行!』 その3
「さあ次、カゲル。一緒に行くよ」
後方から誘われたのは、アヤメ先輩だった。
彼女の手には、カスミン先輩の「ビーンバック」が握られていた。
アヤメ先輩は髪をバッサリと切り、耳元ぐらいの長さになっていた。
「アヤメ先輩。大丈夫ですか?」
「大丈夫も何も、こんな最高に熱気のある舞台で、出たくないと思う方が無理があるって。それにカスミンのために私は戻ってきたから」
久しぶりに戻ってきた先輩は、決心したすっきりとした顔つきだった。
『私は昔はやっていたんだけど、ちょっと舞台で事故ってね。スポーツでよくあるイップスみたいな状態になったの』
今まで長袖で隠して見せなかった彼女の腕には、まだテーピングが巻かれていた。
「でもいいんですか。先輩はブランクありますし、僕まだ初めて二ヶ月ちょいの人間ですけど」
謙遜するように顔を伺うと、彼女はニヤっと口元を上げて、怪しく笑う。
「あれー。もしかしてカスミンの方がよかった?」
思わぬ切り返しに、僕は全力で首を横に振る。
何故か妙に肌が熱くなってくる。
「ち、違いますって。先輩は、ものすごい実力者ですけど、病み上がりというのもありますし、タッグと思うと脚を引っ張るかと思いまして」
「あら、心配してくれるんだ。でも大丈夫。それにさっきのエリとリナの演技を見て気がつかない? 全力で私がサポートするから。それとも一人だと失敗の印象がとても強く見えてしまうけど」
「あー。やります。やります!」
しがみつく勢いで、相方希望を志願すると、ガシッと肩を掴まれた。
「もう本当にリアクションが面白い」
エリ先輩の真似をしたのか、ものすごいキメ顔だった。
何か前から思っていたけど、人をいじるのが好きそうなところアヤメ先輩はエリ先輩と似ている
「あーもう。さっさと行きますよ。アヤメ先輩」
もう自棄で呆れるように、スタスタと舞台に向かって僕は歩いていくと、アヤメ先輩が鼻歌交じりでついてきた。
こんなに振り回されたのにも関わらず、気分は高揚していることに、驚きは隠せなかった。
緊張もある。
手の震えが止まらない。
でもそれを支えてくれる仲間がいる。
一人じゃたぶんできなかった。
昔みたいにくすぶっていた自分だったら、こんな所にくるとことなかった。
強引に連れてこられたことに、感謝しないといけない。
「今度は何だ!」
「おー。ボールか」
観客の盛り上がり方も最初に比べて、比較にならないほど上がっていた。
みんなが自分を見ている。正直怖い。
でも僕の演技で人を驚かせることも笑ってもらうことも可能だ。
それに隣には、相方のアヤメ先輩もいる。
「カゲル。準備いい?」
「いいですよ」
「それじゃ。ミュージックスタート!」
アヤメ先輩の掛け声とともに始まった。
まずは僕がゆっくりとボールの簡単な技を入れていく。
アヤメ先輩は僕に動きとボールを寸分違わず合わせていった。
シンクロ演技だった。
それは僕がミスできないといった緊迫した状況だが、でも僕はこの舞台を楽しめていた。なぜなら……。
「おおー。綺麗だ」
「すごい」
観客の歓声は、ここまで力を与えてくれるのか、緊張の体がほぐれ、次第にボールが見えてきた。
昨日のステージとは違う。次第に気分が高揚している感覚。
観衆の盛り上がっている声、暖まった空気。
今回は出来ていることが純粋に楽しい。
止め技の瞬間に隣を確認すると、アヤメさんは笑っていた。
僕は次の技に入る。いい流れが出来ていた。
このまま続ければと思った。
それでもまだ未熟な僕は途中で落としてしまった。
思考が停止する。折角の流れだったのに、悔しさを噛みしめながらボールを取りに行く。
その時だった。
「頑張れ! 頑張れ!」
「できる。できる!」
声援だった。
観客が必死に応援してくれた。僕の方を向いて、多くの人が応援してくれる。
ここまで温かいとは思わなかった。無意識にも目元がうるっと熱くなった。
「ほら。早く」
感動をしすぎて、自分の演技を忘れそうになっていた。
アヤメ先輩が演技を続けながら、ぼそっと叱咤する。
僕は笑いながらボールを拾い、また演技を続けた。
先程のリング二人組と一緒、二人揃って笑っていられた。
夢だと思えるような最高の時間だった。
最後のポーズもアヤメ先輩と息はぴったり合った。
「おおおおおお!」
観客からの感動の声が上がった。僕はその空気に心から浸っていた。
ポーズの最中にアヤメ先輩が耳元で何か囁いた。
僕は素直に承諾した。
彼女に僕はボールを二個手渡した。
そして大きく両手を上げて手拍子し観客に促すと、呼応するように返ってきた。
テンポアップしていき、ピタッと音が止むと、アヤメさんは五つのボールをジャグリングをした。
『スゲー!』
観客は驚愕した。中には口を開けて驚く人も、力いっぱいに拍手をする人など様々だが、圧倒していた。
拍手の嵐に包まれた。
退場時僕はアヤメさんの隣を歩く。
「アヤメ先輩久しぶりの舞台はどうでした?」
「死ぬかと思った?」
緊張の糸が切れたのか、胸に手を当てるアヤメ先輩。
「大丈夫ですか」
「大丈夫。久しぶりすぎて、変に力入りすぎただけだから。やっぱり楽しかった。あんなにも客に恵まれた舞台もあまりなかったから」
ホッと息をつくと、すぐに彼女は顔を緩めた。
「良かった」
本心の喜びの笑顔だった。
「それは最初に演技したてるやん先輩と大介、エリ先輩とリナにも感謝ですね」
「そうね。あとカゲルもね」
「え。ぼくなんて何も」
「あそこでガンと言ってくれなかったら、私、舞台立っていなかったから」
「いやいや」
僕は全力で首も振った。
だがアヤメ先輩は、スッキリしとした顔で僕を見つめた。照れるように顔を背けると、クスクスと喜んでいた。
「はいはい。そこまで」
メグが気に食わない顔で、間に入っていく。
「メグ機嫌が悪いのか」
「そりゃそう。何かいい雰囲気出し」
「お前が言えるセリフか、大衆の前でラブラブな抱擁を見せつけといて」
「バッ。だっ、誰が、そんなこと」
一オクターブ上がった声で、ひたすら助け舟をと目を泳がしながら探している。が周りには生温かい目しかない。もちろん僕含めて。
「メグ。締めだ。そういった細かいのは終わってからでいいだろ」
後ろにいる耕次さんが、そういった雑念をスパッと一刀両断する。
プクーっと頬袋をパンパンに膨らましたメグが耕次さんを睨みつける。
「だって」
「メグ。本来の目的を忘れたのか」
「忘れてはないですけど、何かそのですね」
口ごもっては、はっきりしないような言葉でブツブツ言い続けている。
「メグ。ここでビシッと完璧の演技をすれば、歓声を浴びて有名になれて、あいつの気を引けるじゃないか」
「え?」
ハッとするように膨らました口を元に戻すと、自分で二回頷いた。そして元気よくディアボロを持つと。
「耕次さん私頑張ります!」
ビシッと敬礼をする。単純すぎる。けどまあ彼女らしかった。
耕次さんの冷静さに驚いた。
二人揃って舞台に上がると、熱気は最高潮に達した。
「ディアボロだ!」
知っている人は多かった。ボールの次の次ぐらいには有名な道具だ。それにスピード感と迫力が持ち味の道具だ。
二人を見るといかにもアンバランスに見えるが、そうではなかった。道具を握らすと息の合った二人だった。
曲が始まると、空気が変わった。
丁寧に演技をまとめるメグに、豪快さの演技の耕次さん。その二つのコマの乱舞が見事に混じりあった。 そしてメインとなる互いのコマの受け渡し、みんなが息を呑むように見つめる。
二人は互いに目を合わせてタイミングを取る。
そして投げ上げた二つのディアボロは綺麗な放物線を描きながら、空中でぶつからず通り過ぎ……。
ピタッとディアボロが互の紐の上にスッと収まった。
怒涛の地面を揺るがすほどの歓声は今までで一番だった。
演技が終わると割れんばかりの拍手で包まれた。
二人共、息が上がっていた。額は汗で光っていた。けど全てやりきった二人に辛い表情はなかった。
爽やかな笑顔だった。
「よかったな」
「当然」
「うっ。うっ。こんな舞台でやれるなんて」
耕次先輩は目を腕でゴシゴシとこすり始めた。
「おお。号泣屋が泣くか」
「泣いてない。泣いていない」
声が涙で崩れて行き、最後は言葉にならなかった。
てるやん先輩はバシバシと背中を叩いて、耕次さんを慰めた。
全員の演技が終わった。皆に後悔の色は一つもなかった。




